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第22話 逃亡令嬢 3

 ルチアーナは事情を語った。


 ◆◆◆◆


 ――私が第一王子ナイジェル様に初めて会ったのは13歳の時よ。公王陛下主催のパーティーで引き合わされたの。ナイジェル様は気品があって優雅で、私も初めて見たときから素敵な方だと思ったけどナイジェル様はそれ以上だったみたい。

 翌日いきなり我が家に婚約の打診があったの。願ってもないことだし了承の返事をしたのだけど、そこからトラブルが起きるようになった。


 シュヴァン公国は身分制の厳しい国で、公王家と結婚できるのはそれまで侯爵家以上の高位貴族に限られていたわ。でもナイジェル様はとても熱心に私を望んでくれたみたいで、今回伝統を壊す形で伯爵家の私が婚約できることになったの。……それが、他の高位貴族の方々の機嫌を大きく損ねてしまったみたい。


 私の実家メルポート伯爵家は貴族の中ではそれほど高貴な家柄ではなかったの。もう何代も続いている公国では古い家柄だけど、元々は大商人から身を興して貴族になったみたい。そんな出自もお歴々は気に入らなかったみたいね。


 それで、私や実家のメルポート家は元々高位貴族たちに睨まれていたのだけど、昨年、いよいよ私達の成人と結婚が近づいてきたということで、お父様にも高い地位をと国務大臣への抜擢が決まったの。といっても商務大臣っていう内閣の中では中堅くらいの役職なんだけど。これが高位貴族の逆鱗に触れてしまったわ。


 特に外務大臣のストッツエルン侯爵家、財務大臣のペルバラン宮中伯家、そして宰相のナル公爵家は激怒した。怒っただけじゃない。彼らは自分の派閥の力が弱まることを危惧したのね。公王家とのつながりは派閥の力関係にも大きく影響するから、ぽっと出の伯爵家がいきなり公王妃候補を出した上に大臣家になったことが許せなかったみたい。


 ――事件が起きたのは一ヶ月前。ナル公爵邸で行われたお茶会でのことだった。


 会の途中、ナイジェル様が突然血を吐いて倒れたの。突然のことでみんなが混乱している中、私はいきなり公爵家の従騎士に拘束された。ナイジェル様に駆け寄ることもできなかった。そして私にはまったく身に覚えのない毒殺の容疑をかけられた。


 危うくそのまま連行されるところだったのを、我が家の従騎士たちが助け出してくれたのだけど、国にいては危険すぎるということで私はいったん脱出することになったの。国境の突破やロワール王国についた頃はまだ従者がいたのだけど、みんなどんどん追手に捕まって……、今は一人でこの西区に隠れ潜んでいたの。まさかここまで追手がかかるとは思わなかったわ。

 

 国を出る時、ナイジェル様が命に別状はなく快方に向かっているということだけ聞いたわ。唯一の良い知らせね。


 ◆◆◆◆


 長い話を語り終えて、ルチアーナはほっと息をついた。ゆっくりと俺の入れた紅茶を口にする。

 一口含み、微笑んだ。


「……おいしいわ。マスターさん、紅茶をいれるのもうまいのね」


「光栄だ」


 紅茶は専門じゃないんだが、気に入ってもらえて良かった。


「しかし、そんな厄介な事件に巻き込まれた貴族令嬢が、なんでまたうちの店に通ってたんだ」


 すると急にルチアーナがふるふると震えだす。

 そして、さっきより気持ち声を大きくした。


「…………仕方なかったの! ここのサンドイッチが美味しすぎたのよ!!!」


「どういうこった?」


「だって逃亡生活で資金は心もとないし、隠れてるから外出は最小限にしないといけないし……。近所の食べ物屋で何でもいいから済ませようと思ったら、近くにこんな美味しい喫茶店があって……しかもここのミックスサンドセットは400リルでしょう? 破格すぎて毎日通ってしまうことになったのよ」


「なるほどな」


 たしかにミックスサンドセットは特に安く提供している。それが逃亡中のお嬢様に合ってたということか。


「うちのミックスサンドにはサラダも付きますからね、栄養的にも高コスパです」


 ソラちゃんがうんうんとよくわからないところで相槌を打っている。

 ルチアーナも大きく頷いた。


「そう。安くて美味しくてすぐお腹いっぱいになる。野菜も多い。素晴らしいお店だわ」

「わかります。私も一人暮らししているからここのまかないで食べる野菜が貴重で……」

「あら、貴方も苦労してるのね」


「いやいや何の話だ」


 話があらぬ方向にそれていきそうになったので俺は軌道修正した。


「それで、これからどうするんだ?」


「今私の実家が公王家と協力して事件の真相究明に動いているわ。幸いなことに公王家も今回のことを私や実家の陰謀だとは考えていないの。だって私達に何のメリットもないものね。だけど他の高位貴族の力が強くて、思うように進んでいないみたい。とにかく事件の捜査が進んで私の潔白が証明されるまでは、こうして別の国で隠れているしかないわね。ちなみに今の私は公国から『追放』されたことになってるわ」


「頼れる相手はいるのか?」


「……なんとか実家と連絡を取ってみるけど、新しい従者を派遣してもらうことは、難しいかも。こちらの居所がバレるリスクもあるし……でも大丈夫。一人だってなんとしても生き延びてみせるわ。あの公爵家の連中の思い通りには絶対させない!」


 ルチアーナは気丈にそう言って拳を握った。貴族令嬢なのに大した肝の据わり方だ。

 ソラちゃんがいつのまにか涙を浮かべている。


「うう〜、ルチアーナさんかわいそうです。ひどすぎます。その公国の貴族たち、許せません〜〜」


「ああ、そうだな」


 俺も同じ気持ちだった。こうして一人逃げ延びているお嬢さんを、荒くれた冒険者を使ってまで探し連れ戻そうとするなんて許せん。

 ソラちゃんがうるうるとした瞳で俺を見てくる。


「マスター、なんとかならないんですか?」


「うーん、力になりたいのは山々だが、公国での事情が絡むとなあ。別の国の事件に首を突っ込むってのは大変なんだ」


 俺は過去の冒険者稼業によってロワール王国宮中内にも多少顔はきく。しかし問題が他国となると、手を出すのは難しい。

 シュヴァン公国には知り合いもほとんどいないしな……。


「ええ〜〜、そんなあ」


「まあ待てソラちゃん。俺はどうにもできないが、どうにかできるかもしれない知り合いがいるんだ」


「へ」


 その時タイミング良くシリウスに客が入ってきた。


「邪魔するぞ」


 そう言ってドアの壊れた入口から姿を表したのは背の高い痩せた男だった。夏にも関わらずかっちりしたスーツを着込み、目には片眼鏡。黒髪をオールバックで固めている。


 俺は片手を上げて挨拶した。


「よーヘンリー。急に悪かったな」


「まったくだ。ギル、お前はいつも突然過ぎる」


 ムスッと眉間にシワを寄せて男は俺のもとにやってくる。こいつはヘンリー。俺の冒険者時代のパーティー仲間の一人だ。


 俺とサイモン、ヘンリーはよく一緒にパーティーを組んで魔物を退治したり依頼を受けたりしていた。俺が何でもやる器用貧乏な剣士で、サイモンは大斧使いの重戦士、ヘンリーは守護騎士という騎士の上位職についていた。


 サイモンとヘンリーの二人は性格からなにからまるで反対で、仲を取り持つのに苦労したもんだ。

 ヘンリーもすでに俺やサイモンと同じく冒険者を引退している。彼が第二の人生に選んだ職業は、これまたサイモンと真逆だった。


「それで? お前の店を襲ったというならず者冒険者はどこにいる?」


「奥に転がしてあるよ。すぐに引き取るか?」


「ああ、連行する」


「あ、あの……」


 そこでおずおずと言った調子でルチアーナが口を挟んできた。


「その、お言葉だけど、そちらの殿方がお一人で? 私が言うことでもないのだけど、Aランク持ちもいる手練れの冒険者たちよ」


「そいつは問題ない。ヘンリーは本職だからな」


「まあ警察官なの?」


 ルチアーナが首を傾げると、俺はいたずらっぽく笑った。


「ああ、本職も本職……こいつはヘンリー・キング。この王都警察の警視総監だ」

ごめんなさい。今回話のタイトルや番号フリなど修正変更しています。予想より長くなってしまいまして……。

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