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第14話 パン・コン・トマテ 後編

 ソラちゃんが不思議そうに訊ねてくる。


「最高にうまい料理を、パンとトマトで? 何か当てでもあるんですか?」


「ああ。まさに材料そのまま、パン・コン・トマテを作ろうと思う」


「ぱん、こん……なんですって?」


「パン・コン・トマテ。俺が前にいた国で知った料理でな。パンとトマトだけで作るんだが、うまいぞ」


「ほほー」


 半信半疑といった表情でうなずくソラちゃんに、俺は微苦笑した。


「まずは料理ができるようにしないとな。さっさと片付けてしまおう」



 ◆◆◆◆



 片づけを終え、ようやくカリンちゃんの屋台で料理ができるようになった。

 俺はソラちゃんとカリンちゃん相手に作る料理を説明する。


「パン・コン・トマテ。トーストしたパンにトマトを乗せるシンプルな料理だ。しかし簡単そうでなかなか奥が深くてな、工夫次第でいくらでもおいしくなる」


「「パンとトマトだけで……?」」


 不思議そうに顔を見合わせる二人に俺は笑った。


「なあに食えばわかるさ。まずは作ってみよう。生のトマトを使ってもいいが、今日はトマトソースから作るぞ」


 まず、3人で手分けして王様トマトをすりおろしていく。今回皮は取り除く。

 おろしたトマトはまとめて鍋に入れて煮詰めていく。


 その間にパンを焼いておく。 サンドイッチ用のバゲットを手ごろな大きさにスライスして、網に乗せ焼いていく。今回は直火で焼くが、トースターでも十分おいしい。


 多少焦げ目がつくくらいカリカリに焼いたら火からおろす。このバゲットはトマトソースを乗せる土台であり、おろし金だ。

 俺はにんにくを半分に切って、カリンちゃんに渡す。


「これを匂いが移るようパンの表面にこすりつけてくれ」


「わかった、しっかりつけたほうがいい?」


「いや、香り付けだから一回半撫でるくらいでいい」


「はーい!」


 カリンちゃんにパンの仕込みは任せて、トマトソースを見る。

 十分に水気が飛んでいたら(木べらでなぞると底が見えるくらい)、塩とオリーブオイルを加えて味を調える。

 さらに煮詰めて、いい感じにドロッとしてきたらトマトソースの完成だ。


「よーし、あとは簡単だ」


 まずバゲットにオリーブオイルをかけ、その上からトマトソースを乗せれば、完成だ。


「さあ、出来たてのパン・コン・トマテだ。味見してくれ」


 ソラちゃんとカリンちゃんの前に皿を出す。二人はさっそく手を伸ばした。

 俺も一つ手に取って口に運ぶ。

 ザクリ。

 こんがり焼かれたパンをかじる音が三つ響いた。


 一口食べた瞬間、ソラちゃんとカリンちゃんの表情が変わる。二人が同時に叫んだ。


「「おいし〜〜〜〜い!!!!」」


 俺も自分のパン・コン・トマテをかじる。うん、久しぶりに作ったがよくできてる。

 王様トマトの濃厚なうまみをニンニクの香りが引き立てる。甘みとうまみがぎゅっと詰まった味だ。


「おいしい! マスター、この料理おいしいですよ!」


 ソラちゃんが勢いよく言う。


「すっごいシンプルな材料なのになんでこんなおいしいんでしょう」


「パンとトマトが、お互いを引き立てあってて……おいしい」


 カリンちゃんも自分なりに味を分析しようとしている。


「はは。基礎がしっかりしているからな。シンプルな料理ほど食材が良ければおいしくなるんだ」


 俺はカリンちゃんの頭をなでる。


「今回パン・コン・トマテがうまくできたのはカリンちゃんの食材選びがしっかりしていたからだ。自信を持ってくれ」


「えへへ……うれしい」


 カリンちゃんがにっこり笑う。


 パン・コン・トマテはそのままでも十分おいしいが、生ハムやモッツァレラチーズなんかを乗せてもいい。カリンちゃんの屋台にはないが、俺のアイテムボックスには他の食材もある。だが、俺はあえてこのシンプルなパン・コン・トマテで勝負しようと思っていた。


 カリンちゃんが選んだ、屋台に残っている材料だけで商品を作ってもらう。そうすれば俺やソラちゃんの助けは最低限になる。

 俺はカリンちゃんに自信を持ってもらいたかったのだ。



 ◆◆◆◆



「よし、準備完了だ」

「「やったー!」」


 屋台は直し、仕込みも終えた。これでいつでも売り始めることができる。

 3人で喜び合っていたが、ふとカリンちゃんが顔をくもらせた。


「でも、もう夕方です。お客さん、来るでしょうか……」

 

 片付けをして、料理してとやることを終えたらだいぶ時間が経っていた。もう日は傾き始めている。

 市場自体は夜まで開いているが、朝から店を出していた人たちはそろそろ帰り始める時間だ。人の波は大きく減る。


 本来、サンドイッチの屋台はお昼時に売っていたはずだ。それとは人の数も流れも違う。カリンちゃんが不安になるのも仕方ないだろう。

 だが、俺は自信を持って励ました。


「大丈夫だ。必ず売れる」


「ほ、ほんとに?」


「ああ、大丈夫だ」


「お、おじさんの言うことなら信じる。がんばるね」


 カリンちゃんがぐっと手を握って気合を入れる。その意気だ。


「さ、呼び込みを始めよう。がんばって今日の売上取り戻すぞ!」

「「おー!」」


 ソラちゃんとカリンちゃんがそろって拳を突き上げた。



 ◆◆◆◆



「いらっしゃい、いらっしゃい。パン・コン・トマテだよ! おいしいよ〜!」


 まずはお客さんが捕まらないと始まらない。そこはソラちゃんが活躍してくれた。


「お、可愛い呼び込みさんがいるな」

「なんの屋台?」


「いらっしゃい!」


 やはりソラちゃんの容姿は人目を引く。抜群のかわいさを武器に立っているだけで人を集めた。

 うむ、やはり顔がいいは正義だな。

 ソラちゃんが笑顔で商品を勧める。


「パン・コン・トマテ。パンにトマトソースをのっけた料理です。おいしいですよ~」


「うーん、ずいぶんシンプルだな。まあ試しに一つ……」


 そんなことを言いながら買ったお客さんが、一口目で表情を変える。


「うまい! しかも軽くて小腹を満たすのにちょうどいい! お嬢ちゃん、これ3個くれ」


「どうも~。300リルです」


 幸先良いことに、最初のお客さんがすぐに買ってくれた。ありがたい。

 これが呼び水となったのか、お客さんが続々と集まってくる。


「なんか珍しいの売ってるね」

「見た目はトマトの乗ったパンだな」

「どうぞ! ぜひ食べてみてください!」

「ん、おいしい!」

「すごい、何個でも食べれそう」


 パン・コン・トマテがどんどん売れ始める。次々とやってくるお客さん相手に、俺は料理をしてカリンちゃんがお会計と受け渡しをしてくれる。


「3個ちょうだい!」

「こっちは5個だ!」

「は、はい500リルです!」

 

 慌てて仕事をこなしつつ、カリンちゃんが小さな声で話しかけてくる。


「す、すごい。ほんとにどんどん売れちゃってる! なんでだろう」


「この時間は昼間から居た買い物客や店を開いていた人が帰る時間だからな。みんな軽く小腹を満たすものが欲しいんだよ。つまりおやつ感覚だな。お昼時と違ってガッツリした食事は必要ないんだ」


「すごい! おじさん全部わかってたの!?」


 俺は黙ってウインクだけした。

 その後もお客さんの列は途切れること無く続いた。



 ◆◆◆◆



「……よーし、今ので最後。パン・コン・トマテ完売だ」

「「やったーーー!」」


 ソラちゃんとカリンちゃんが笑顔でハイタッチする。

 結局、仕込んでいた分は全部1時間ほどで売り切ってしまった。元々たくさん食材がなかったのもあるが、大成功と言っていいだろう。

 カリンちゃんが、フワフワとした表情でつぶやく。


「すごい……ほんとに全部売れちゃった」


「よかったなカリンちゃん。それにたくさんがんばってくれた。おじさん感心したよ」


 カリンちゃんは急な混雑にも負けずに頑張ってくれた。大したものだ。


「えへへ、おじさんもありがとう。……あ、そ、そうだ」


 そこでカリンちゃんが、屋台からどっさり硬貨の詰まった袋を取り出す。


「これ、今日の売上。おじさん本当にありがとう。これでお礼になるかな」


 なんと律儀な。しかも売上全部を出そうとしている。その心がけは立派だが、俺は首を横に振った。


「そんなのいらないよ。カリンちゃん取っておいてくれ」


「え、でも……」


「俺たちは勝手にカリンちゃんの店を間借りして料理を作っただけさ。

 今日の売り上げは全部カリンちゃんのお店のもんだ」


「私のお店……」


 そこでカリンちゃんは袋を大事そうにぎゅっと抱えたが、慌てて首をふる。


「そ、そんなやっぱりダメだよ! おじさんは悪い人をやっつけてくれた上にパン・コン・トマテまで作ってくれて、ソラお姉ちゃんもいっぱいお客さん呼んでくれたんだから。私だけなんてもらえない」


 なんとも正直な子だ。俺は声を出して笑って、それからカリンちゃんに目線を合わせた。


「それなら今度うちの店に来てくれ。はきだめ横丁にある「シリウス」っていう喫茶店だ。コーヒー……はまだ飲めないかもしれないが、美味しいケーキを作って待ってるよ。ああ、ちょっと治安が悪いから、かならず大人といっしょに来るんだよ」


「ケーキ!」


 カリンちゃんが再び笑顔になる。よかった。


「わかった。私かならず行くね! 今日のお礼に、ケーキたのむから」


「ああ、待っているよ」



 ◆◆◆◆



「やれやれ、今日は色々あったな」


「買い出しのつもりが大仕事になっちゃいましたね」


 色々あった帰り道。買い物袋を抱えて俺とソラちゃんが歩いていく。


「それにしても売上を全部カリンちゃんに渡すなんて、マスターいいところあるじゃないですか」


「俺をなんだと思ってるの。ま、こっちが勝手に手伝わせてもらったんだし、何より楽しかったからな」


「ふ〜〜ん……」


 ソラちゃんがニヤニヤと笑いながら俺を見つめてくる。


「あ、でもでも今日の働いた分の給料はちゃんともらいますからね」


「おっとっと」


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