96 世界同時サバイバル時代
隕石被害の患者処置が一段落すると、小規模の津波が頻繁に押し寄せた。
百八十度経線と赤道の交叉辺りで、海底火山の活動が活発になった影響だ。
太平洋に点在する国では、小さな島が津波に丸ごとのまれる被害まで出ている。
環太平洋全体に発生している津波の影響は、隕石被害復興の大きな足かせになっている。
太平洋の島々に救助すべき人が大勢いるのは分かっているが、どの国の政府も自国民の救済で手一杯だ。
範囲が広すぎる上に、海底火山の活動が収まらなければ船も出せない。
悲惨な状態だが、俺達の力ではどうする事も出来ないと思っていたら、ペロン星人が宇宙船を出動させると言って来た。
出動をわざわざ告げるのは、医師が必要だからだろうが、俺の様な木偶でいいのかと考える。
宇宙船の中でペロン星人の為に、バーベキュー用特性ソースを作る係りとして呼ばれたとすると納得できる。
船に乗り込んで真っ先に案内されたのが、広すぎてコックが移動にスケボーを使っている厨房だった。
俺を何だと思っている。これでも医者だ! かなり草臥れてるけど……。
医師免許を持っていない芙欄が医師団の団長で、俺の何に関する秘密をばらした女医や、しっかり猫のアインがウロチョロしている。
こんなの有りか、俺、戸籍上は死人だから表立って活動できる立場にないけど……死人で思い出した、クロはどうしてる。
暫く会っていない。
島の博打場で警備の指揮をとってたのは、確かにクロだった。
いつからあんなに偉くなった。
奴だって記録上は死人だし、芙欄だって元死人だ。
宇宙船は次々と被災者を救出する。
宇宙船の存在は世界中に知れ渡っている筈だが、電波状況の悪い島の人達は、船の映像を映画かドラマの様に見ていたらしく、救助された被災者は一様に驚きを隠せないでいる。
救助する方としてはそんな事情御構い無し。
片っ端から救い出し、応急処置をしながら近くのシェルターに移送する。
ただ、太平洋の島々に対応したシェルターは、まだその半分が機能していない。
多くの怪我人を収容できる状況では無い。
不安はあるものの、国境を越えての移送となる。
完成したシェルターで避難が制限されているのは、俺達が保有しているシェルターだけで、どの国のシェルターへ行っても迅速に被災者を受け入れてくれた。
俺達のシェルターが一番近くても、別のシェルターに移送するのは何が訳がありそうだが、今はそんな事をとやかく言っている場合じゃない。
救助活動が落ち着く間もなく、火山活動の活発化は太平洋の中心から波紋の様に海底を這い、環太平洋火山帯へと移動し始めた。
一月もしないで、火山活動は大陸まで到達するだろう。
地下シェルターの建設地は活断層こそ避けているが、火山活動は予想が困難だ。
日本はこの環太平洋火山帯に、列島の総てが含まれているの。
いかに頑丈なシェルターでも、真下から火山が吹きあがって来たら無傷ではいられない。
宇宙船での救助活動を終え、診療所に帰り二日ばかり休んでいると、環太平洋火山帯の活動が活発になって来た。
噴火の影響で地殻のズレが大地をせり上げ、貴重な金属が多く含まれている鉱石が露出する現象が各地で確認されている。
日本に隕石雨やオーロラが発生して津波が来た時、俺のビデオカメラに数隻の飛行物体が映っていた。
既にアクエネの偵察隊が来ているのは分かっていて、この噴火はアクエネの仕業かもしれないと議論されている。
地底の鉱石を掘り出すより、噴火の力で地殻をかくはんし、希少鉱物を露出させれば採掘効率がいい。
地球の環境を無視したればこその探査行為だ。
噴煙が上空を覆い尽くす程の噴火ではないものの、火口の周囲を数キロにわたって起し返す活動で、被災したエリアの復興は絶望的だ。
シェルターでの被災者収容が本格化し、長い避難所生活が始まるだろう。
俺が目撃したような地下都市が、各国で建設済なら絶望的な避難所生活ではなかろう。
身近な人の最悪に、傷心する日が過ぎれば、未来に希望が持てない状況ではない。
きっと、復興の担い手に成ってくれるに違いない。
火山灰で、折角育った作物の芽も枯れてしまった現状で、近い将来には食糧の枯渇が懸念される。
ただし、地上総ての地域が被害を受けたのではない。
地下農場も地下養殖水槽も順調に仕上がっている。
皆で節約すれば、何とか生きていけるだけの食糧はある。
と思う……あってほしい。
火山の影響で海底の地形が変わった。
地層深く閉じ込められていたメタンハイドレードが噴出し、船の航行を邪魔している。
噴火と爆発の危険回避で航空機も飛べない。
物資の輸送はもっぱら船に頼っているが、それも停滞気味で、世界的な物資不足に陥っている。
有る所には有るが、大量の偏った物資が移送出来ない状態で取り残され、必要な物が深刻に不足している。
総ては流通が切断された為の弊害だ。
長引けば、将来的にはオゾン層の破壊から大気温が上昇する。
極地の氷が解け出せば、海面上昇の脅威から逃れられる人類は限られている。
こんなニュースが流れる中、一息ついたばかりの俺にまた御呼びがかかった。
物資輸送の航空機を援護する為に、小型宇宙船を飛ばすから、母船に乗って船医をしてくれとの依頼だ。
行っても調理場の番人なのは分かっているが、このまま痩せ衰えて行くのを待つばかりの、備蓄に頼った食生活には耐えられそうにない。
当家の現状を考えるに、全員で船に乗って行った方がいいような気がする。
さすれば、俺の弱肥満体型も崩れる事なく維持できる。
皆さんを誘う前に、まずは一番のろまな俺が支度を終えてとやっていると「ヤブー、まだ支度終わってないのー」朱莉ちゃんが急かしてくれる。
「早くしなよー、乗り遅れちゃうよー」
この家の全員が宇宙船に招待されていた。
「電車じゃないんだから。呼び出しておいて、乗船していないのに発進しないだろ」
あおい君やキリちゃんは分かるが、なんでこんな時はいつも一人で留守番だった子供まで一緒なんだろう。
「早くしないとー、パーティー始まっちゃうよ。超御馳走だってよ」
「なんだー、食い物に目がくらんだだけかよ。あいつらの御馳走はバーベキューだぞ」
ペロン星人の仕事は、物資を輸送中の航空機・船舶の遭難に備えた救助隊だった。
瞬時に地球上のいたる所に移動できる宇宙船は、期待に応える機動力で、小型の宇宙船で救助しては母船に搬送し応急処置をする。
収容人数が定数に達したら、近くのシェルターに移送する計画になっている。
輸送隊の救助に出ると、それだけでもテンヤワンヤの騒ぎになるほど地球の環境が急変している。
これがアクエネの仕業なら、人類を労働力としてさえ必要としていない。
交渉する気にいたっては、全くないと思える。
目的の物さえ手に入るなら、地球が無くなろうと知った事ではない。
そんなやり口があからさまで、この上なく荒っぽい。
物資を目当てに、避難所の人口はドンドン増えている。
それなのに、俺達のシェルターは被災者を収容する気配がまったくない。
一般の設備でも、病気や怪我がなく自分で移動できる人は、シェルターに入れてもらえない。
非常時の優先順位に従った結果だ。
シェルターに避難する程ではない被災者は、引き続く物不足に辛い日々を過ごす。
物流路の確保が最優先事項になってきている。
ライフラインは壊滅状態で、復旧のめどはたっていない。
復旧を考えるより、今有る物で生きて行く方法を考えた方がいい。
世界同時サバイバル時代が始まったと認識すべきだ。
巨大な地下都市を作っておきながら、どれだけ被害が拡大したら被災者を受け入れる気だ。
極秘の設備があるとしても、最下層に限っての事。
上層階はほぼ完成している。
これほど事態が緊急を要していても、多くの犠牲を払ってでも守らなければならない最下層の秘密とは何だろう。
恐ろしく気になってきた。




