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雲枕  作者: 葱と落花生
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90 異界の病院でバーベキュー

 強制入院から数日、面会謝絶が解除された。

 親しい御付き合いの皆さんが見舞いに来ると、テラスへ出る御許しも出た。

 調子に乗って見舞い客の度に、テラスでバーベキューをやっていたら少し太り始めた。

 ただし、元が丸いので誰も気付いてくれない。

 この病院に閉じ込められたそもそものいわれは、普段から何かと険悪な雰囲気の遥と卑弥呼が、あおい君の気遣いで頻繁に会うようになった事からのようだ。

 琴音が他界してからというもの、二人で協調して能力を使う機会がめっきり減っていたが、御遊びでやった未来透視で「先生が、暗殺者の手にかかる場面を見てしまったの」あおい君がバーベキューを食いながら、御先真っ暗予言を笑い話にしている。

 親父の葬式の後から、幾分性格が変わった様に感じるのは俺だけか……?

 この予言には、一つ大きな疑問が有る。

 こんなにボロボロになった死にぞこない医者を殺しに来るか? 

 俺を殺す意義が何処にある。

 ほっといても、暫くすればこの世界から消えていなくなる。

 不可思議なのは暗殺者の来訪だけではない。

 病室からの景色が不自然なのに気付いたのは昨日で、水中から外界を覗いているようだ。

 景色が陽炎の向こうに揺らいで見える。

 誰に聞いても「少し不自然だよね」で話は終わってしまう。

 この病院で、この病室だけに起こっている現象だと教わった。

 隔離された異次元世界に、一人だけ置いてきぼりにされた気分だ。

「んんん、そっなんだよね。ここはね、異次元と現次元の中間でね。異次元に行っちゃうと帰れなくなっちゃうから、注意してね。ゴニョゴニョ」

 婆ぁ! ゴニョゴニヨするなよ。

 注意していればどうにかなる問題でもないだろう。

 最近見掛けないけど何処にいる。

 声だけはしっかり聞こえて来る。

 俺を現次元と異次元の中間地点なる危険なまでに中途半端な場所に閉じ込めておいて、顔も見せないとは実に不愉快だ。

「そこにチョクチョク行くと疲れるんだよね。ゴニョゴニョ」

 言われて気付いた、ここ数日特に激しい運動をしたでもないのに、異常に疲れている。

 睡眠時間は十二時間をオーバーしていて猫並だ。

 誰かに殺される前に、中途半端な次元の病院性疲労に殺されてしまう勢いだ。

 気になる事はまだある。

 ガードマンやこの病室のみ担当しているという看護師と医師、そんな事をしていたら経営が成り立たないだろうと思うのだが、どうなっている。

「そいつらボランティアだから、給料払ってないのよ。ゴニョゴニョ」

 ボランティアって、医師が五名看護師十五名、警備にいたっては二十数名。

 全員が無給で働いているのか?

「生甲斐ってね、死に甲斐かね。ゴニョゴニョゴニョ」

 ゴニョが一つ多いけど、最後のゴニョで何を言った。

「現次元と異次元の中間病棟を運営してるのは、成仏前と生き返り損ねだよ。ゴニョゴニョ」

 ハッキリ言えよ。幽霊って!

「そんな表現もあったかね、ゴニョゴニョ」

 暗殺者から俺を守ると言いながら、人を霊界に送り込む気か。

 これでは殆ど死んじゃった状態だ。


 病院生活も一ヵ月の頃になって、突如厳戒態勢が解除された。

 昨夜、警戒心の欠片も無く熟睡していた時、刺客の一団が病院に入り込み、病室の前まで来ていた。

 地球をアクエネから守ろうとしているエネさん一派に、対抗している地球解放一派が造り出した、久蔵タイプ生命体の襲来だ。

 並の人間なら容易く追い払えるが、事この手の刺客を蹴散らすには少しばかりのトラップが必要だったらしい。

 病室からチョイと先は異次元、総攻撃を仕掛けて来た刺客軍団を、この異次元空間へと押しやってしまう。

 同時に解放派のエネさん達も、異次元に行ってもらう作戦だった。

 詰まる所、俺はていの良いオトリ・エサ・人柱・生贄だった。

 ふざけんなよ! 一歩間違えば俺まで異次元空間の餌食って事だろ。

 異次元と言っているが、その空間に入って戻って来た者はいない。

 先がどこに繋がっているのかは、誰も知らない世界ではないか。

 今回、過激派が俺をターゲットにしたのは、磯の総代代行になったからだとしているが、総代代行になった覚えはない。

 遥、卑弥呼、あおいの三人が挨拶した時点で、自動的にその様な立場に置かれていた。

 きっと磯家総代とは、御旗の様なものなのだろう。

 唐変木だろうが木偶の坊でも、たとえ盆暗だとしても、能力に関係ないから俺でも勤まる。

 確実に標的となる危険職だ。

 直ぐに暗殺されてしまうものだから、簡単に替わりが見つかる程度でなければならないのだ。きっと。


 この病院の特別室、どうやら部屋自体が入院患者を欲するらしい。

 俺のように入院して住まう必要はないものの、居住名義人を常に求めている。

 取り込んで食ってしまうのではないが、いささか不気味な奴だ。

 前の住人が何等かの事故なり疾病で他界したら、弔いが終わると次の住人を指定する。

 前の住人の死後に呼ばれる次の住人は、前の住人と近しかった人が選ばれていた。

 以前の住人が琴音だった。

 この病室君は一種の化け物だと、婆ぁが教えてくれた。

 ここ十数代の住人は総て磯家の当主。

 琴音の葬儀に俺が出席しなかったので、弔いが完了していないと判断し、なんと二十年間も俺が墓に参るのを待っていた。

 今は磯家が代々受け継いで地下の巨大シェルタープロジェクトが続けられている。

 それ以前に、この巨大プロジェクトはスタートしていた。

 病室モドキは、プロジェクトの長を守るのが趣味らしい。

 磯家のこれまでの歴史を鑑みるに、こやつが長を守れているとは思えないが、今回のような脅威に対しては有効な護衛としていいのか?

 どの道、こいつが趣味の域を出てまで俺を守らねばならない義理は無い。

 いざ己が身に危険となれば、一目散に逃げ出す族だ。

 当てにはなるまい。 

 化け物の感覚は人間の物とは違っていて当然だ。

 チョット待ってみようかなで二十年。

 もうすぐ地球に侵略者がやってくるよと言い続けて数千年。

 どいつもこいつも、尋常ならぬ生命力を備え持っている。

 エネさんの言うもうすぐの時に、はたして俺は生きているかどうか。

 とっくに寿命が尽きているのが自然と見るべきだ。

 地下のシェルター施設にはまだ行ってないが、特に取り上げて地域が騒がしいといった気配もなく、慌ただしく攻撃に備えているとも思えない。


 第一弾の刺客は追い払ったが、第二弾が来るかもしれないとの事で、暫く病室からは出られそうにない。

 病室のテレビは、こいつがいい加減な次元に存在する化け物だからか、まともに映った試しがない。

 いつもの様にイライラしながらリモコンを捏ね繰り回していると、見慣れないロゴが画面に現れ出て来た。

 他の地域では受診出来ないよう工夫が成されているらしく、放送禁止用語など御構いなしに暴虐武人の内容になっている。

 この放送局は、ドームと表現されている限られた地域限定放送のようだ。

 法治国家の警察力が及ばない地域なのか、理解に苦しむ放送内容で、実際にドームという地域が有るなら、荒廃した無法地帯に違いない。

「なーんとなく、これから行く所について学んでくりたかいね。ゴニョゴニョ」

 いきなり話しかけるな。婆ぁ!

 これから行く予定になっているのがドームと呼ばれているのは分かったが、ドームがどんな所か学んだつもりはないし理解する気もない。行く気はまったくない。

 行く気がないので病室に閉じこもっていたら、部屋ごとドームに移動した。

 病室もどきの化け物は移動できる。

 便利だが今は動いてくれなくていい。

 外を見ると、水中からの眺めに似た感じは相変わらずだ。

 ただ、イメージの荒廃した町並みとは異なる雰囲気で、綺麗に手入れが行き届いた街路樹に少し安心した。

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