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喫茶店『舞夢』の忙しない一日(ランチタイム準備中)

 九時五十分。モーニングサービス終了まで残り十分。厨房の伊藤さんに一声かけて私は店の外に出た。

 陽射しが強くて厚めの生地で出来ているコックコート姿だと、少し汗ばんでしまうほど気温が上がっている。午後はもっと暑くなりそうだし、冷たいドリンクやパフェなんかの準備も多めにしておいた方がよさそうだ。


 出入り口の扉の脇に置いてあるボードを『モーニングサービス実施中』と書かれた面から反転させて、ランチタイム用の面に切り替える。


 ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  


  ランチサービス実施中!! 11時~14時


  本日のランチ


   ・ Aランチ  鯖おろし煮  (味噌汁・小鉢付き)


   ・ Bランチ  豚肉生姜焼き (味噌汁・小鉢付き)


   ・ Cランチ  ビーフカレー (サラダ・スープ付き)


   ・ Dランチ  スパゲッティ・ミートソース (サラダ・スープ付き) 


     全品 ドリンクを一杯サービス致します!!


 ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★ 



 AランチとBランチの部分は、その日のメニューをチョークで書き込むようになっている。基本的にはAA勤務が書き換えることになっているけれど、私がAA担当から外れる土曜と日曜は、接客担当の二人がジャンケンして決めているらしい。

 いつも書いている私の字が綺麗すぎるから、自分の下手な字と比べられるのが嫌だっていうのが理由だそうだ。でも、整い過ぎてどことなく他人行儀な印を与えてしまう私の字よりも、彼女たちの書く学生っぽいポップな丸文字の方が、お客様受けが良い事を私は知っている。


 サインボードにランチの内容を書いていると、入口に近くに大型のセダンが停まった。

 助手席のドアが開いて降りてきたのは十時からクローズまでのシフトに入る律子ちゃんだった。

 フロア担当用の黒いフレアスカートに白いブラウス。その上にベネトンのパステルカラーのVネックセーター。早百合ちゃんと共に『舞夢』のファッションリーダーと称されるだけあって、シンプルなうちの店の制服がお洒落な着こなしに見える。

 車を降りた律子ちゃんは運転席の誰かと、少しキツめな口調で話をしている。


「今日は二十一時までのシフトなんだからね!」


「迎えが有るんだから、絶対に飲んじゃダメだからね!」


 普段、遅番に入る時は家のセカンドカーの軽自動車を運転して出勤する律子ちゃん。今日は、他の家族が車を使う予定があるのか、自営業のお父さんに送ってきてもらったみたいだ。

 律子ちゃんのお父さんはお酒が大好きらしく、、少しぐらい酒を飲んでも田舎道を走るくらいなら大丈夫なんて問題発言をしちゃう人らしい。今日みたいに律子ちゃんのお迎えの予定が有るのにお酒を飲んじゃって律子ちゃんのお迎えをドタキャンした前科は両手では数えられない。そんな時は私かオーナーが車で家まで送ってあげているのだが、その度に律子ちゃん怒りを宥めるのに苦労するのだ。


 会話を終えた律子ちゃんが助手席の扉を バンッ と大きく音が響くぐらいの勢いで閉めた。運転席のお父さんが何か大声で言ったのが漏れ聞こえてきたけど、律子ちゃんが睨みつけたままでいたら、ゆっくりと車が走り出した。

 機嫌悪そうな顔のまま車を見送る律子ちゃん。「律ちゃんおはよう」と私が声をかけると、驚いた顔でこちらを振り返り、ばつが悪そうに笑いながら「おはようございます…...」と挨拶を返してくれた。


「今日は、お父さんに送ってもらったの?」


「はい、いつもの車、弟が乗って行っちゃったみたいで……」


最近、車の運転免許を取った弟さん。車を運転するのが楽しい時期なのか、ちょくちょく車で出かけるらしい。結果的に律子ちゃんとの車の取り合いが頻繁に発生している。

 弟さんとしては軽自動車じゃなくてお父さんの車を使いたいみたいだけど、家族が同乗する時以外は運転させてもらえないようだ。


「免許取り立てだから運転したいんだろうね」


「なんか、彼女ができたみたいで......」


「ああ、それなら余計だよね」


 運転免許持ちで、車を持ってない男の子は、女の子に、まともに相手にしてもらえない、車社会の愛知県だもんね。


「就職したら、絶対に車を買います」

 

このあたりは、夏は暑く、冬は季節風が吹いて底冷えする地域。原付だとちょっとキツイかも。


 軽自動車なら維持費が安いから、就職したての子が買う場合は多い。駐車場も家の敷地に置ければ無料だしね。


「オーナーに言えば、安い車探してくれるよ」


「そうですね。そういえば混み具合どうですか?」


「そうね、ほどほどにって感じかな。アイスコーヒーのオーダー多めって感じ?」


「あ~ 暑くなりそうですもんね」


 律子ちゃんが開けてくれた扉から空調の効いた冷たい空気が漏れ出してくる。お客様が少な目なこの時間帯は寒いくらいだけれど、ランチメニュー目当てのお客様がいらっしゃる頃には、ちょうどよい室温になっているだろう。私はチョークと黒板消しを持って店に戻った。

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