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雲枕  作者: 葱と落花生
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98 魔族の三姉妹

 互いの言い分なんてのは、俺にはどうでも良い事だ。

 怪我人が来れば手当する。

 こんな非営利人道的活動を、好ましく思わない連中もいないではない。

 自警団にロクちゃんを取り上げられた時には、ゲリラが奪い返してくれた。

 ロクちゃんの争奪戦で負傷した者を治療してあげた時は、自警団も俺達が中立であると分かって解放してくれた。

 そんな事があって今では「私達は中立の立場で、人道的医療活動を展開していまーす」

 アナウンスしながら走っている。

 殺し合いの戦争にルールというのもフザケタ話しだが、戦争の基本的ルールに従えば、病院や医療関係施設や医師・看護師を攻撃してはいけないのだよ。

 諸君、冷静に成りたまえ。もっと冷静に争いなさい!


 過疎地域を周っていると、重症患者に出会う事もある。

 救急要請してシェルターに収容してもらうのが殆どだが、近くにシェルターがあったり通り道だったりすると、ロクちゃんでそのまま搬送する。

 俺達はシェルターの医師が周り切れない地域の人や、シェルター外の比較的軽度の患者治療で旅に出た。

 しかしながら、いざ診療してみると、ロクちゃんの設備では手に負えない患者が多過ぎる。

 シェルターの収容患者を、増やす結果になる事もしばしばだ。

 シェルターへのテロ攻撃を警戒して、周辺地域の警備は厳重だ。

 例え医師と言えども、幾つもの検問をくぐらなければシェルターまで辿り付けない。

 ただ、かなりガタイは大きいが、救急車仕様のロクちゃんに限っては、スタッフ以外の同乗者がいなければ検問ノーチェックになっていた。

 中を丁寧に調べていたら、半日かかる。

 急患を乗せてサイレンを鳴らしていればなおの事、警備隊員が数百米手前からゲートを開けて待っていてくれる。


 いつもの様に、近くの集落から症状の不安定な患者を乗せての移動中。

 サイレンを鳴らしていないので、同乗者を申告してから通過するのだが、何度か行ったシェルターの検問が、この日は気を利かせてゲートを開けてくれていた。

 同乗していた患者は、八十代の爺さんと付き添いのおばさんが一人だけだった。

 待たせても悪いと思い、そのまま手を振って検問を過ぎた。

 悪さをするようには見えなかったのに、人を見かけで評価してはいけない典型だった。

 シェルターに到着するなり表情が豹変し、近くにいた警備員から銃を奪い取ると、一般人を人質に病院を占拠してしまった。

 二人きりの占拠犯はいとも容易く御縄となったが、この事件以後、いかなる緊急車両でも検問所での一旦停止と同乗者確認が義務付けられた。

 数秒を争う緊急搬送も例外ではないとの決定から、病院まで待てなかった患者が増えている。


 病院でテロに走った患者は末期だった。

 すでに治療のしようが無い状態だったが【万民に平等の医療を提供しろ】との叫びから強行に及んでいる。

 何を持って平等とするか、平等の概念は基準が曖昧だ。 

 特に医療現場での平等などありえない。

 担当した医師の技量の違いが、直接患者の治癒経過の違いとなって現れる。

 病気に成った時点で、怪我をした時から、不平等が始まっているのだ。

 医療に平等を求められても、期待には応えられない。

 それゆえ、自分の主張を通す為、多くの人を道ずれにするような彼の行為を、正義と解釈するのは困難だ。

 容認できるものではないが、言いたい事は分かる。

 訴える為の方法を知らず、選択を誤ってしまったのが彼等だ。

 末期の癌であと数ヶ月だった命を、シェルターの外で苦しむ人の為に使いたかったのだろう。

 俺は彼の本性を知らないが、外回りを続けていると、つい同調してしまいそうな行為だった。

「彼の異常な行動は、脳まで転移した癌の影響」

 こう報告し、手厚い看護と厳重な隔離を御願いした。

 部外者である俺の意見を、そのままシェルターの医師が受け入れてくれるとは思えないが、出来るだけの事はしてあげたい。


 この一件もあってか、ゲリラ戦が頻発してきている。

 民間人の救済と言う、同じ志をもった者同士の争いは、求める先にあるものが同じなだけに、仲裁が難航する。

 感情に流された攻撃の応酬で、もはや大義も何もあったものではない。

 復讐に対する復讐は泥沼化する一方だ。

 俺が確認したのは日本の現状だけだが、時々やって来る有朋の情報を解析すると、アメリカも同様の事態に陥っている。

 日本と違って、民間人が銃火器の扱いに慣れている分、戦闘の被害状況は深刻だ。

 人種・民族・宗教などの因子も絡んで、複雑な対立関係は日本より性質が悪い。

 シェルターを作っている時、誰がこんな事態を予測できただろう。

 困った者がシェルターに救助され、動ける者は協力し合って災害から共に立ち上がる。

 この程度の仲良しクラブを当たり前と思っていた。

 暴力で何でも解決しようとする族が現れるのは世の常。

 それにしても、この事態は度が過ぎている。


 テロ攻撃が世界同時に起こっているのも、対応に苦慮している原因の一つだ。

 通信機構が麻痺した状態で、どの様にして組織間の連携をとっているのだろう。

 久蔵の諜報機関によれば、今の国際協力機関に反対する一派が、勢力を拡大してきているのが分かっている。

 これは、アクエネの偵察隊ではない。

 地球に存在していたエネさん達と対峙している過激な一団が、自分達で作った生体モドキを使って、政府に不満を持つ者を集めているのだ。

 世界規模の災害が発生する以前から、過激派エネのこうした活動はあったが、賛同してゲリラに参加する者はそうそういなかった。

 世が乱れれば、政府への反感が強まるのは当然。

 救済から外された者は、特に不平不満態勢が強くなる。

 どこから救援が必要で、どこから不要なのか。

 前例の無い大規模災害とあって、被災者か否かの線引きには基準がない。

 地域司令官の判断力に頼りきった決定が、最優先されているのが現状だ。

 パンの一片でも喧嘩が出来る事態に、救護所に入れるか入れないかでは天地の差。

 命に関わってくる。

 共同生活を嫌う者や、住み慣れた土地から離れたくない者は別として、進んで救援から縁遠い地域に住みたいと願う者はいない。

 登記上の地主など無関係に、少しでもシェルターの近くに住みたいと願う者同士の土地争いも後を絶たない。


 いらだつ被災者の心の隙に付け入って、過激派エネに操られた暴動推進論者が台頭している。

 テロリストのゲリラ戦に、賛同する者も増えている。

 こんな状態で、移動診療所が滑った転んだやっているのを患いだか、朱莉ちゃんが後方支援に出ると言ってくれた。 

 小型宇宙船に積めるだけ治療機器を積んで、船体を白く塗り、でかでか赤十字マークを描いて追いかけて来ると連絡があった。 

 しかし、彼女は医師ではない。

 途中で患者に出くわしたらどうするつもりだ。

 全自動治療システムで診断も何もなく、ただ機械に患者を抛り込むだけで良いとおもっているんじゃないだろうな。

 治療はいたってシンプル簡単確実だが、しっかり違法だから。


 案の定、いつになっても追いついてこない。

 こちらと連絡を取り合い、俺達がやり残した事後処理をしながら追いかけている。

 当然といえばそれまでだが、もはや無資格医師では到底追いつかない。

 どうしたらいいか心配していると、地下シェルターから城嶋を呼び寄せ、地上の病院からは15号にも来てもらったとの報告が入った。

 しかし「呼んでもいないのに看護師・薬剤師三姉妹が来たので困っている」との追伸に対しては、当方としては対処致しかねていた。

 これが数日して、やはりいてもらって助かったと喜んでいる。 

 三姉妹はいずれも、人間界で魔族と言われた能力の持ち主。

 銃火器を持った族に止められ、脅されても驚きはしない。

 カーッと一睨みしたら、ライフル銃が石に変わったとの事だ。

 近くに診療所も病院もない。

 医者が居ない地域での事件だったので、下手に山賊に怪我をさせては後の手当てが面倒だから、脅して追い返したようだ。

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