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第32話 ラストエリクサー作り

 その日、俺は王都の大銀行窓口で、受付嬢からドン引きされていた。


「もう一度確認しますが、本当によろしいんですか……?」


「ああ、引き出してくれ」


「あの、しかしですね、大金貨千枚の引き出しはちょっと私も初めてと言うか……。金額にして一億リルですよ!」


「どうしても必要なお金なんだ。やってくれ」


「……はい」


 受付嬢は震える指先で魔法水晶に入力をし、俺の引き出し依頼を受け付ける。

 無事に大金貨千枚を受けとって、俺は礼を言った。


「ありがとう。足りなかったらまた来るよ」


「え、えええ!? 一体何を買うつもりなんですか!?」


 ◆


 ソラちゃんのラストエリクサーを作るため、俺は王都中を走り回っていた。


 銀行を出た後買い物を済ませ、錬金術師ニコの工房に向かう。工房内はすでにフル稼働していた。

 大小さまざまな錬金釜が並べられ、間をニコ製のゴーレムが走り回っている。


 俺は工房の奥ですべての作業を監督しているニコへ声をかけた。


「ニコ、頼まれていた炎樹(えんじゅ)の枝と月光石、買い付けてきたぞ」


「ありがとう! 頭が青色の精製ゴーレムに両方渡してくれ」


 工房の主であるニコは一番忙しそうに働いている。今、黄金の両腕からさらに何本も腕を伸ばし、様々な作業を同時並行で進めていた。まるで阿修羅像か千手観音みたいだ。

 ラストエリクサー作成のための巨大レシピを作りつつ、多数のゴーレムを管理し、素材を調合し、各錬金釜の状況までチェックしている。


 ラストエリクサーの材料となる素材はSランクのものばかりだが、錬成全体に必要な素材はもっと増える。例えばユニコーンの角とエンシェントドラゴンの逆鱗は、そのまま一緒に砕いて煮てもお互いに混ざらない。それぞれに必要な下処理があり、さらに釜に入れる順番まで気を使って、ようやく混ぜ合わせることができる。

 この下処理に、また膨大な素材と準備が必要なのである。


 ニコが机の上で作っているラストエリクサーのレシピは樹形図がものすごいことになっていた。俺なんかは見ただけで頭が痛くなる。前世の死ぬほど育成のきつかったソシャゲの攻略サイトを思い出した。

 ニコは紙に膨大な書き込みと計算をしつつ、レシピ表を何度も書き直している。


「――ユニコーンの角は白銀臼(ミスリルうす)で五分砕きにしてから、砂漠薔薇(さばくばら)と神秘の粉を混ぜ合わせて超純水に混ぜて、85度まで熱する……いや、これだとバッカスの神酒と混ぜるときに温度が高すぎるな。バッカスの神酒の管理温度は……72度が限界か。ならハビキロ草の溶液を加えれば成分を保護できるはず……ダメだ、これだとユグドラシルの葉に悪影響が出る。黄褐石の粉剤で代用できるか?」


 ブツブツブツブツ。

 こんな調子で独り言を繰り返しながら、紙の上での検討と試行錯誤を繰り返し、さらにラストエリクサーそのものの錬成も同時並行で進めているのである。


 昔からすごいやつだとは思っていたが、改めて俺は感心した。

 ニコは天才だ。


「ニコ、調子はどうだ?」


「こんなに大規模な錬成は初めてだね。楽しくて笑いが止まらないよ」


 そう言って顔を上げたニコの目はガンギマっていた。ただ、本当に楽しそうでもある。

 錬金術が楽しくて楽しくてしょうがないのだ。


「そうか、手伝えることがあれば何でも言ってくれ」


「ひとまず今の作業で大丈夫だよ。錬成に必要な素材をじゃんじゃん買ってきてくれ。悪いがボクは君の財布だからって遠慮しないよ」


「当たり前だ。必要なものは全部買ってくる」


 そこへサイモンが大きな袋を担いでやってきた。


「おおーい、追加の火炎魔石、仕入れてきたぞ」


「来たな! 赤い頭の温度管理ゴーレムに渡してくれ!」


「はいよ」


 ニコの指示を受けてサイモンが火炎魔石をゴーレムに渡す。

 それから俺の元へとやってきた。


「遠慮なく買えって言うから買ってきたけどよ、すげえ金額になっちまったぜ、大丈夫か?」


「大丈夫だ。今日銀行で大金貨千枚下ろしてきた」


「……お前は、普段は贅沢しないくせにこういうことになると剛毅だな」


「こういうときのために金は使うもんだろ」


「違いない」


 サイモンはふと工房全体を見渡してため息を付いた。


「……しかし錬金術ってのはすげえな。ゴーレムってのは便利なもんだ」


「いや、一度にこれだけのゴーレムを扱えるのはニコくらいだよ」


 たった一人の錬金術師が動かしているとは思えない巨大工房に、改めて俺とサイモンは驚かされる。


 工房の奥から、今度はコハクが出てきた。


「金ピカ錬金術師さん、ゴーレムちゃんたちの魔力供給、終わったよ〜!」


「ありがとう! 正直私の魔力だけでは心もとなくなってきていたんだ。コハクくんは魔力が膨大で助かるよ!」


「全然。私で良ければいくらでも頼って〜」


 シリウスの常連客コハクも、事情を聞いたら手伝いを申し出てくれた。呪いのせいでできる作業は限られているが、魔力供給などで活躍してくれている。


 工房の扉を開けて、今度はカリンちゃんとそのお母さんが入ってくる。


「皆さん、差し入れでーす!」

「サンドイッチですよ〜」


 カリンちゃんたちもまたソラちゃんの話を聞いたら手伝いたいと言ってくれたのだ。こうして屋台のサンドイッチを毎日持ってきてくれている(最初はただでやってくれようとしたので、さすがに俺がお願いして代金を受け取ってもらった)。


 サイモンとコハクが目を輝かせる。


「サンドイッチ!」


「ありがてえ、ちょうど腹が減っていたんだ」


「ちょうどいい、少し休憩にしよう。俺がコーヒーいれるよ」


 工房にある厨房を借りてコーヒーを入れ、みんなでサンドイッチを食べる。ニコもレシピ作りをしながら、にゅんと黄金の腕を伸ばしてサンドイッチを取っていた(ニコの腕は30メートルくらい伸びるらしい)。


 サンドイッチの具材はBLTとハムチーズ、それにたまごサラダだった。

 特にたまごサンドがかなりうまくて俺は感心する。


「うまい! お母さん、これすごいうまいよ」


「あら〜、マスターさんに褒めてもらえるなんてうれしいです」


「卵は新鮮で、マヨネーズもたっぷり使ってるのにくどくない。いやすごいなこれ。くそ、ちょっとくやしい俺がいる」


「あら〜〜」


 まんざらでもなさそうにカリンちゃんのお母さんが笑う。

 横からコハクとサイモンがからかいまじりで言った。


「マスターも嫉妬することあるんだね」


「はっはっは、こんなときでもギルの料理へのこだわりはすごいな」


「というか昨日はエンシェントドラゴンの討伐してきたんでしょ。よく体動くよねマスター」


「まったくだぜ。このタフさには俺もちょっと引いている」


「マスター化け物だね〜」


 好き勝手言って笑い合うコハクとサイモン。

 くそ、お前たちだって人類では相当強い部類のくせに!


 ◆


 サンドイッチを食べて軽く休憩を取っていたときだ。工房の入口に今度はヘンリーが表れた。

 ただ中には入らず、無言で俺を手招きする。ニコたちに断って俺は外に出た。


「どうした?」


「悪いな突然。ギル、ソラさんの件で捜査に進展があった。――報告したいことがある」

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