95 隕石雨の襲来
地球に集結する前に、目的の星そのものが消滅してしまったのでは元も子もない。
小惑星の軌道修正は、アクエネの資源たる地球保全措置と見ている。
差し迫った問題は、軌道修正の際に衝撃で小惑星の一部が破損分裂。
地球に向かって来ている。
地球の観測技術ではまだ未確認の彼方に有る星くずだが、数ヶ月で地球に隕石雨として降り始める。
これは以前、日本で起きた隕石雨の数百倍規模で、世界中に被害が広がると予想している。
「巨大隕石の雨なら、土偶の力で何とかならないか」
提案してみる。
「それな、俺達も考えなかったわけじゃないけど、最初からアクエネとの決戦に備えて造られた土偶のシステムは、エネルギーを局所に集中して威力を発揮するんだよ。広範囲に対応する機能が備わっていないから、拡散して降る隕石は無効だ」
酋長が日本語で教えてくれた。
どこで習ったんだ。
久蔵が加えて「地球全体に降る隕石を消滅させられるだけの強大なエネルギーを生み出すのにはよ、数千万人分て生体エネルギーが必要になるから、どのみち無理なんだよ」
それほど多くの生体エネルギーを抽出できる人間が集まらないし、仮にいたとしても、準備の時間が足りないときては八方塞がりだ。
地球の技術では遠くの隕石群が観測されないまま、ペロン星人からの警告を受け入れた国では、隕石群の接近が報道された。
直撃を受けたら、個人で作った地下シェルターなど一溜りもない。
それでも、無いよりはいい。
避難豪建設ラッシュが始まった。
有朋がアメリカでの荒稼ぎとしてビジネス展開していたのは、シェルター建設業で。
ペロン星人から買い受けた宇宙船を使い、船と同じ大きさの穴を数秒で掘って回っている。
大量生産したシェルターを埋けたら、アルバイトの学生が重機で埋めるだけの簡易施設。
隕石との衝突時、爆風や津波の被害を逃れるためだけならこれで十分だ。
この収益を、極秘プロジェクトのシェルター建設費にまわしている。
推進エネルギーを掘削用に変換しているこの技術、長く宇宙を彷徨っていたペロン星人の物ではなく、有朋が日本で非合法に稼いだ金で、遥に開発を依頼していたと言っている。
奴が合法的な商売をしているのを始めて見た。
遥もこの技術を使って、自家用シェルター事業を日本で展開している。
いくら頑丈に見えるシェルターでも、アクエネの襲来ともなれば何の役にも立たないのは知っていての販売だ。
「気休めよ」
「気休めの暴利が多過ぎるんじゃないのか」
「有る所から頂いて、皆の地下広場作ってるんだから良いでしょ。何か文句ある?」
「大義名分は立っているが、えげつなさに変わりはないだろ」
「とっくの昔に死神と悪魔に魂売り飛ばしてるわ」
開き直りもここまでくれば尊敬に値する。
近い未来に、遥は多くの人を救った英雄として扱われるだろう。
とかく英雄とか天才は、時代に誤った評価をされるものだ。
今は悪魔の手下でも、鬼でも詐欺師でも死の商人でも、暴利を貪る似非宗教家でも、多くの人を救う為に働いているのは事実だ。
「簡単に引っ掛かるものね、人間て自分の命かかってるとなると、いっくらでも出すのよ。自分のシェルターを最優先で作ってくれって、馬っ鹿みたい。足元にばかでかいのがタダで有るのも知らないでさ」
上手く表現出来ないが、明らかにこの事態を楽しんでいるコヤツの意地悪い笑みを見るにつけ、日本の、そして世界の将来が怖い。
世界的な危機に直面した時、富める者はまず自分の安全を確保してから他者の心配をする。
富める者でなくとも、やる事はほぼ同じだが、充実した避難条件を確保できるだけ富める者の生存率は高い。
現代社会では至極当然の法則になっているが、遥や卑弥呼はそれが気に入らないらしい。
相手の弱みに付け込んで、ハゲタカやハイエナのように骨まで食い尽くした利益は、社会から弾き出された者の生き残りの為に使う事で、善悪の帳尻を合わせようとしている。
なかなか出来る功徳ではないと感じるものの、命を差別しない医者の立場から言わせてもらえば、金持ちも秘密シェルターに入れてやればいいのではないかと思う。
ところが、政府の方針も、秘密シェルターに避難できるのはアクエネと戦う意志ある者だけとしている。
アクエネの科学力に対抗できるのか?
戦い様などない。
疑問の向こうにある避難計画になっている。
今回の小惑星衝突回避策として、直撃したら恐竜が絶滅したような氷河期がやって来るほど大きな星屑は、核ミサイルで粉砕する方針が打ち出された。
人類が殺し合う為にだけ開発して来た大量殺戮兵器が、人の命を救う為に使われるのは良い事だが、開発の経緯を思うとシックリ来ない。
有って良かったんだか悪かったんだか。
巨大隕石による人類絶滅のシナリオはなくなったとしても、細かくなった隕石が地球上に満遍なく降り注ぐ。
危機的状況に変わりはない。
いよいよ到達した星屑が大気圏に突入すると、夜間避難命令が世界中に出された。
隕石被害が発生するのは、夜の時間帯が最も多く、隕石雨の脅威は一週間続くだろうと予想されている。
地域によってバラツキはあるが、一方向からの飛来落下に限られている。
隕石が降り出すと、都市部から非難出来ない人で、夜の地下街がごった返している。
地下鉄は全面停止になり、地下鉄路も避難場所として解放された。
天体観測に興味のない人まで、毎日夜空を見上げて生活する日が続く。
住宅に落ちた高温の隕石が原因で火災が発生しても、消防車・消防隊員の数が足りない。
人的被害は少なかったものの、通常救急搬送の比ではない。
病院スタッフは、ここ数日自宅に帰っていない。
一見して直ぐに分かる外傷なら看護師でも対応出来るが、頭部打撲はCTに映らない脳損傷の障害が後から出て来る。
緊急時に人手が足りないと、経過観察も儘ならない状態だ。
避難出来ないのは植物や家畜で、農作物への被害から食糧危機が懸念されている。
小惑星接近の通達から数週間、食糧や生活必需品・医薬品などの備蓄はしていたが、この様な事態を目の当たりにした人は正常な判断力を失う。
配給品の奪い合いが心配だ。
避難所に設置されたテレビの報道映像には、毎日続く人々のパニック状態が写し出されている。
既に一部では、避難者同士の暴力事件も起きていて、暴力の輪が広がって住民が暴徒化するのは、隕石よりも危険な状況を生み出す。
避難している人達の半数は、帰る家を失っている。
生き延びてはみたものの、苦行の果てに夢の欠片も浮かばない現状だ。
アクエネなるさらなる脅威が迫っているとは、間違っても公表できない。
何を置いても、まずは生活基盤の復興が先決だ。
隕石雨が過ぎ去ると、辺りには荒廃した空間が広がるだけとなった。
世界中がこんな状態なのだろうか、俺はアクエネが来ても、シェルターに避難していれば総て解決すると思っていた。
今回の被害は甚大だが、アクエネの飛来を想像するとまだ小さな災害に思える。
彼等の生命力は無限だ。
地球の資源を吸収し尽くすまで居座るに違いない。
それに比べ、人間は弱い。
アクエネが去り、資源の枯渇した大地に人類が再び立ったとして、そこから先の見通しがつかない。
ならば、無駄な抵抗はしないでアクエネに従い、少しばかりの資源を残して去ってもらうのも一つの選択肢だ。
だが、無条件降伏というのは納得がいかない。
戦って玉砕なんてのも考えたくない。
何かいい方法は無い物か、俺のつたない脳機能では、試行錯誤にも限界がある。
その威力を予測出来ない脅威には、行き当たりばったりの成り行き任せしか作戦が無い。
俺の得意とする処だが、いかんせん其の場に立って初めて発揮される能力だ。
予防線を張る為の会議には、何の役にも立たないのが今の俺だ。
国際大学を本部に、世界中の天才と言われる若者達が、何年もかけて対策会議を繰り返している。
それでもなお解決策が出ていない。




