喫茶店『舞夢』の忙しない一日(由美子ちゃんについて)
十六時五十分。そろそろ、夕方の混雑の波がやってくる時間。
窓際のテーブル席に座っておしゃべりに興じているグループのお客様にお冷を注いで歩いていると、厨房から今日のPBシフトに入る由美子ちゃんが顔を覗かせていた。
由美子ちゃんは、お店と道路を挟んだお向かいの雑貨屋さんの娘さんだ。『舞夢』がオープンした頃から、毎週土曜日の朝、家族でモーニングを食べにきていたので、アルバイトとして採用される前から見知っていた子だ。
この春、市内の女子高に進学した高校一年生。四月中旬の産まれで十六歳になったばかり。うちのお店の最年少スタッフだ。
前々から「高校生になったらここでアルバイトする」と宣言していて、オーナーが「親と学校の許可を得たら雇ってやる」なんて安請け合いした結果、誕生日当日に履歴書を書いてお店に突撃してきた。
学業優先。いまの成績(中の上)をキープする事を条件に親を説得。何かと顔の広いオーナーが、女子高の理事長と知り合いであったことから、学校側からもスムーズに許可を貰えた。晴れてゴールデンウィーク前から研修を始めたのだ。
小学校、中学校と音楽部で頑張っていたのだけれど、進学先の学校の吹奏楽部は練習が厳しすぎてやってられないとかで、人数不足で廃部になりそうな演劇部に幽霊部員として籍を残しつつ『舞夢』でのアルバイトを頑張りたいそうだ。
彼女を小学校高学年の頃から知っている身としては、時の流れのあまりの早さに怯えるしかない。
五年間、週に一度通っていただけあって、うちのお店のフロアスタッフがどんな事をしているか見聞きして、ある程度、理解していたので、仕事を覚えるのが早く、実家が商売をしていることもあって人当たりもなかなか良い感じ。律子ちゃん曰く「彼女は逸材」だそうだ。
今日は、独り立ちしてから五回目の出勤。レジ処理はまだ他の先輩にお任せだけど、ほかの業務は大抵こなせる。残る課題は、パフェの盛り付けとサンドイッチ作り。こればかりは、数をこなす必要があるので今後に期待だ。
「由美子ちゃん、おはよう。フロアに出るのは五分前でいいのよ」
私がそう声をかけると、彼女は両手をお腹の前にそろえて「おはようございます」と頭を下げた後、ニパッ!っとはにかんだ笑顔を見せた。
そう ニパッ! なのだ。うちのお店で一番笑顔がかわいいと言われている早百合ちゃんは ニコッ! と笑う。でも由美子ちゃんは ニパッ! なのだ。
律子ちゃん曰く、笑顔が武器となる事を知る早百合と、自分の笑顔が武器であることに気が付いていない由美子ちゃんでは、笑顔のベクトルが違うそうだ。
「強いていうなら早百合は愛想の良い猫。由美子ちゃんは子犬的な?」
う~ん、分かるような、いまいち分からないような……




