87 エネルギー生命体
磯家で代々顧問弁護士をしている天戸家の初代弁護士も、久蔵が現代社会で都合良く生活して行くために育て上げていた。
正体不明の芙欄もまた、久蔵に育てられた人間の一人で、昭和会から可哀そうな子だから面倒見てやってくれと頼まれていた。
芙欄は詐欺師グループの使い走りではなく、一味を指揮していた一端の親分だった。
あの若さでゴロツキ共の頭を張っていられたのも、単に久蔵の教育があったればこそ。
奴の奇行も合点がいく。
親父はER建設と偽って家屋敷を抵当に入れて金を作り、芙欄に土偶探しを依頼していた。
家を手放してまで探さなければならないほど貴重なものだったのか、それにしては見つかった時の対応はいい加減なものだった。
久蔵は芙欄の父親代わりと言う事になるが、久蔵は老化しないので見た目年齢が逆転している。
病院に飾ってある贋作の数々も久蔵作で、必ずどこかに署名してあると言うので確認してみたら、目立たない所に久蔵作とあった。
大胆な自己主張をする弁護士しかり、無敵とも思える遙の態度といい、それもこれも久蔵先生の教えだ。
恐るべし久蔵塾。
こんな事よりもさらに重大なのはと続けられたのが、偶然手に入れた土偶についてで、久蔵がエネさんに頼まれて作った工作の中でも飛び切りの傑作だそうだ。
エネさんが本体から離脱して宇宙を旅して、最終的に辿り着いた地球で発見したのが、超々々レアメタル。
こいつで土偶は作られている。
能力として言い伝えられているのは、命と引き換えに何でも願いが一つ叶うだが、実際に叶えられる願いは何でもではなかった。
物質をエネルギーに変換したり、エネルギーと物質の組み合わせで別の物質を創ったりする為のもので、エネさんの得意分野であるエネルギーを増幅し変換する装置だ。
隕石を消したのもこの土偶の機能で、分解してエネルギーに変換し、オーロラの光にしていた。
増幅前のエネルギー源には人の生体エネルギーが使われるのだが、これを土偶まで運ぶ時にエネさんが手伝っている。
人に憑依したエネさんが個人の願いを聞き入れれば、そのエネルギーを少しもらって土偶に入る。
その後にダークエネルギーを吸収し、願いの力を増大させてを叶えている。
この時に頑張り過ぎると、エネさんは消滅してしまう。
生体エネルギーを使い過ぎれば人も死に至る所から、命と引き換え伝説が生まれていた。
人体の生命エネルギーなどたかが知れているものの、増幅の為に使うエネルギー源が宇宙に充満しているダークエネルギーなら無限だ。
「人間に分かり易く説明すると、電気の代わりに人の持つ生体エネルギーを使ったテスラコイルだと思えばいい」と言われたが、はてさてテスラコイルって何?
久蔵は北山が茨城県警から千葉県警に移動した理由も知っていた。
自身に関わる事だから知っていて当然だ。
栃木で刑事だった北山の祖父が生涯かけて追ったのが久蔵で、北山の祖父は退職後当時珍しかった探偵となり、私恨も手伝ってアルトイーナの前身でアッタライーナのそのまた前身のアッテモイーナとは知らず、依頼を受け久蔵を追い続けた。
当然、アッテモイーナは土偶の事など知らず、久蔵は不思議な妖術を使う男で、組織に取り込めば強力な兵力に成るくらいにしか思っていなかったようだ。
祖父は自宅に久蔵が現れた日に死亡。
久蔵に殺されたものと決めつけて捜査を続けた警察官が、北山の父親だった。
執拗に追い回すが、やはり久蔵を探し当て似顔絵を描いてもらってから暫くすると突然死亡。
祖母に、祖父と父親の仇は久蔵だと教え込まれた北山は、一族の復讐とばかり、正体を知らないまま似顔絵描きと言う手掛かりだけで千葉まで久蔵を追って来ていた。
どんぐりにも聞き込みに来たが、予想していた年齢と久蔵の見掛けが違うので、別人と判断している。
彩華の元旦那からの情報で、土偶の存在を知っているアルトイーナも、作者が今の久蔵だとは知らない。
随分と昔に追い掛け回されていたようだが、それも人間として追われていた身で、年月が経ち既に死んだと思われているらしい。
山武病院立て籠もり事件で、アルトイーナが真に狙っていたのは土偶だった。
大臣の狙撃や身代金は一味を動かす為のエサだったのだろう、犯人グループには土偶が目的だとは知らされていなかった。
病院に展示した久蔵作の美術品を、一味も贋作と気付いてトンネルの中に置いたまま逃げてしまっている。
アルトイーナは今でも土偶探しを続けているだろうか、ならば病院に展示してある。
何時でも簡単に奪えるだろうに、何をモタモタしている。
この答も久蔵は知っていた。
親父が土偶に願ったのは隕石の阻止ではなく、土偶が誰にも奪われないようにガードする。
爺ちゃんの願いは、土偶が磯家山武家以外の者の手に渡らないようにだった。
親父の依頼から数十年かけて芙欄が探し当てた土偶を、移送中にアルトイーナが一度は奪ったものの、確かに今は手元にある。
爺ちゃんの願いが叶ったと言うのか、総てダークエネルギーの力だとでも言いたいのか。
芙欄は何の警備も付けていなかったが、貴重な物と知っているアルトイーナは過剰な強奪計画を実行した。
頗る軽率な移送体制を見て、蓋を開けた実行犯は拍子抜けした事だろう。
無価値なガラクタとの判断を決定付けた理由の一つだ。
我々には運が良かっただけで、ちょいと間違えれば奪い取られていた。
総て願い叶えたまえの結果とは思えないが、ひょっとしたら少しばかり効果はあったとも思える。
奪い取られたにしても、得体の知れない土偶は正確な情報がなければ使い方すら分からない。
宝の持ち腐れだ。
悪用される心配はなさそうだし、親父が奪われないように願掛けしたのなら、折角だから安心してやるか。
エネルギー変換でバリアーでも作るのか、未知の生命体が未知の科学で遣り繰りするなら、どうせ俺如きの脳では理解不能だ。
盗まれる心配が無いとなれば理屈はどうでもいい。
昼寝でもしていた方がよさそうだ。
何となく土偶が貴重な一品である事も分かった。
美術品として貴重かと言われると……だが、脳内ブドウ糖を無駄に使いたくない。
しかしながら、エネさんは何で土偶なんぞ創り出したのか、この疑問は久蔵も長い事抱いているが、エネさんは教えてくれないらしく、推測の域を出た考えではないがと前置きして教えてくれる。
地球にいるエネさんは、宇宙を気儘に旅する一団からはみ出たグループだ。
どこの世界に行っても御尋ね者は粛清されるのが運命で、何れ地球のエネさんを成敗とばかり、大元のエネさん群団がやって来るのではなかろうかと言った筋書きだ。
全人類よりも多くのエネさんが一般的エネさん社会から弾き出されたアウトローなら、母体となった一団の個体数は計り知れない。
総攻撃を喰らったら、地球もろとも粉微塵にされてしまう。
その時の対抗手段として、土偶を創ったのではないかとしているが、何かしっくりこない。
創った人……じゃない、人間そっくりの半生命体がそう言うならそれでもいいと、この時は思っていた。
後で分かったが、この話は久蔵の大嘘で、彼は真実を知っていて俺をからかっていたのだった。
エネさんはミトコンドリアに似ている。
細胞個々にあるミトコンドリアとの違いは、一人に一エネさんが原則となっている。
人類総ての個体に取り付いているのでもなさそうで、自由きままに人間に寄り添い人生を疑似体験している。
個体を持たないエネさんには、人や動物・植物が経験する体験総てが娯楽で、時には無機質の岩や山などにも憑依する。
彼等は疑似体験の御礼に、少々のエネルギーを憑依している個体に流す。
人類にとってはそれが生命エネルギーの一部となり、弱った病人なら少しの間は症状の悪化を止められる。
ずっと居てくれたら有難い存在だが気紛れなのが彼等。
個体が弱って先が無いと知れば、エネさんは離れていく。
その個体と共に生涯を閉じてしまうエネさんもいるらしいが、滅多な事では御目に掛かれない。
エネさんが離れてしまえば、健康をサポートしていたエネルギーが無くなり、急激に弱って人間は死に至る。
爺ちゃんが土偶を質入れして亡くなった後、俺は発熱で数日入院した。
この時、琴音と病院で遊んでいて、俺はエネさんに憑依されたと久蔵が言う。
「今でもそん時のエネさんが付いたままだよ」
指さすのはパックで、当事者が何度も頷く。
マスターにもパックが見えている。




