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第13話 パン・コン・トマテ 前編

「お前何者(なにもん)だ!」

「ひっこめよおっさん! 死にてえか!」


 因縁をつけていた男たちが、一斉に色めき立つ。

 俺は肩を掴んでいた男へ、押さえつける力の方向を変えて体勢を崩した。


「ぐううっ。何だこのオッサン!? 強ぇえ!」


「いや、これは力じゃなくて技だ」


 冒険者時代に培った技術で男を地面へとうずくまらせてから、残りの男たちへ声を掛ける。


「お前ら、今すぐにこの場から失せろ。そしたら見逃してやる」


 実力差をわからせるために、リーダー格らしい男を押さえつけてみせたのだが、男たちに効果はなかったようだ。


「ふざけんなよ! てめえこそとっとと失せろや!」

「コーネリアス一家を舐めたらどうなるか、その身体に教えてやるよ!」


 やれやれ。まあ町のチンピラじゃこうなるか。


 俺は久しぶりに少し実力を出すことにした。別に本気にならなくても倒せるが、ソラちゃんや町の人達になるべく暴力を見せたくないからだ。

 頭の中で身体のギアを上げると、俺は一瞬で後ろへと飛び、左後方にいた男のあごを蹴り抜いた。

 続いて右にいた男の首を手刀で狩る。二人は同時に意識を失い、グラリと身体を傾けた。


 そして二人が地面に倒れる前に、俺は押さえつけていたリーダー男の元へと戻り、何事もなかったように組み伏せた。

 一瞬の動きで、周囲の人々には何が起きたかわからなかっただろう。

 後ろの男たちが地面に倒れたところで、ようやく騒ぎ始めた。


「なんだ!? 急にあの男たちが倒れたぞ!」

「なんか、一瞬、おじさんが動いていたような……」

「いやそれはないだろ。オッサンはずっと最初の男を押さえつけてたんだから」

「何が起こったんだ……?」


 ざわつく周囲。

 リーダーの男もさすがに事態が悪い方向に転がっていると悟ったのか、冷や汗を流し始める。


「お、おっさん、あんた何なんだ? ま、まさかウチと揉めてる組織のモンか!?」


「俺はそういうのに一切関わり無いよ。言ったろ、ただのマスターだって」


「嘘だ! ただのおっさんが俺を止められるもんかよ。後ろの二人も急に倒れたみたいだし……なにしやがった!」


「それ以上余計な質問をしなければ、ここで逃がしてやるが、どうする?」


「ひぃっ!」


 震え始めたリーダー男を見て、俺は拘束を解く。

 リーダー男は解放されると、俺に押さえられていた腕をさすりつつしばらく睨んできた。

 だが、やがて倒れている子分二人を助け起こすと逃げ出す。


「お、覚えてろよ! この落とし前は必ずつけるからな! コーネリアス一家に逆らったことを後悔しやがれ!」

「去り際までチンピラだなあ」


 必死に逃げていく後ろ姿を見送りながら、俺はつぶやく。

 本当に仕返しされても面倒なのであとでコーネリアス一家はどうにかしないとな……なんて考えていたら。


「やったーー! 良かったねお嬢ちゃん! おじさん、かっこいいね」

「あんたすげえな! どうなるか見ててハラハラしたよ」

「あのヤクザ共は最近ここらを荒らし回ってて困ってたんだ。ありがとう。本当にありがとう」


 町の人達に囲まれてお礼を言われてしまった。しまった。目立ちたくないのに。


「いやあ、はは、どうも。運が良かっただけですよ」


「いやいやあんた大したものだよ」

「かっこよかった!」


「はは……」


 どうしたものか考えていると、ソラちゃんがじっとこちらを見つめていることに気づいた。


「あ……」


 しまった。ソラちゃんには俺が元高ランク冒険者だって、バレたくなかったんだが。


「マスター……」


「あの、ソラちゃんこれはさ、おじさんも元冒険者だから、ちょーっとだけ戦闘の心得があるというか……」


「マスター、マスターって……」


「(ごくり)」


 思わずつばを飲み込む。

 一拍置いて、キラキラした目でソラちゃんが言った。


「マスターって、結構強かったんですね〜〜!」


 がくり。

 全然気づいてない。ソラちゃん、ちょっと鈍くない?


「はは、そう。そうなんだ。おじさんちょっと強かったんだよ」


「マスターも男の人ですね。頼りになります。まあまあ見直しました」


「ああ、そう……」


 なんだろう。これでよかったのに、ちょっとさみしいような……。

 いや、これでいいのだ。


「あの、おじさん、助けてくれてありがとう」


 その時、因縁をつけられていた少女が近寄ってきてお礼を言ってくれた。

 俺はかがみ込んで目線を合わせ、そっと体を支える。


「いいんだ。俺がかってに首突っ込んだだけさ。それよりお嬢ちゃん、怪我はないかい?」


「うん、大丈夫。……屋台は、めちゃくちゃになっちゃったけど」


 そう言って少女が悲しそうに屋台を見る。たしかに、蹴られた屋台は傾きかけ、いくつかの食材も散らばっていた。


「まったく、許せん奴らだったな……。よし、おじさんも手伝うから、一緒に片付けようか」


「いいの?」


 少女の顔がぱあっと明るくなる。俺は頷いた。


「ああ、もちろんだ。……ソラちゃん。すまないけど一緒に片付けてくれるかい?」


「なーにを当然のことを。もちろんです!」


 ソラちゃんが腕まくりして返事してくれる。頼もしい。

 他にも周囲の人々が、片付けを手伝ってくれた。俺達は一緒になって、少女の屋台を立て直した。



 ◆◆◆◆



 片付けをしながら、俺とソラちゃんは少女から詳しい事情を聞いた。


「いつもはね、お母さんがここに屋台を出しているの。でも病気になっちゃって……。お母さんは休まないといけないから、今日は私が代わりに出せたらって思って来たの」


 少女の名前はカリンというらしい。カリンちゃんのお母さんは家で寝ているのだという。

 市場での営業許可証はすでにもらっているので、今日はカリンちゃんが屋台をひいてきたというのだ。まったく小さな体で立派なもんだ。


「お母さんは、いつもここでサンドイッチを売っていたの。ベーコンとトマトと、レタスとかを挟んだやつ」


「BLTサンドか。うまそうだ」


「うん、とってもおいしいんだよ。……でも、肝心のベーコンがさっきの男の人に落とされちゃった……。他のお野菜も。もう今日は、サンドイッチ作れないや」


 カリンちゃんがそう言ってしょんぼりうつむく。

 ソラちゃんが、そっと手を握ってあげていた。


「そうだったんだ。最悪だね。ほんっとあいつら、許せない……! ねえ、今からでもなにか作って売ってみようよ」


「ありがとうお姉ちゃん……でもムリだよ。ベーコンはお母さんの特製で、もう家にも仕込んである分は無いんだ。売りものになるのはあとパンとトマトしか残ってないし」


「そんな……」


 ソラちゃんまで悲しそうな顔になり、困ったように俺を見上げてきた。


「パンとトマトか……」


 俺は腕組みして考える。


 ふと、屋台の上で籠に積まれているトマトが見えた。一つ手に取る。普通のトマトより二回りほど大きい、王様トマトだった。

 この王様トマトは、俺が市場で最初に買ったのと同じものだ。


「これ、南側でお店だしてる野菜売りさんから買ったのか」


「うん、あそこのお野菜、おいしいから」


 俺は王様トマトを返すと、女の子の目利きを褒めた。


「いい目をしている。カリンちゃん、将来立派な料理人に成れるぞ」


「ほんと?」


「ああ、俺が保証する」


 自信を込めて頷くと、カリンちゃんはくすぐったそうにはにかんだ。

 将来の名料理人を、こんなところで潰させるわけにはいかないな。


「よし任せろ。俺がこれで最高にうまい料理を作ってやる」


「え、ええ?」


 俺の宣言に、カリンちゃんは目を白黒させた。

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