第43話 焼き栗
「おっ邪魔しまーす!」
王都もすっかり秋めいてきた、ある日の午後のことだ。元気の良い挨拶とともにソラちゃんが店にやってきた。
今日はシリウスの営業日ではあるものの、ソラちゃんは休みの日なので俺は首を傾げる。
「どうしたソラちゃん、今日は休日じゃなかったか?」
「はい、仕事じゃないですよー。ちょっとやりたいことができたんでお店に寄ったんです」
ソラちゃんがとてとてとカウンターに近づいてくる。そこで俺は初めて、ソラちゃんが背中に妙に大きなバッグをしょってることに気付いた。
「やりたいこと? なんだい?」
尋ねると、ソラちゃんがいい笑顔でずいと乗り出してくる。
「マスターって、コーヒー豆を焙煎するための焙煎機、たくさん持ってましたよね?」
にっこり。
なんだろう。ソラちゃんの笑顔がそこはかとなく不穏だ。
いやな予感がする。
「持ってるけどぉ?」
なんだか胸騒ぎがして、妙な答え方になってしまった。
ソラちゃんがますます笑みを深めて言う。
「ロースターって、コーヒー豆以外を焼くこともできましたよね?」
「できるけどぉ?」
嫌な予感が増す。
大きく口角を釣り上げたソラちゃんが、背中のバッグを下ろすとガバっと開いてみせた。
中には、大量の栗、栗、栗。
「たくさん栗を拾ってきたので、焼き栗にしようかと思って」
「そういう道具じゃねえから!!!」
いや作れるけども!
「というわけでロースター貸してください」
「この流れで貸すと思う?」
コーヒー豆の焙煎用なんだよ?
業務用なんだよ?
ソラちゃんが口を3の字のように尖らす。
「ぶぅー、マスター仕事用以外の趣味の焙煎機もたくさん持ってるじゃないですか」
「そりゃ持ってるけどさ……」
コーヒー焙煎というのはなかなかに奥が深い。目的は単なるコーヒー豆の焙煎でもやり方には様々な種類がある。日本に居た頃は、自家焙煎用のロースターでどの機種を買うか、多いに迷ったものだ。
この世界では錬金術師のニコにも協力してもらい、俺は多数の焙煎機を作っていた。魔力加熱型、燃料加熱型、手動型、魔導型、自動型……。
いちいち数えていないが、多分20種類以上の焙煎機を俺は持っている。もちろん倉庫には収まりきらないのでもっぱら自分のアイテムボックス保管だ。
「使ってない焙煎機があるなら一つくらい貸してくれてもいいじゃないですか!」
「いやだから、焙煎機はコーヒー豆のためのものであって栗を焼くためにあるんじゃないんだって」
「やだやだやだやだ! 焼き栗が食べたい。ほっくり甘い栗が食べたい〜〜!」
「俺ソラちゃんがわからないよ……」
駄々をこねるソラちゃん、困る俺。
しばらく押し問答した末、結局俺が折れた。
◆
「やっきぐりっ! やっきぐりっ!」
「とほほ……」
店の外で俺は栗を焼く準備をしていた。普段焙煎も店内で行っているが、さすがに栗の香りを店につけるわけにはいかない。
焙煎機は燃料式の手動型にした。火力調整をわかっているコーヒー豆と違って焼き具合を確認しつつ調理したいし、機構が単純で後片付けもしやすいからだ。
焙煎機の準備はできたので、ソラちゃんと一緒に栗の下ごしらえをしていく。
栗に穴が空いてないか一つ一つチェックしながら(穴が空いていると虫が食っている可能性がある)ボウルに入れ水洗いしていく。
「それにしてもこんなたくさんの栗どうしたんだ?」
「ちょっとそこら辺の山で取ってきました!」
「ソラちゃんって時々やせ……田舎の子供みたいなことするよな」
見た目は都会風の美少女って感じなのに。
「近くの山ねえ。魔物は魔王の居た頃より少なくなったとはいえ、危なくない?」
「大丈夫ですよ。ちょっとイノシシとクマの魔物が出たけど返り討ちにしておきました」
「危ないよぉ……」
思った以上に野生児だった。
ソラちゃんがえっへんと力こぶを作る。
「大丈夫ですよ翼の戻った私は強いですから! 相手がドラゴンとかじゃない限り負けません。そして王都の周辺にドラゴンは出ないので」
「まあ、出たら一大事だからな」
この世界の法則として、魔物は繁殖力に明確な種族差がある。
下級モンスターほど繁殖力が高く、上級モンスターほどそれが減る。強ければ強いモンスターほど滅多に現れないということだ。王都周辺ではドラゴンのような強力なモンスターはすべて討伐され尽くしている。ロワール王国内にいる他の上級モンスターも、概ねその種類と位置を把握されている。
上位竜など、すべて個体識別されて名前がつけられているくらいだ。
話をしているうちに栗の選別と下洗いが終わった。今度はよく水気を拭き取ってから包丁で切れ込みを入れていく。焼いてる最中に破裂するのを防止するためだ。
下ごしらえをしているうちに気づいたが、どの栗も大きく艶々として実にいいものだ。
「ソラちゃん、全部焼かずに一部残しておいてもいいかい? 渋皮煮を作りたいんだ」
「しぶかわ煮? なんだか知らないけどおいしそうなのでOKです」
ようやく準備の終わった栗を外に持っていき、焙煎機にかける。
この世界に石油や石炭はない。あるのかも知れないがまだ発見されてない。この手動焙煎機の燃料は着火剤となる火の魔石と木炭だ。
「こいつでまさか栗を焼く日が来るとはなあ……」
「ゴーゴー!」
能天気なソラちゃんに発破をかけられて、火をつけ栗を投入する。後は焦げないように火加減を見ながら淡々とハンドルを回す作業だ。
ぐーるぐーるぐーる。
ぐーるぐーるぐーる。
しだいに、栗が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
「わぁ……いい香りがしてきましたね!」
「秋だなあ」
なんてソラちゃんと話しながらのんびり焼いていたのだが。
外で焙煎機なんて使っているせいか、匂いにつられたか。いつの間にか近所の人達も集まってきた。
ざわざわ、ざわざわ。
「なにあれー」「栗焼いてる!」「いいにおい〜」「おいしそう!」
見知らぬ子どもや大人たちに混ざり、なぜか呪具店のコハクもいた。
「わぁ、いい香り〜。でもなんで栗焼いてるの?」
「無理やり焼かされているんだ。俺はソラちゃんの奴隷なんだ」
「主人です。えっへん」
「わは〜〜〜」
楽しそうに笑うな。
「私も食べていい?」
「どうぞどうぞ。たくさんありますから」
「たしかに栗を持ってきたのはソラちゃんだけど、今焼いてるのは俺だからね?」
ソラちゃん、コハクともずいぶん普通に話せるようになってきたな。
若者の成長は早い。どんどんたくましくなっていく。
焙煎機にかけていた栗の切れ込みが次第に開いてきた。そろそろだ。
「よし、と、栗焼けたぞ!」
頃合いを見て焙煎機から取り出す。周囲から歓声が上がった。
「「「わーーい!」」」
とんだ焼き栗大会になってしまった。店のテーブルと皿を外に出して、集まっていた近所の人たちにも分けていく。
「くり! くり! くり! くり!」
分けた栗にソラちゃんがいきなり飛びつこうとしたので慌てて止めた。
「待て待て、粗熱が取れるまで待たないと熱くて食べられないぞ」
「くりーーー!」
「どうどう」
しばらく栗を冷ます間に、せっかくなのでコーヒーを入れて配ることにした。ただでもいいかと思ったんだが、ソラちゃんから『ちゃんと商売してください!』と言われてしまったので料金はいただく。みんな快く支払ってくれた。
うーんどうしよう、普段よりずっといい売上げになってしまった。
コーヒーを配り終えたところで、焼き栗も食べ頃になっていた。
「さあ、食べようか」
「「「いただきまーす!」」」
みんなが皮を剥いて焼き栗を頬張り始める。
「うん、うまいな!」
「あまーい! おいし〜」
ホクホクとあったかい栗は秋の午後に最適のおやつだった。甘みの奥に濃厚な旨味があり、味わい深い。
「おいしいねえ」
「うん、おいしい」
「店長さん、この栗とってもおいしいわ」
「コーヒーにもよく合う」
「どうも」
お年寄りと子どもたちがやってきて、次々に礼を言われる。ちょっとこそばゆい。
たまにはこういうのもいいな。
「おいし、おいし、おいし!」
ソラちゃんが次々と栗を食べ続けている。殻入れに使っているお皿に次々と皮が積み上がっていく。なんかこういう野生動物いたな。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。マスター、焼き加減最高です!」
「そりゃ良かった。俺も焙煎機を引っ張り出した甲斐があったよ」
「次は銀杏でやりましょう!」
「やらないよ???」




