喫茶店『舞夢』の忙しない一日(出会いⅢ)
「ここから一番近い公衆電話って、二つ目の信号を左折した先にあるサークルKですか?」
車が走り出してすぐ、律子と呼ばれていた女の子が聞いてきた。
二つ目の信号というあたり、彼女はこの辺りに住んでいるんだろう。
「そう。コンビニよりも君の家の方が近いなら、そっちに車まわすけど?」
「いえ、うちは説明しずらい場所なので」
この辺りは、まだ区画整理前。結構、道が入り組んでいるし道幅も狭い。確か、昔の殿様が、名古屋城に登城するために開かれた道が、拡幅されることなく生活道路として使われているはずだ。暗い夜道、図体のデカいランクルで入り込みたくはないな。
「連絡するのは、君の家とオーナーさんだけでいいのか? 運転していた人の家族への連絡は?」
「えっと・・・・・・、美奈子さんの家は大丈夫です。オーナーが家族みたいなものですから」
「・・・・・・そうか、ならいいんだ」
若い女性の家庭環境とかを追及する趣味はない。多分、オーナーとやらは親戚かなにかだろう。
「私と美奈子さん、市役所のところにある喫茶店の従業員なんです。お店、判りますか?」
「ああ、警察署の向かいにある店かな?」
いつも配送の行きかえりに店の前の県道を通っているから店は判った。駐車場がいつも埋まっているから、人気がある店なんだろう。
「来たことありますか?」
「いや、会社からも家からも遠いから」
「今度、来てくださいよ、助けてもらったお礼に御馳走しますから!」
そう言って、彼女は店の事を話し始めた。
「うちの店、朝七時から夜八時までやってるんです。美奈子さんはアルバイトのリーダーで店長がいない時の責任者なんです。だけど店長が役立たずだから、実質、美奈子さんのおかげで店が廻ってるって感じですね。」
「そうなんだ。オーナーさんの親戚かなにかなの?」
名古屋近辺だと、商売やっている家の親戚が、誘われて、その仕事を手伝うってのはよくある事。うちの会社の事務の女性社員も社長の親類だ。
「親戚とかじゃなくて、お店の開業からずっと勤めていて、オーナーが身内扱いしている感じですね。ほぼ毎日、開店準備から夕方の五時までいるし、店長の休みの日は朝から閉店まで仕事してるんですよ」
「いや、それは働き過ぎじゃないか?」
「そうですよね。今日がその通し勤務の日だったんですけど、私を迎えに来る筈だった父親が酒飲んじゃって、迎えに来れなくなったから、急遽、美奈子さんの車で送ってもらう事になっちゃったんです」
「・・・・・・」
「私、普段は家の軽で出勤しているんですけど、最近、弟が免許取ったから、車の取り合いみたいになってるんです・・・・・・ 今日、私が車で来ていたら、こんなことにならなかったのに・・・・・・」
ああ、初対面の俺に、やけに自分とお店のことを話すな~っと思ったら、心のなかの不安や、美奈子さんに送ってもらった事が、事故の引き金になってしまった事の後悔とかを、口数を増やすことで、抑え込もうとしているんだな・・・・・・。そう理解したものの、彼女にかける言葉はみつからなかった。
「車の修理、幾らぐらいかかると思いますか?
「あの車、ちょっと型が古いから、修理するよりも、代わりの中古の軽を買った方が安くつくかもね」
「・・・・・・中古だと?」
「ピンキリだけど、三十万から五十万くらいみておけばいいかな」
「・・・・・・やっぱりそれくらいはしますよね」
そう言うと、彼女は小さなため息をついて、黙り込んでしまった。
信号を左折。少し走ると目的のコンビニ。割と広い駐車場には数台の車が停まっているだけで、閑散としていた。
店の入口に近い区画に車を停めると、律子ちゃんはペコリと頭を下げて車を降りて行った。警察に通報する時に、事故現場の説明に困るかもしれない。お節介承知で、通報する間は彼女の傍にいてあげたほうが良いかも知れない。そう考えて、俺も車を降りる。
コンビニに設置されている公衆電話は、よく有るテレフォンカードが使える緑色のタイプ。警察や消防に電話する時は、緊急通報ボタンを押して番号をプッシュすれば無料でかけられるやつ。
律子ちゃんは、受話器を持ち上げた状態で、緊急通話ボタンを押すかどうか迷っている様子だった。
「どうしたの?」
「警察とかに通報するの初めてで・・・・・・」
どう伝えればいいかわかんないよとゴニョゴニョ言っている
「最初に、事件ですか事故ですか?って聞かれるから、事故ですって答えて、あとは向こうがいろいろと聞いてくるから、それに答えればいいよ」
「・・・・・・」
いや、普通に暮らしている若い女の子は、110番通報なんかする機会なんてないのが当たり前なんだから躊躇するのは判るけどさ・・・・・・
「いいよ、警察には俺が通報するから、自分の家とオーナーには自分で話してくれよ」
受話器を律子ちゃんから受け取り、緊急通報ボタンを押して110をプッシュする。数秒の沈黙の後
「110番です 事件ですか? 事故ですか?」
と、ひどく感情を押し殺したような、冷静な口調で応答があった。あとは、向こうの質問に淡々と答えるだけ。説明に困ったのは、通報している自分は事故の目撃者で当事者ではないこと。それと事故の原因は、対向車のトラックがセンターラインをオーバーしてきたのを避けるためだった事だ。
通報自体は三分弱で終わった。次は君の番だと受話器を律子ちゃんに渡した。
救急車が出動する人身事故ならともかく、単独の物損事故となると警察官が事故現場に到着するのは遅くなる場合が多い。それでも十五分から二十分くらいで到着するはずだ。律子ちゃんには、現場に早く戻りたいので、連絡は短めに済ませるように伝えた。
彼女は、家族よりも先にオーナーさんへの連絡を優先したようだ。受話器を取り上げてテレフォンカードを差し込むと番号をプッシュした。市外局番を押さなかった事を考えと、オーナーさんの家は稲沢市内かその近郊なのだろう。それなら、急げば現場検証の途中で美奈子さん達に合流できるはずだ。
表示されているテレカの残高は二百円くらい。話している途中で残高不足になるようなことは無いだろうけど、自分の財布からテレカを抜き出して電話台に置いた。こちらの意図を理解した律子ちゃんは小さく頭をさげた。
俺がずっと傍らに立っているのも気が散るだろう。俺は彼女に店内にいるとジェスチャーで伝えて、その場を離れた。




