表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲枕  作者: 葱と落花生
89/158

89 ゴニョゴニョで強制入院

 アクエネの襲来に対抗する準備は、数万年前に人類が道具を持ち始めた頃から始められていた。

 時の権力者・支配者には警告を発し続けて来たが、その警告が現実の問題として受け止められたのは近代になってかららしい。

 日本ではマスターとペロン星人が中心になってシェルター建設を進めていて、世界政府公認の極秘計画では、シェルターが総て完成しても、一割の人類が生き残れる程度しかない。

 残りの数十億は、シェルター外での生活を余儀なくされる。

 シェルターに避難できるのは、地球から金属を奪い去ろうとするアクエネと戦う意志のある者だけで、戦闘能力の無い物は外というのが世界各国の動きになっている。

 日本も例外ではない。

 世界各地で兵器を備えたシェルター建設が、極秘プロジェクトとして進んでいる。

 こんな事が一般に知られたら、戦えない弱者は生きる価値なしと判断されたと騒ぎ出すのは必至だ。

 シェルターを巡って暴動が起これば、アクエネ飛来の前に人類は滅んでしまう。

 各国で活動の指揮をとっているのが、エネさんが創った久蔵タイプの人間っぽい奴。

 マスターの様な怪しいのが、世界中にゴロゴロいるかと思うと不気味でならない。


 ペロン星人は彼等の科学技術を駆使し、金属反応を替えている。

 金属と認識されなければ奪われずに済むからで、スクラップ屋の地下に有る金属研究施設はこの為に使われていた。

 処理済金属を政府に売っているのが遥で、磯一族はこのプロジェクトで、既に国家予算並の利益を上げていた。

 これらの技術は卑弥呼が一手に管理、守秘している。

 御前等、やってる事が死の商人と変わらん。

 人の弱みに付け込んだ商売は、要らぬ反感を買うぞ。

 利益は土地の買収に使われていると言う。

 土地の売買はオヤジの一族が代々引き受け、トラブルには天戸弁護士が対応していた。

 磯一族が所有している地域は、二十キロ半径の円に相当する。

 ガウディーが生まれる以前から、数百年先を見越した長期工事が始まっていた。

 規格外の巨大プロジェクトで、莫大な非課税資金はこの施設建設に使われていた。


 遥は組成変換後の鉄を集めて、攻撃兵器の開発もしている。

 アクエネの侵略を阻止する為の兵器開発と謳い、主に買い手は各国に散らばるシェルターだが、いかに組成を変えた鉄で作ったとはいえ、人類の兵器がアクエネに有効とは思えない。

 遥もその事は承知でありながら「気休めよ」と言って高値販売姿勢を崩さない。

 気休めで稼ぐな。

 遥は戦う気で兵器開発と地下施設の建設を進めている。

 対して卑弥呼は、兵器開発には一切関わっていない。

 出来るだけ多くの弱者救済の為に、シェルター建設を進めているのだ。

 今の計画でもシェルターは異常に大きく複雑な構造だが、一億の人間が避難できるかというと、贔屓目に見ても一割が限界。

 それも、短期の避難生活しか望めない。

 世界の動き同様、日本でも各地にシェルターを造っているが、ここほどの規模では無い。

 このままでは、シェルターは万民の為ではなく、限られた者のノアの箱舟でしかない。

 遥と卑弥呼、両者の意見は平行線だが、シェルター建設という共通点で協力しあっているのが現状だ。

 そう遠くない将来、アクエネ群団が襲来するのは確実らしい。

「御前も覚悟した方がいいよ」

 凄まじく酔った兄が、琴音の手記を持ってきてくれた。

「読んでないけど、多分、色々と知りたい事、書いて、うっ!」

 兄はそのまま駆け込み、トイレジャックを続けた。


 琴音の手記は、エネさんがどうだの、土偶がなどと言った事柄については一切触れていなかった。

 これまでの経験から大抵の事は信じられるが、磯一族どころかこの地域に住む神社関係者の殆どが、何等かの超能力を持った者だとか、生贄の池がどうだこうだと、総てが真実なら、ここ数年で極め付けの危ない読み物だ。

 読み終えると、パックが彼女の姿で横に座っていた。

 親父にはこのエネルギー生命体が、かあさんに見えていたんだろうな。

 それにしても、俺は琴音に随分と嘘をつかれていた。

 手記について久蔵に聞いてみると、適当に嘘を織り交ぜて話したので、幾分事実とは異なる記載があるのは仕方がないらしい。

 久蔵は琴音に先が無いのを知っていた。

 俺達が直面しているような煩わしい問題に関わって、残りの時間を無駄遣いして欲しくなかったから、地下施設やエネさんと土偶について詳しくは話さなかったのだと説明した。

「御前に関わっていた時間こそ、琴音が一番無駄に使った時間だと思っているがな」

「余計な御世話だ。あの時はあの時で、琴音は幸せだったんだよ」と、思いたい。


 数日たって、頭の中が濃霧状態は事故から変わりなく続いているが、ここのところ連発する超常現象とそれに関わる連中のいい加減さで疲れ気味だ。

 そんなこんなでウロウロしていると、恐ろしく昔に一度だけ行った事のある病院から呼び出された。

 カルテも無くなっている筈の病院で、M&Aの時には、あまりにも危なっかしい病院だとして、親父が候補から外した病院だ。

 料金の未払いならとっくに時効だ。

 呼び出される心当たりが全くない。

 それでも、至急おいでくださいと呼ばれたら不安が先立つ。

 言われるまま院長室に入ってみれば、小柄な女医が椅子に埋もれるように座っている。

「久蔵がいつも御世話になってまして、ゴニョゴニョ」

 滑舌が悪いのか話が手書きカルテと同じなのか。

 末尾の発言が不明瞭だが聞き覚えのある話し方で、なんとなくここ以外のどこかで会った事があるような風体だ。

 おまけに皆まで聞かなくとも言いたい事が勘で分かってしまう。

「久蔵さんの家族の方ですか?」

 琴音の手記で久蔵に家族が居るのは知っていたが、この人がどこに位置した人物なのか判断出来ない。

「あー、久蔵のばあちゃんだーよ、ゴニョゴニョ」

 やはり化け物だけある、久蔵と同年代もしくは年下にしか見えない。

 気になるのは、さっきから末尾に着くゴニョゴニョ。

 人の顔を記憶脳に留めておくのが苦手で、昔出会った人の顔は殆ど覚えていないが、この感覚は最近出会った人物だと記憶回路が遠くの方で言っている。

「おばあさんでしたか、御噂どおりで御若い、はっはは」 

 思い出したのはブランコ婆ぁと釣竿婆ぁの顔で、三つ子だけあって似ている。ような、気がする。

 この婆ぁが久蔵の婆さんならば、ここ最近何がどうにかなってチョメチョメした二人は久蔵の親戚だと結論するのは難くない。

 こうなってくると、笑いがひきつるのを隠せない。

「だいたい察しはついてると思うけど、あんたあと一ヵ月で殺されちゃうから、そのつもりで。ゴニョゴニョ」

 察しはついていなかった。

 肝心なところゴニョゴニョにするのは勘弁してほしい。

「それでね、久蔵から聞いたんだけどね、あんたに死なれたら困るんだよ。ゴニョゴニョ」

 俺が一番困る。

「何で死んじゃうのかって、ゴニョゴニョ」

 そんな事は聞いてない、心読をめるのか、人の頭の中に入り込むのは止めてくれ。

「あんたをね、殺しに来る奴がいるんだよ、ゴニョゴニョ」

 俺に言わないで、警察に言ってほしかった。

「警察じゃ止められないのさ、ゴニョゴニョ」

 だから、頭の中に入り込むのは止めてくれっ!

「そんな訳だから、暫く入院してもらうよ。お兄さんの許可はもらってあるから、ゴニョゴニョ」

 兄貴の許可って、本人の意思を尊重してくれないかな。

「この場合、本人の意思は無視、ゴニョゴニョ」

 頭の中見るなよ。

 ゴニョゴニョ何とかなんないかな。

「何ともならない。ゴニョゴニョ」

 そのまま俺は強制入院させられた。


 症状が悪化したのではない。

 体中からチューブが出ているのでもないし、食事制限もない。

 テラス付の広い個室を用意してくれたのは有難いが、金はあっても自由に使えないから入院費を払う気はない。

「費用は気にしなくていいから、ゴニョゴニョ」

 まったく気にしていないのに、気になる事を言うな。

 待遇は非常によろしい。

 贅沢を言わせてもらえれば、防弾ガラスの窓開けていいですか。

 刑務所みたいな鉄格子は外していいですか。

 分厚い鉄扉を、温かみのある扉に変えてくれませんか。

 面会謝絶は撤回してもらえますか。

 テラスでバーベキューやってもいいですか。

 いきなり隔離病棟の意味を説明してください。

 閉鎖病棟に豪華な特別室が有るのは不自然だ。

 それに、どんな類の病院なのか、何で殺されそうなのかも教えてくれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ