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雲枕  作者: 葱と落花生
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93 アルトイーナ撲滅

 確か病院占拠事件の時、患者の移送に「宇宙船飛ばすか?」とペロン星人が聞いて来た。

「直さなくても飛ぶぞ、前に言われた」

「あーー、それなー、ちっこい奴なー、五十人乗りのよ」

「五十人乗りでちっこいのかよ。どんだけでかいんだ」

「分かり易く言うとよおー、東京ドーム三つ分だってよ」

「東京ドームに行った事ないから、分かり易くもなんともない」 

 電話で、恐るゝペロン星人に事情を説明してみた。

「あいつらがエネルギー変換装置室でやった事なら、百二十年前から知ってたべよ」

「で……何で直さないの」

「直ってるべよ」

「どうしてペロン星に帰らないのかな」

 この問いに対する彼等の説明によれば、星の鉱物から金属の殆ど総てを採り尽くした影響で、重力と自転のバランスが崩れたペロン星は、彼等が星を出発した時既に崩壊寸前だった。 

 星に金属が留まって有れば問題は無かったが、アクエネの母船建造に使われて、多くの金属は宇宙空間に消えていた。

「今では地球が母星だべよー」

 そんな過去があって、近くアクエネが地球に来るのではないかとの情報から、ずっと地球の保護を目的としたプロジェクトに関わってきていた。

「不吉な生物が飛び交っちゃってるのは、宇宙船の影響じゃないんだ。そのうちに収まるけど、希望が有るなら母船飛ばしちゃってもいいべよ」

「見てみたいなー、宇宙船飛んでるの」

「イルミネーション付けたから、飛ばすなら夜の方が綺麗だべー」

 こうして俺は、各国首脳共々ペロン星人の晩餐会に招待された。


 招待されても警備の都合で島からは出られない。

 出張晩餐会となった会場に用意されたのは、俺達がよくやっているバーベキューと称したグリル焼パーティー。

 あいつらは、これが地球で一番の御馳走だと勘違いしている。

 オマケに、診療所から特性バーベキューソースを持って来ている。


 さて、そろそろ飛び出そうかという夕暮れ時。

 賑々しくド派手な列席者とのパーティー会場に、アルトイーナが太平洋上で核実験に成功したと連絡が入った。

 宇宙船見学会どころではない。

 会場が騒然とする中「チョイと潰してくるかねー。丁度いいデモンストレーションだべよ」

 ペロン星人が会場のマイクを使って、カウントダウンを始めた。

「5・4・3・2・1・0、だべよ」

 真迷神社の大地が裂けた。

 島からは見えないが、きっとそうだと思う。

 浮き上がった母船は巨大だ。

 診療所周りに広がる田圃の十分の一ほどかな。

 東京ドームの多きさが何となく分かった。

 船なら巨大だが、建造物の東京ドームはたいしてでかくない。

 更地だったら二・三時間もあれば、錆びたトラクターでも耕して終える。

 この規模では、専業農家としてはやっていけない。


 イルミネーションをチカチカ点滅させ乍ら、クリスマス気分の宇宙船は、上空でブレイクダンスに似せた動きを見せている。

「アルトイーナ壊滅に反対の方は挙手してください。一人でも反対の方がいるならば、私達は出動しません。これからはこのような非常時に、思想や国を超えた即座の決断が必要となります」

 母星をアクエネに奪われた彼等の発言には説得力が有る。

 会場で挙手する者は一人もいなかった。

 国家間の利害は異なっていても、この件に関しては同じ意見だっただけかもしれないが、対アクエネへの対応に関しては一歩前進だ。


 船が突然消えると、強い風が会場に吹き上がった。

 船の移動で、急激な気圧変化が生じたからだ。

「あれでも思いっきりスローな発進なんだなー」

 ペロンの超低速発進は、地球では眼にも留まらぬ速さと言う。

 三十分もしないで、会場に大きなモニターが設置された。 

 船は既にアルトイーナの本拠地上空から、地上の基地を観察している。

 どれ程の高さから撮影しているのだろうか、基地の兵士は気付いていないようで、上空を警戒する気配も無い。

 世界中の警察組織が総力を上げても発見出来なかった本拠地を、ものの数分で特定している。

 これだけでも画期的な技術だ。

「私達の船は基地上空千㎞に待機している」

 人工衛星とほぼ同じ高度だ。

 映像は人類の技術でも無理すれば何とか撮影可能だが、音声まで拾っている。

 科学力の差は歴然だ。


「こちらは地球防衛軍、直ちに武装解除して投降しなければ、貴方達を地球から排除します」

 アルトイーナの通信システムに入り込んで警告している。

 返信が無い。

 基地内部の会話が筒抜けだ。

「ここが分るはずない。どうせハッタリだ」

 間髪入れず、宇宙からのレーザー砲攻撃が正確に基地の周囲に照射される。

 切り絵のように、基地の形が浮かび上がった。

 最後で中心に小さな一撃を入れると、間もなく建物から兵士が手を上げて出て来た。

 世界の首脳が一か所に集まり、全員の合意が得られていた。

 複数の条件が整って、初めて実現した宇宙船の公開飛行だ。  

 何の前置きも無く、突如この様な飛行物体が飛び回ったら、人類はパニックを起こすだろう。

 現に、通信施設が不完全な一部地域では大騒ぎになっているらしく、首脳あてに緊急事態を連絡してくる国もある。


 重大な決断をしなければならない大事にあって、通訳を買って出ていたのが、近所に二つある大学の一校。

 国際大の学生達で、大学の設立目的は世界中にシェルターを作る事に有った。

 大学の歴史は古く、寺子屋なるものが世に誕生する以前からあったとの記録が残されている。

 確かにここの学生には、らしからぬ不自然な生態を垣間見る事がしばしばあった。

 とても学生とは思えない、ひねたのもよく見かける。

 大抵の理解不能な現象は、辺り一帯の特別な歴史的背景に関わる地域性だと問題視していなかった。

 もう一校の農大では、研究課題に米の多年性水耕栽培をしてみたり、家畜の細胞を培養液で増殖して食肉を作っていた。

 二校から選抜された学生が共同で、大真面目にダークエネルギーを電気エネルギーに変換する装置の研究もしていた。

 今考えれば、ペロン星人の技術が随所に使われている。

 ことごとく成功している事に驚くべきだったのだろうが、未来科研で見慣れているので、気にも留めていなかった。

 一般的な知識を持った地球人から見れば、どれもこれも驚愕の技術開発だったに違いない。

 ところが、シェルター生活に関する研究開発がこれだけ進んでいるのに反し、医学関係の研究が全くと言っていいほど成されていない。

 シェルター内に病院は建設されているが、医師の数は極めて少ない。

 人口が少ないからそれでも足りているのだろうが、人は地上より多いのだから、もう少し居てもいいのではないかと思う。


 地下の医学研究は進んでいないが、ロボット技術、検査技術、介護機械の開発は驚異的に進歩している。

 医師は診断するだけで、殆どの治療行為は機械が代わってくれている。

 医師の絶対数が少なくても、充実した医療サービスが提供できている。

 医療行為は医師でなければ行ってはならない、この医師法が完全に無視されている地下世界。

 今まで重大なトラブルが発生していないのだから、それでもいいかもしれない。

 ただ、少しくらいは法律らしきものが有ってもいいと思う。


 医学はペロン星人が苦手とする分野だ。

 体を持たないエネさん達には不要の学問で、地球の研究レベルの方が、ペロン星人の医学より進んでいる。

 いざと言う時には、一番必要とされる分野なのに、人類は一割程度しか生存の可能性が無いとの見通しからか、あきらめ半分の研究班が一般あるだけ。

 医学の分野でならば、俺にも協力できるかもしれない。

 どんな人達が研究に携わっているのか聞いてみれば、芙欄を班長に、あおい君・キリちゃん・城嶋先生・看護師三姉妹以下十数名。

 やる気の無さが名簿から伺える。

 これでは進まない。

 あおい君とキリちゃんが、出張手術と言って出かけていた先は、地下シェルターの病院だった。

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