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喫茶店『舞夢』の忙しない一日(出会いⅡ)

 明日の荷物の積み込みを終えて会社に戻ったのが二十時。日報を書いて、社長と少し話をして会社を出たのは二十一時近く。予定よりもだいぶ遅くなってしまった。

 帰り道は自宅への最短ルートである新幹線沿いの道を通る。清州から稲沢へ繋がるこの道は、高速を使わずに名神高速の一宮インターに抜ける抜け道の一つ。片側一車線の細い道のわりに通行量は多い。

 その理由の一つに、この道沿いに運送会社の車庫が多いこともあるだろう。東名、中央、名神、名阪国道。いずれのルートも下道で一時間も走れば高速に乗れる立地の良さ。市街地から外れているので土地代が安く広い駐車スペースが確保できる事。そして周辺に工場や物流企業が多いこと。うちの会社を含めて、経営規模が大きくない運送会社にとっては理想的な立地なのだ。

 今くらいの時間帯は中距離便が出庫するタイミングだ。東京方面、大阪方面、北陸方面。それぞれ下道メインで一部高速道路を使って、明日の明け方に納品先近くに到着できるように走るのだ。

 一宮方面に進む車線はトラックがバンバン走っていく。それに対して清州方面に向かう車線は殆どいない。二百メートルほど先を走る乗用車と俺の車だけだ。

 市街地を外れた道だから一般車もスピードを出す車が多い。ゆっくり走るのは、夜道に不慣れなドライバーか、俺のように車がボロすぎて、スピードを出したくても出せないかのどちらかだ。

 また一台、対向車線をトラックが走ってくる。ルーフ上の速度表示灯はランプ三つ点灯。時速八十キロオーバーの証拠だ。すれ違いざまの風圧で車が少し揺れる。クソ重たい四駆の車が揺れるんだから、背の高い軽ワゴンなら怖さ倍増だろう。

 昔、運転の荒いタクシーのことを、神風タクシーとか雲助タクシーとか呼んでいた。最近は無茶な運転をするタクシーは減ったけれど、トラック業界ではまだまだ無茶な運転をするドライバーが多い。特に、荷物を積んで走ってナンボの個人請負のドライバーは、常に時間に追われているせいか、飛ばせる場所ではアクセルを踏み込んでしまうのだ。

 荷物をトラックに積み込むのもドライバーの仕事。パレットに乗った荷物をフォークリフトで詰むなら楽なものだが、段ボール百箱以上を手積みするなんてのはよくある事。バブルが崩壊してからは、荷を運ぶ運賃も下がる一方。気持ちに余裕がなくなって、運転が荒くなるのも判らなくはない。


 今日だって、本当は休日だったところ、発注元の都合で納品時間が早まった関係で、荷積みの為に出勤することになった。荷主の力が強いから振り回されるドライバーは大変だ。

 明日は、朝六時に出庫して長野の松本まで。夕方に帰ってきたら荷物を積み込んで、翌日は高速と下道を織り交ぜて北九州まで。次に自宅でのんびり過ごせるのは五日先。けっこうキツイな。


 花蓮は花梨のことを風呂に入れてくれただろうか。花梨は風呂が嫌いだから入浴させるのも一苦労だ。

昔は、俺が一緒に入って力づくで洗っていたが、成長した今はそういう訳にはいかない。多分、家に帰ったら花蓮に愚痴られるんだろうけど、それは勘弁してほしい。

 明日は五時前には家をでないといけない。花蓮が素直におきてくれるといいんだが......


 そんなことを考えている間に、前を走る車との距離が詰まってきた。約百メートルほど先か、わずかに設置されている街灯のあかりで白い軽自動車だと判った。

 小さな橋を越えたあたりで、対向車線を走ってくるトラックがヘッドライトを上向きに変えた。右側のライトが軽自動車の陰になっているからセンターラインをまたいで走っているようだ。その距離は近い。

「あぶない!」って思った瞬間、甲高いクラクションが聞え、軽自動車が急ブレーキを踏んだのかブレーキランプが赤く光る。軽自動車は間一髪、左にハンドルを切ったらしく、車線を外れて路肩の方に進み、新幹線の侵入防止フェンスにぶつかって止まったようだ。トラックの方はハンドルを戻してスピードを落とすことなく進む。

 当て逃げの可能性もあるから、ナンバーとか車体に書かれている会社名を確認しようと考えたが、スピードとハイビームの眩しさで、ユニック付きの白い四トン車だったこと以外は判らなかった。

 一瞬、Uターンして追いかけようかと思ったが、まずは軽自動車の方の状況を確認した方がいいと思い直した。狭い道幅。速度超過で走るトラックの多さ。まずは二重事故防止だ。


 路肩に停まった軽自動車の後ろに自分の車を停める。ハザードスイッチを入れて、ヘッドライトはハイビームに。フォグランプも点灯する。サイドブレーキをかけてから車を降りて、後部の荷台のドアを開け、三角形の反射板を取り出し、少し離れた場所に置く。

 後ろから見た限り、軽自動車は左のフロントを新幹線の侵入防止フェンスにぶつけて、側溝の蓋がない場所に左前輪を落とした状態で止まっていた。

 運転席と助手席に人影。まあ損傷の具合からして大怪我とかは無さそうだ。運転席の窓が閉まっているので、車内に聞こえるようにコンコンとノックをしながら大声で呼びかけてみた。


「事故ったみたいだけれど、怪我とかしてないか?」


 呼びかけて数秒後、「乗っている二人に怪我はありません」と返事があった。

 運転席に座っていたのは女性。助手席も女性のようだ。事故直後という事もあって、運転席の女は動揺して怯えたような表情を浮かべていた。事故を起こしてしまった事を後悔して、これからどう動けば分からないから不安なんだろう。この辺りには公衆電話もない。近くの公衆電話まで車に乗せて行って、パトカーか、彼女たちの身内が駆けつけて来るまでは付き添ってあげるしかないだろう。

 まあ、自分の風体が怪しいから、少しばかり警戒されていることも判っている。お節介であることは承知だが、女性二人をこのままの状態にして自宅に帰るのも気が引ける。乗りかかった船だ。


「そうか、なら良かった。とりあえずエンジンを切って、二人とも降りて車から離れた場所にいた方がいい。あと、ライトはハイビームにしておいて、発煙筒と反射板を車から出して、前と後ろに置こう!」


 このまま車内に残っていて、万が一、トラックが突っ込んできたら今度こそ命がない。俺は車を降りて安全な場所に移るよう促す。

 二人はゴソゴソと車を降りる準備を始めた。俺は車の後部ドアに回って、バックハッチを開けるよう促す。この車は花蓮の車と同じタイプ。スペアタイヤと反射板がどこに積まれているか判っている。

 ドアを開けて荷台のカーペットを剥がし薄い底板をはずせばスペアタイヤと反射板があった。こいつは車の前に置く。前と後ろに三角形の反射板。あとは積んである発炎筒を焚けば二重事故防止処置に落ち度はない。

 乗っていた二人は車から出て、事故で壊れた左フロントのあたりにいた。


「発炎筒はあった?」


 運転席にいた女性に聞いてみた。


「すみません、どこにあるかわからなくて・・・・・・」


「ああ、多分、助手席の足もとにあるとおもうんだけど…… 君らは、もう少し離れた場所に移動して」


 まあ、発炎筒なんて気にしなければ置いてある場所が判らなくて当然だろう。俺は勝手に運転席に乗り込んで、上半身を助手席側に倒して手探りで発炎筒を探す。案の定、足元のギアボックス側の壁面に取り付けてあった。金具から取り外してルームライトで使用期限を確認する。多分、前回の車検で交換したのだろう、使用期限にはまだ余裕があった。

 発炎筒を持って車から降りる。女たちは言いつけ通り、車からプール一つ分くらい離れた場所に移動していた。これからの事を話したいので、二人の方に歩いていく。


 歩きながら二人を観察する。

 運転席にいた女性は三十歳くらいだろうか。遠目から見て細身。セミロングの髪を髪留めで一つにまとめている。さっき話した時の印象は、地味というか清潔な感じ。よく看護婦さんなんかにいるタイプだ。

 助手席の女性は大学生くらいか。ちょっと派手な色のセーターを着ているけど、それが良く似合っている。顔立ちはあまり似ているように見えないから、姉妹とかではなく職場の同僚かなんかだろう。


 二人に近づき発炎筒が見つかった事を伝える。


「発炎筒、助手席の足もとにあったよ。あとで二重事故防止のために焚かせてもらうから、新しいの買って取り付けてもらって」


「ありがとうございます」


 運転席に座っていた女性が小さく頭を下げる。相対してみると彼女の背丈は俺の胸のあたり。百五十の後半くらいかな。


「君らは家近いの? 近いなら家に送って、自宅から警察に電話してパトカー回してもらった方が良い。家が遠いなら、この先にあるコンビニまで乗っけていくから、そこで警察と家族に連絡して来てもらった方がいいよ」

 

 二人は顔を見合わせている。


「基本、車の所有者は警察が来るまで現場から離れない方がいい。だから助手席に座っていた君が警察に通報しに行く方がいいよ」


 そう告げると派手セーターちゃんはあからさまに困惑した表情を浮かべた。


「あの、二人ともここに残っちゃダメですか?」


「警察に電話するだけなら俺でも出来るけど、事故処理の後の事を考えると、家族か職場に連絡して男手に来てもらった方が良いよ。フェンスが壊れてる。車も自走は難しいだろうから、レッカー車呼んで、修理工場に運ばないとダメだよ。自分たちで手配できる?」


 この程度の事故なら、警察の現場検証はすぐに終わる。対向車に幅寄せを喰らったのが原因だけど、実際にぶつかってないから自損事故の扱いになるだろう。実際に大変なのはその後の処理なのだ。さすがに事後処理の世話までは見てあげられない。


「律子ちゃん。一緒に行って、警察とオーナーの家に電話して事故を起こしたことを伝えてくれる?」


「えっ? でも、それじゃ、美奈子さん一人で事故処理しないといけないじゃないですか!」


「警察とオーナーに連絡したら、お母さんに迎えに来てもらって帰りなよ」


「美奈子さん置いて帰れるわけないじゃないですか!」


 なんだか揉めだした二人をみて、自分の説明不足に気がついた。


「あ~警察の現場検証には、同乗していた君も立ち会った方が良いよ。だからコンビニで警察とオーナーさん?に電話したら、また俺の車でもどってくればいい」


「えっ! でもそこまでご迷惑をおかけするわけには……」


「事故を目撃した者は、通報とか事故防止処置とかを行った方が望ましいって言われてるよ。目の前で事故られて、そのままほったらかしにしたら寝覚めが悪い。警察が到着するまでは付き合うから安心していいよ」


 そう言うと、美奈子と呼ばれていた女性は「でも……」とまだ迷うような態度をとった。


「俺、トラックドライバーなんだ。ドライバーは時間に余裕がある時に故障車や事故を起こした車を見かけたら助けるのが仁義なんだよ。今日、君らを助けた俺が、明日は誰かに助けられるかも知れない。お礼とか考えなくていいから付き合わせてくれよ」

 

 普段、花蓮に「言い方がぶっきらぼう過ぎて怖いって誤解される」と怒られるので、出来るだけ優しい口調でしゃべるようにしたが、やっぱりキャラじゃないな。


 美奈子さんはまだ何か言いたげな様子だったけど、律子と呼ばれていた派手セーターちゃんは、すっかり俺に同行する気になったようだ、自分の持っていた鞄を美奈子さんに押し付けて、長財布だけを手にして「行きましょう!」と言ってきた。なんだか、この物おじしない態度が、どことなく花蓮に似ていて、この瞬間、俺はこの子に苦手意識を持ってしまった。


「じゃあ、俺たちが離れている間は、反対車線の路肩に寄って待っていて下さい」


 俺は美奈子さんにそう言うと、発炎筒を持って、火打石をするようにして発炎筒に火をつけて、道路上に置いた。発炎筒の燃焼時間は五分程度。通報して戻ってくる頃には消えているだろう。


 律子ちゃんを促して車に移動する。助手席ドアのロックを外すと彼女は「おじゃまします」と言いながら乗り込んできた。乗り込んできた途端に「この車ってジープですか?」と質問してくる。


「似たような車だけど、この車はランドクルーザー」


「へ~ なんか、ごつくて渋いですね」そう言いながら黒いビニールシートを撫でまわす。


 シートベルトをするように言って、ギヤを二速に入れて、サイドブレーキを外す。対向車も後続車も無し。アクセルを踏み込むと、ディーゼルエンジンが回る低い音が車内に響く。

 路肩の電柱の陰で、星飛雄馬の姉のように佇む美奈子さんに小さくクラクションを鳴らすと、彼女はペコリと頭をさげた。バックミラーには、道路に置かれた発炎筒から少しの煙と共に激しい火花が飛散する様子が映った。なんだか線香花火みたいだな。ふと、そう思った。 





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