焦り③
「終わりにしよっか」
「……はぁぁ……終わった……」
朝の6時を少し過ぎた頃にようやく葛城は練習の終わりを告げる。
「ふぁぁぁ……」
さすがに徹夜でギターの演奏は身体に堪えた。俺は大きな欠伸をする。
「意外と根性あるね。すぐに音を上げると思ってた」
「怖い人がずっと目を光らせたからな」
「あっそ……」
葛城も俺と同様に寝ていなかった。その顔からは少し疲労が見える。
「というか今日やるべきじゃなかったな……」
今日は平日だ。普通に学校がある。約2時間後にはホームルームが始まる。通学時間を考えるとすぐに家に帰らないといけない。
「しんど……」
俺は立ちあがる。
「じゃあ、俺は帰るわ」
「うん」
「今日はありがとう」
「上手くなった?」
「……一晩付き合ってもらって申し訳ないけど、わかんねぇわ……」
後半は俺の頭はほとんど働いていなかった。ただ、黙々とギターを弾いているだけだった。正直上達した実感は全くなかった。
「でも、根性は叩き直せたと思う」
「そっか」
葛城は微笑む。
「あと……すごく充実していた時間だった」
「えっ……」
「今はさ、身体もバキバキだし、眠いし、ヒドイ状態だけど嫌な気分じゃない。すごくスッキリした気分なんだ」
「…………」
「俺、今すごく楽しいよ。だから……これからもよろしくな」
「…………うん」
「行くわ」
俺は葛城に背を向ける。すごく柄じゃないことを言ってしまい恥ずかしくて、葛城に顔なんて見せられなかった。
「気をつけて……」
「おう」
俺は部屋を後にした。
◇
「すごい!!めっちゃ上手くなってる!!」
「…………」
その日の放課後に音楽室で練習をしていると莉愛が声をあげる。
「昨日、徹夜で練習したって言ってたもんね」
「……うん」
俺は自分でも驚きを隠せなかった。まさか一晩でこれほど弾けるようになるとは思わなかった。今までの練習は何だったのかと思ってしまう。
「今日の授業ほとんど犠牲にしただけあったよ」
今日の授業は散々だった。眠くてしょうがなく、半分以上は聞いていなかった。
「葛城さん、幸一君って上手くなってるよね?」
「ん?そうだね……。マシにはなってるね」
「辛いな……」
「音何個か外しているところあったし、まだまだ練習が必要。でも、これなら合わせ練習はできそうだね」
「ああ。やろう」
その後、俺達は合わせ練習をした。昨日は何度も止まってしまったが、今日はひとまず始めから終わりまで通すことができた。
「ふうーー……」
「で、できたよ。すごいすごい」
「ははっ……何度か音は外しちゃったけどな……」
「全然気にならなかったよ」
莉愛のテンションは高めだった。
「私達バンドみたいだよ」
「いや、バンドなんだって……」
自然と俺の表情も緩む。上手く弾けたときの爽快感は音楽以外では中々味わえないものだ。
「ま、ひとまず及第点はあげられるかな。でも、今のは生駒君が昔弾いていた『恋華』だからね。まだまだ気を抜けないよ」
「わかってる。なんとか仕上げてみるよ」
「少し休憩しよっか。誰か来たみたいだし」
「あ、ホントだ。って高見かよ……」
音楽室の扉の小窓からは高見が顔を覗かせていた。俺は扉をあける。
「お疲れ」
「おう、どうかしたのか?」
「いや、様子を見に来ただけだ」
「クラスの方は暇なのか?」
「かなり暇」
「そうなんだ。悪いな。俺達手伝えなくて」
「いいって。どうせやること多くないし」
俺達のクラスは学園祭でフランクフルトを販売することになっていた。クラスではそれまでに試作をしたり、当日の屋台を作ったりしている。俺と莉愛と葛城はバンドに専念するためにその役割を免除してもらっていた。
「順調なのか?」
「うん。屋台は半分くらい完成した」
「早いな……」
「もっと人数減らして良かったかもな。それよりそっちはどうなんだ」
「……まずますかな。あれ、三峰?」
同じクラスの三峰が歩いてくるのが見えた。三峰はクラス委員で莉愛と仲が良かった。
「お疲れ。そっちは順調?」
「ははっ、高見と同じこと聞くんだな。相変わらず仲いいな」
高見と全く同じことを聞いてくるの思わず笑ってしまった。
「「仲良くないっ!!」」
2人の声が重なる。
「そんな息ピッタリで言われてもなー……」
高見と三峰は中学からの付き合いらしい。運命の悪戯かこれまでずっと同じクラスらしい。
「三峰も様子を見に来たのか?」
「そんな感じ。で、どうなの?」
「まずまずだ」
俺は先程と同じ回答をする。
「あ、優希。来てたんだ」
「うん。ちょっとクラスの方が落ち着いたからね」
莉愛も俺達の会話に入ってくる。
「な、な、もう弾けるのか?」
「まあ……うん……」
「聞かせてもらうことってできるのか?」
「ちょっ……高見、何言ってんの。迷惑でしょ」
「そうだな……」
俺は少し考える。最終的に大勢の人がいるステージでやるのだ。人前で弾くことに慣れておきたい気持ちもあった。
「葛城、話聞いてた?」
「うん」
「2人の前で演奏してみないか?1曲しかまだ通せないけど」
「良いと思う。人前でやる感覚を掴んだほうがいいからね」
「だよな」
葛城も俺と同じ考えのようだった。
「お前はどう?」
「えっ……私?」
「そうに決まってるじゃん」
莉愛は少し困惑していた。
「…………そうだね。本番はもっと多くの人の前で歌うもんね」
「うん。だから、その予行練習みたいな感じでやってみようぜ」
「わかった」
少し自信がなさそうな印象を受けたが、俺だって自信があるわけじゃなかった。
「やったぜ」
「聞いてた?練習なんだよ」
「わかってるって」
高見は嬉しそうだった。
「じゃあ、そこらへんにある椅子に座ってくれ」
「おう」
2人は椅子に座る。
「やっぱり人前でやるのは緊張するな」
「ね……」
「2人とも大丈夫だって。これまでやってきたことをやればいいよ」
「……ああ。そうだな」
自信はなかったが、不安はなかった。徹夜テンションだからだろうか、今ならやれる気がするのだ。
「よし、いくよっ」
葛城の声で演奏が始まった。
◇
「いやー、マジですごかった!!」
「高見うるさい」
「お前は何も感じなかったのかよ?」
「……いや、普通にすごかった。友達の贔屓目はあるだろうけど……プロのバンドみたいだった」
「それは言い過ぎ。俺何回も音を外したぞ」
2人の感想は大満足といった感じだった。そこまで絶賛するかというくらい絶賛された。正直照れ臭かった。
「私も少し間違えたよ」
「ま、いいじゃん。お褒めの言葉は素直に受け取っておこうよ」
俺達は高見と三峰と一緒に帰宅していた。いつもよりもだいぶ早い帰宅ではあった。それは俺の身体が限界に近づいていたのを葛城が察してくれたからだ。
「マジで学園祭が楽しみだな」
「期待に添えるように頑張るよ」
「そうだね。頑張ろう」
「学園祭まであと2週間かー」
「…………短いな……」
1週間で1曲ペースで弾けるようにならないといけない。それもほとんど手つかずの曲だ。睡眠時間は大幅に削られることになるだろう。
(音楽室を使える時間だけじゃできないよな……)
自宅で夜遅くに弾くわけにはいかないため、練習時間が多く取れるとは思えない。
(葛城の家で練習させてもらうように頼んでみるか……。今日は無理だけど……)
時間が経つごとに俺の眠気も強気で牙を剝いてきた。家に帰ったら速攻で寝たかった。
「ふぁぁ……」
「眠そうだな」
「ああ」
「今日の授業爆睡してたもんな」
俺達は話しながら最寄りの駅に到着し、改札に向かう。
「よお」
「え……」
そこで俺は予想外の人物の顔を見て足を止める。