喫茶店『舞夢』の忙しない一日(アイドルタイムも休めない)
「おはようございます! お疲れさまです!」
十三時五十分。元気な挨拶と共に、コックコート姿で厨房に入ってきたのは真樹ちゃん。伊藤さんと入れ替わりでクローズまで調理に入ってくれる。
これから十七時までは私と律子ちゃんと真樹ちゃんの三人で廻して、十七時になれば、由美子ちゃんという高校生の女の子がフロアに入る予定だ。
明日のランチで使う食材の在庫をチェックを終えた伊藤さんが「お後よろしく~」って言いながらロッカールームに消えていく。八時間ともに戦った戦友を見送りつつ、あと七時間強お店に居続けなければならないことに気持ちが折れてしまいそうになる。
とりあえず、先に律子ちゃんに一休みしてもらい、私もその後、一時間の休憩をもらうつもりだ。
今日のお昼の賄いは、サンドイッチを作る時に切り落としたパンの耳が大量に残っているので、パンの耳とブロッコリーと鶏肉を入れてグラタンにするつもりで、真樹ちゃんに作って貰うように頼んである。
十四時の中間のレジ締めをして売り上げを確認。その後、夕方に向けて足りなくなりそうな食材を準備する。次のピークは十七時過ぎ。これからの時間は、フードメニューよりもデザートメニューのほうがよく出る。
うちのお店のデザートで一番人気が有るのはフルーツパフェだ。
パフェグラスの底にシリアル。その上にイチゴ味のアイスにたっぷりの生クリーム。その上にバニラアイスと周辺を囲むようにイチゴと缶詰の桃やみかんをちりばめ、グラスのふちに季節のフルーツに切り込みを入れ立たせる。真ん中に生クリームをこんもりと盛ってチョコレートソースで仕上げウェハースを添える。材料費も手間もかかるけど、お値段は七百五十円とお安めの設定。だから近くの短大や女子高に通う女の子に人気だ。
律子ちゃんが手書きのイラストたっぷりのマニュアルを作ってくれたので、何回か作っているうちに上手に盛り付けられるようになる。由美子ちゃんも、うちでアルバイトを始めてまだ一か月。律子ちゃんの元で今日も練習に励むはずで、練習で作ったパフェは勤務終了後の私たちのおやつになるはずだ。
レジ台の棚に置いた電話機から着信音。私は洗い物の手を止めて急いで電話に出た。
「はい、コーヒーショップ『舞夢』金井が承ります」
「三鍋です。変わりないかい?」
オーナーは店長が休みの日、ランチタイムの忙しさが落ち着いた頃合いに、かならずお店に異常がないか、困りごとがおきてないか確認の電話をいれてくる。
「はい、いまのところ問題ありません。ランチメニューも売り切りました」
「ははは、それは良かった」
ランチタイムの食材が大量に余ると、オーナーの家の夕食のおかずになる。調理の手間は省けるけれど、それなりの御年のオーナーにとってお肉料理が続くのはさけたいところだろう。
「ちょっと美奈子ちゃんと話をしたいんだけど、三時半くらいに行っていいかい?」
「三時半だと律子ちゃんが休憩に入るので......」
「じゃあ、三時ならどう?」
「はい、それなら大丈夫です」
「じゃあ三時に。一番テーブルをあけておいて」
オーナーはそう言うと電話をきってしまった。ちなみに一番テーブルというのは客席の一番奥まった場所にある四人掛けのテーブル席で、混雑していない時間帯は従業員の休憩スペースとして使っている。
軽い打ち合わせならカウンター席で出来る。わざわざ一番テーブルの確保を頼むってことは、内緒話がしたいのかもしれない。
オーナーとの内緒話となると二号店に関する話だろう。
二号店は本店と同じような条件の土地に建てる方向で考えているようだ。半年以上、一宮と稲沢あたりの出物を探していたのだけれど、やっと、一宮の方で良い土地が見つかったと嬉しそうに言っていた。
一号店と二号店の予定地は幹線道路で繋がっていて、オーナーも二号店スタッフ予定者も行き来しやすいようだ。
今週のどこかで銀行に行って根回ししてくると言っていたから、なにかしら進展が有ったのかもしれない。
カウンター席に座って一息ついている律子ちゃんにオーナーが来ることを伝えたら、すこし意外そうな表情を浮かべた。
「オーナー来るのって、いつも閉店間際じゃないですか?」
お店の一日の売り上げは、その夜のうちに駅前の銀行の夜間金庫に収めることになっていて、店長が休みの日にはオーナーが来て売り上げが入った袋を回収していく。だから、日中の時間帯にオーナーが顔を出すのは、律子ちゃん達にとっては珍しいことなのだ。
「そうね、なにか話があるみたいだから」
「もしかして、二号店のことですか?」
「さあ? 内容は聞いてないからわからないわね」
時間帯責任者兼二号店の店長候補者として、話の進捗について聞かされてはいるけれど、他言無用と念押しされているので、律子ちゃんにも真樹ちゃんにも話すことは出来ない。
私の曖昧な態度が少しばかり癇に障ったのか律子ちゃんは眉をしかめた。ミルクを多めに入れたアイスコーヒーが入ったマグカップの把手にかかった右手の人差し指が苛立ちを抑えるかのように揺れている。
彼女はコーヒーを一口飲むと
「美奈子さん。二号店の店長になってくれるんですよね?」
と、いつになく険呑なまなざしで聞いてきた。