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喫茶店『舞夢』の忙しない一日( 事故 )

 お客様の引けが早かったので、閉店作業は普段よりも十分ほど早く終わった。

 私の賄いのサンドイッチと、真樹ちゃんが試作という名目で作ったパングラタンを食べながら雑談しているうちに勤務終了時間になった。

 ただ、やっぱりというか、案の定というか、お迎えの約束時間になっても律子ちゃんのお父さんの車は姿を見せなかった。

 お店の公衆電話から、律子ちゃんが家に電話をかけたところ、お父さんは居間で寝ていて、周りには空いたビール瓶が数本ころがっている状態……

 電話を切った後、怒りに打ち震えている律子ちゃんの肩をポンと叩いて


「オーナーに送ってもらうか、私が送るかどっちにする?」


 と聞くと、彼女は、なんだかすべてを諦めたかのような表情で「ご迷惑をおかけします」と静かに答えた。

 家に帰りついた後、寝ているお父さんを足蹴にしなければいいんだけど…… 

二人の揉め事を仲裁するであろうお母さんの苦労を思うと頭が痛くなるわね……


お店の裏口を施錠、真樹ちゃん、由美子ちゃんと手を振りあって別れる。

真樹ちゃんは国府宮神社の近くなので自転車。由美子ちゃんは私たちが『舞夢』の敷地を出る頃には、既に自宅の玄関を開けていて、出迎えた家族に「ただいま!」と言っている声が聞こえた。

 ひとり暮らしの私、もう何年も家に帰っても、ただいまって言ってないなって、ふと思う。

 由美子ちゃんの家の玄関ドア上のガラスから漏れるオレンジの灯りが、なんだか暖かそうに見えるのは、多分、気のせいだろう。


 律子ちゃんと二人で、私の車が停めてある駐車場に向かって歩く。

 二人分の足音と、私が引っ張っている自転車の車輪がカラカラと回る音。梅雨に入る頃には、道路わきの田圃から蛙の鳴き声がうるさく感じるほどになるけれど、今は、ときおり通りかかる車の走る音くらいしかない。マンションが建って、アピタが出来れば住民も車も増えて、この静けさを懐かしむこともあるんだろうか……


「疲れているのに、本当にすみません」


「送るくらい大したことじゃないから」


 さっきから同じような会話が、十指では数えきれないほど繰り返されている。

 まあ、朝の六時から働いていたわけだから、身体的にはヘトヘトだ。でも律子ちゃんのような若い女性が、暗い夜道をたったひとりで三十分かけて歩いて帰るのを許したら、心配性の私は、彼女が「帰りつきましたよ」って電話をくれるまで、何も手がつかいだろう。それならば、私の精神安定の為にも車で送らせてほしい。


 私が乗っている車は、七年ほど前の型落ちの軽自動車だ。元々は、母親が通勤の為に買ったものだが、母が亡くなったあとは私が乗っている。

 角ばったデザイン。白いボディーカラーに黒と黄色のライン。四ドアハッチバック(簡単に言うと五ドア)は実用性重視で野暮ったさを感じさせる。

 あまり人気が有る車種ではなかったのと、フルモデルチェンジ直前だったので大幅値引きで買えたと母が言っていた。

 私が引き継いだあとは、週に一度、隣町の習字教室に通うのに乗るくらい。あとは、今夜のように、スタッフを自宅に送る時くらいしか出番はない。

 走行距離は三万キロちょい。半年前の定期点検の時、それなりにガタがきているので、そろそろ買い替えを検討した方が良いと言われてしまった。

 パンフレットを何冊かもらったけれど、アルバイトで生計を立てている身としては不相応なお値段。買い替えるにしても中古車か、原付バイクでいいかなって思っている。


 運転席に乗り込み、腕をのばして助手席のドアのロックを外す。

 律子ちゃんが「すみません」と小声で言いつつ助手席に座る。

 助手席に置いてあった、人気キャラクターのぬいぐるみは、助手席のダッシュボードの上におさまった。

 日中に気温が上がったおかげで、車の中は熱気がこもっている。エンジンをかけて、パネルを操作してエアコンを入れた。三十秒くらい経ってようやく冷たい風が吹き出してきて一息つく。


「新幹線沿いに行けばいい?」


「はい、大丈夫です」


 律子ちゃんの家は、市街地から少し外れた、細い路地が入り組んだ場所にあるので、夜は判りづらいのだ。国府宮駅の方から進むルートもあるけど、ちょっと遠回りになってしまう。


「じゃあ行くね」


 ギアを操作して駐車区画から車をだす。舗装されていないのでハンドルを切るとザザッと耳障りな音がする。


 市役所の交差点を右折。しばらく走って新幹線の高架橋をくぐってすぐの信号を左折。この道は隣町の清州に抜ける最短ルート。左側は新幹線が高い場所を走っていて、人が立ち入れないようにフェンスで囲われている。側溝に蓋がされていない個所も一部に有って、脱輪した車が停まっているのを、たまに見かけることもある。

 狭いわりに通行量が多くて、大型トラックも結構なスピードで走るので、車に乗り慣れてない初心者ドライバーにとっては怖い道だ。

 バックミラーをチラリとみる。後ろを走る車は遠くに一台。もし速い車なら自分の車を左によせて、先に行かせようって考えたけれど、後ろの車もゆっくりと走っているようだ。


 カーラジオから流れてくるのはtrfの『サバイバルダンス」曲名はもう少し長いはずだけれど、曲の中の「サバイバルダンス」ってフレーズが耳に残る曲だ。

 ふと助手席の律子ちゃんの右手の指がわずかに動いて、リズムを取っているのがわかる。


「trf好きなの?」


 私が聞くと、流行っている曲は一応押さえるようにしてますという返事。どちらかというと、ミスチルやスピッツの方が好みだそうだ。


「美奈子さんはどんな曲を聴くんですか?」


「うーん、音楽あまり聴く方じゃないけど、岡本真夜のTomorrowはCD買ったよ」


「他には?」


「オリジナルラブとかピチカートファイブは好きかも」


「えっまさかの渋谷系!? なんか意外……です」


「私がどんな曲が好きだと思ってたの?」


「中島みゆきとか岡村孝子とか……?」


 うん、そのイメージは正しい。中島みゆきは大好きだ。

 中学生の頃、母親が夜勤で家を空ける時など、一人の寂しさを紛らわせるために深夜ラジオをよく聴いていた。特に、中島みゆきさんがDJを務めていたオールナイトニッポンは、ラジカセでテープに録音するくらい好きだった。

 歌のイメージから性格が暗い人と思われがちだけど、ラジオの中の彼女は本当に明るくて、ガハハと豪快に笑うところなど、歌手・中島みゆきと同一人物なのかと疑いたくなるほどだった。


「中島みゆきも好きよ。最後の女神って曲知ってる?」


「ああ、ニュースの終わりに流れるやつ」


「そう、それ」


私が言うと、ちょっと趣味に合わないんですよね~と小声で答えた。


 対向車線のトラックとすれ違う時、横風に煽られて車体が揺れる。


「本当に飛ばすトラックが多いね」


「道が狭すぎて、車を止めるところがないから、警察も取り締まりしないそうですよ」


一応、並行して広い道路を作るっていう計画もあるらしいけど、完成には十年以上かかるそうだ……

そう言っている傍から、又、大型トラックが近づいてくる。さっきのトラックと同じようにスピードが出ているのが判る。でも、違うのはヘッドライトの位置からしてセンターラインをはみ出して走っているような気がする。

 無意識にアクセルを弱める。トラックはみるみるうちに迫ってきていて、こちらに対してどけとでも言っているようにヘッドライトをハイビームにした。

 アクセルを緩めたことで、私の車のスピードは二十キロくらいに落ちた。

 トラックはヘッドライトを点滅させ、プアーンという甲高い音でクラクションをならす。


「ぶつかる!!」律子ちゃんが叫ぶ。


 私はブレーキを強く踏みこむ。そしてトラックを避けるためにハンドルを左に切る。

 キーというブレーキ音と車体が軋む鈍い音。ヘッドライトが道路わきに生えている背の高い草木の姿を浮かび上がらせる。シートベルトが身体に食い込む痛みを感じた瞬間、車体が何かにぶつかる衝撃とガガガツっという激しい揺れ。

そのすぐ横を、トラックのヘッドライトがすごい勢いで通り過ぎて行った。


 何が起こったのか判らず放心状態に陥ってしまった。その後、トラックにぶつかりそうになったので、ハンドルを左に切って、車が左側の側溝に落ちて止まった事を認識するまで数十秒はかかったと思う。はっと我に返り、助手席の律子ちゃんに大きな声で「大丈夫!?」と声をかける。

 彼女も放心状態からまだ回復しておらず、衝突の衝撃から身を護るかのように足を前に伸ばして、ドアの取っ手を両手で掴んだ状態で固まっていた。

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