92 家出願望
リムジンが真迷神社の車庫に入ると、シャッターが閉まり地面が下がりだした。
エレベーターになっているらしいが、降りる時間が異常に長い。
下まで行きつくと、長いトンネルが続き、突き当りでまたエレベーターに乘る。
登り切った車庫のシャッターが開くと、石垣で陸続きになっている朱雀神社の島に着いていた。
維持費が莫大な海底トンネルで、朱雀島は陸地と繋がっていた。
車両の通行は困難だが、石垣で繋がっているのにこんな大げさな施設が必要なのだろうかと思う。
朱雀神社の社務所に入ると、昭和会の皆さんに城嶋先生と看護師・薬剤師三姉妹がいる。
組み合わせが変だ。
「お帰りなさいませ」
メイド喫茶じゃないんだから、爺婆に言われたくない。
通された先は見事な鉄火場になっている。
青龍がふとももに絡まった御姉さんが、片肌脱いで壺を振っている。
背中に牡丹の花まで咲いちゃってー。
市長から知事まで、地域の名士が勢揃いで博を打つ。
有りかよ。
一方では花札を撒いている。
こちらの御姉さんは、ふとももに白虎で肩に白いバラ、どっかの手品師みたいだ。
胴元にはあおい君がなっている。
刺青の御姉さんは遥と卑弥呼だ。
いかん、この展開は絶対にいかん。
神社の関係者が昭和会に多いので、もしかしたらややこしい事を裏でやっているのではないかと勘ぐってはいたが、めっぽうハッキリ悪事を働いている。
玄武爺がマイクを取った。
「本日は十八代目磯組総代襲名披露においで下さいまして、誠にありがとさんでござんすざんす。鉄火も酒も存分に御楽しみ頂きますよう、よろしくさんでござんすっす」
やりなれない事をするんじゃない。
この雰囲気はどの様に解釈しても、氏子総代の襲名披露ではない。
磯組と言うからには組だ。
磯組って事だから、あおい君が組長なのか。怖!
これからは診療所で会っても、まともに顔を見られないような気がする。
神社は博打場の隠れ蓑だと疑っていたが、隠す気がまったく無い。
奥にいるのは警察署長だし、署長と仲良しっぽいくしているのは地方検事。
占拠ポスターで見た事のある国会議員もいる。
外交官特権を持っているだろう人物も、ルールを聞きながら賭けている。
知らないなら止めといた方がいい、プロ相手に勝てる博打は無い。
城嶋先生と三姉妹は慣れたもので、荒稼ぎしている。
「襲名披露の祝い盆なんだから、負けてあげなきゃだめだろ」
負けは御祝儀だと一言忠告した。
「負けて元々、思い切り良く賭けると勝ってしまうのが博打の醍醐味でしょう。勝つ気は無いんですがねー」
心にもない事をのたまってくれる。
「主役は、ここに居たらいけませんですよ」
別の部屋に案内される。
主役? とっても嫌な予感がする。
賭場となっていた社務所から外に出ると、物々しい警戒態勢が敷かれていた。
通路の両側には、ライフルに防弾ジャケットの兵士が人の壁になっている。
景色は人と人の隙間からちょっとだけしか見えない。
海兵隊と自衛隊の船が海上警備をし、空母の上空をヘリが旋回している。
戦争でもオッパジメル気か。
それとも、大統領でも居るのかよ。
広間に通されて見れば、世界中の国家元首が勢揃いしている。
たかが一国のヤクザ。
組長の襲名披露ごときに集まる人達でなはい。
意識が朦朧としてきたところで、テレビでしばしば紹介されている人達から握手攻めにあった。
日本に来ているのだ、せめて「おめでとう」くらい日本語で言ってくれ。
通訳が入れ代わり立ち代わり訳してくれる言葉は「おめでとう、よろしく」これだけの為の通訳なら要らない。
俺の判断が正しければ、磯組の跡目は俺だ。
昭和会の身勝手は知っているが、せめて事前に意思確認してほしかった。
何で俺なんだよ。
こんなに大騒ぎして「御前のせいで国際問題に発展した」などと後から言われたら、俺が悪者に成ってしまう。
今でも十分取り返しのつかない状態だと思うが、お偉いさ達が帰るまでは黙って成り行きを見てやる。
玄武爺! ただじゃおかねえ。
世界を牛耳る犯罪者達の仲間入りをしようという晴れやかにも悍ましい時、昭和会とは何ぞやから知る必要があるようだ。
玄武爺は「何でもねえよ。暇な年寄りが集まってワイワイやってる会だべ」あからさまにごまかそうとしている。
「磯組ってのは何だ」
「昔から有る地元の博徒だがよ。名乗手がいねえで、今まで組長がいなかったんだべよ。そんな事も知らねえで組長になったんだかよ」
「名乗り出た覚えは無い。記憶脳はいい加減な造りになっているが、断じてそんな覚えは無い。御前達、勝手に俺を組長の席に座らせておいて、今更しらばっくれる気か!」
爺は都合の悪い事をはぐらかすのが巧だ。
いくら聞いても真面な答えが返ってこない。
「あー、賭場にいた城嶋先生と三姉妹なあ。ペロン星のエネさんが創ったんだでよお、知ってたかい? 組長さんーよっ!」
「そんな事知る訳ない」
「うー、そんでよお、ペロンのエネさんとよお、密航していた四人がよお、部屋で喧嘩してよお、制御装置をよお、壊しちまったんだとよ、笑っちまうべっ」
「酔ってるのかじじい、何百年も前の事故を今頃話して何なるんだよ」
「そんでもってよお、宇宙船が遭難した原因はよお、あいつらだったんだけどよお、未だにペロン星人に言えねえでいるんだとよ、なっ、笑っちまうべ」
「知ったこっちゃねえよ、そんな事聞いてねえよ」
「そんなんだからよお、んー、先生から上手い事言ってやってくんねえかなあ」
「だから、今話す事じゃなねえだろうがよっ! 何で世界中のトップがここにいるんだって聞いてんだよっ」
「そそそそそー、それだよ。壊した機械のある部屋がよお、今でも立入禁止の開かずの間なんだとよ、笑っちまうべ」
「何が言いたいんだよ」
「うん、手っ取り早く言うとよーおっ、宇宙船をよ、直してな、飛ばしてえんだよっ、なっ。笑える話だべ」
「手っ取り早くねえよ。何で俺に言うかな」
玄武爺は、俺が黒岩のサイボーグ化に続いて、巨大宇宙船の建造に成功したと大ボラを吹いたようだ。
どれだけの天才科学者に仕立て上げれば気が済む。
だが、それだけでこの面子は集まらない。
何か隠しているのは鈍い俺でも分かる。
だが、今はこの場を何とか納めなければ、きっと世界中で百回死刑にされる。
玄武爺が大ぼら吹いたきっかけは、各国で確認されている赤い目の黒い翼を持った生物が飛び交う現象だった。
不吉の明かしとして知られているが、日本にだけ現れていない。
シェルター建設の中心的役割を担っている地域だけに、原因を知っているのではないかと、各国からの問合せが殺到していた。
こんな騒ぎの中、原因は地下に埋まっている宇宙船エネルギー変換装置の暴走ではないかと言い出したのが、城嶋先生と三姉妹だ。
四人は数百年もの長い間、ペロン星人に本当の事を打ち明けず、地球に足止めさせてしまっている。
自分達からはとてもじゃないが言い出せないと、玄武爺に相談を持ち掛けていた。
それならばと、俺を組長にしたらしいが、何で組長にならなきゃいけないんだ。
ペロン星人を説得して欲しいという事だが、何を説得するんだ。
「宇宙船を直してくれるようにってか、俺が宇宙船を自在に出来れば世界のトップも安心できるってー、そこまで追い詰めなくてもね順序立てて話してくれれば、ペロン星人に頼んであげたのにー」
「先生の事だからよおー、無理難題を突き付けたらよおー、またロクちゃんと一緒に旅に出ちまうべえー」
「多分そうしていたよ。今でもそうしたいよ」




