86 信じない者に証明は不可能
磯御三家とは、磯野・磯辺・磯神(元は磯上)で、磯野家は貴族社会の時代に霊力を買われ、源氏に呼び寄せられて京都で陰陽師として活躍していた。
その後壇の浦まで源氏に同行した磯野は、長い時間をかけて九州に居を構えた。
東京の磯野家はその分家に当たる。
縁が遠すぎて親戚とは言い難い関係だが、東京の磯野とはここから特急で一時間程の距離に住んでいる事もあって、昔から付き合いの長い一家らしい。
この地の磯野家は無人となり古くに絶えているが、磯家が管理する神社の一つに磯野神社があり、今でも御賽銭などの神社収入は、九州の磯野本家に納められている。
磯辺家は卑弥呼が当主となっているが、当主以外に磯辺家の人間はこの世になく、事件後から東京の磯野が身寄りのない卑弥呼を引き取って成人まで育てていた。
これは、事件当日、遊びに行っていた卑弥呼の行く当てが突然なくなったからで、この地を嫌って東京に住んでいる家族と言うのは磯野家の事だった。
磯神の家は戸籍上絶えた形となっている。
相続人である遥が成人するまでは、磯家が財産管理する筈だったが、琴音が亡くなってからは弁護士が管理していた。
遥は磯神姓だったが、出産の為に実家に帰っていた遥の母親は、事件後に磯神から籍を抜いて遥となり、財産の相続権を放棄している。
呪われた地と思い込んでしまえば、早く忘れて二度と行きたくない土地だったのだろう。
そうこうしているうちに母親は焼身自殺。
遥が磯神の相続人となった。
遥の家に住まいながらも、未来と弟は呪われた子として、あまり歓迎されていなかったらしい。
虐待もあったようで、姉弟は長い間施設で暮らしていた。
今でも磯一族三人の顧問弁護士をしている天戸飛鳥が、最終的に二人の後見人になっている。
弟の哲也は強くなりたいの一心で傭兵となり、今は元傭兵の腕を買われ卑弥呼の身辺警護をしている。
卑弥呼には遥の弟と知られないように、南部鉄瓶の偽名を使っているが、卑弥呼は先刻承知のようだ。
弁護士の手配でこの地に来てから、磯神の主になった。
磯家は跡継ぎとなった琴音が亡くなると、遺言からあおい君が引き継いでいる。
宿舎の周囲は俺名義になっているが、その他の土地建物はあおい君が管理していた。
一族を皆殺しにして逃げ回っていた犯人は、磯家に再び戻って家を荒らしている所を、病院から帰って来た琴音の祖母に散弾で撃ち殺されている。
琴音が性を明かしたくなかった理由の一つだろう。
記録上は火災による焼死とされている磯一族の死因は、想像を絶するものだった。
氏子が再建した神社は、凶を嫌う信仰から、神明神社から真迷神社に呼び名を変えている。
一連の死亡診断書を、他殺ではなく焼死としたのが俺の爺ちゃん。
危ない奴だと思っていたが、これで確信した。
祖父は虐殺事件を隠し、家を燃してあげた御礼にと、金属製の土偶を譲り受けていた。
祖父が真迷神社に放火した時、消防の出火原因調査員だったのが相南の父親で、出火原因を失火としている。
それからというもの、磯家の力で村長になってからずっと地域の長でいる。
一族の名誉を守る為とはいえ、いかに犯人が死亡したからとはいえ、大虐殺という事件を握りつぶした謝礼が訳の解らん土偶一つ。
とっくの昔に、その土偶を爺ちゃんは質入れしていた。
訳の分からない土偶が犯罪の片棒担いだ報酬とは、しょうもない御人好しだ。
これに比べて、相南の親父さんはたいした神経の持ち主だ。
クロが吹っ飛んだからと言っても、まったく動じたりしない訳だ。
こんな不釣り合いな謝礼があるのかなと……気になるのはやはり土偶の価値だ。
命と引き換えには伝わっていなかったとしても、元旦那がアルトイーナに、土偶は恐ろしく貴重で高価な物だとした説明は、今に伝わる話に似通っている。
隕石や地震の事もあったし、まんざら嘘が固まって出来た土偶でもなさそうだ。
一度どれだけふざけた偽物なんだと、土偶をひっくり返して見たら、足の裏に久蔵作と刻印されていた。
久蔵はどんぐりのマスターの名だ。
色々と話しを聞いてみると、磯家と俺の因縁も知っていたし、彼が本当に作者だったりするかもしれないと思えてくる。
あれだけの絵心だ、土偶のような金属製の像創りに精通していても不思議ではない。
数日後。
ひょっとしたらもっと詳しく知っているのではないかと思い、どんぐりに昼飯を食いに出かけた。
ここまで分かって、ようやく総てを話す気になったか、久蔵の顔がいつになく真剣になっている。
「御前は今日まで色々見て来たから、今なら俺の話を納得できるだろう。教えてやるが、聞いたからって御前の未来が変わるってもんじゃねえよ。心して聞きな」
こんな前置きをされたのでは聞くのが怖くなってくる。
久蔵曰く、彼は人間でないそうだ……。
これは、ペロン星人を筆頭に病院スタッフを見てきているから、特に驚くカミングアウトではない。
だが、生物でもないとなると認められない話になってくる。
何度も診察してるから、人体に必要なパーツがクロよりも揃っているのは確実だ。
「兎に角聞いてくれ、そこから始めねえと、俺でも収拾がつかなくなる」
仕方なしに彼の身の上話から聞く羽目になった。
久蔵は初代磯家当主の時代から使えていると主張する。それ以前の事はあまりにも古いので、記憶に薄っすら残っているだけらしい。
昨日の事さえ満足に記憶しない俺からすれば、紀元前の記憶があるやつは化け物だ。
生物でないなら、そうとしか言い様がないのを自分でも分かっていた。
「そーなんだよ、俺、化け物なんだよ。察しがいいね」
「化け物なら何が化けたらそこまで人間に近くなれる、創世記から地球に存在していたか、別の天体から飛来してきたか」
これに対しては、意志を持った知的エネルギー生命体が創ってくれたと説明した。
言うに事かいてよく出て来る嘘だ、たいしたものだ。
【信じる者に証明は不要、信じない者に証明は不可能である】とスチュアート・チェイスが言っていた。
信じない俺に、無理矢理聞かせる理屈がこうだ。
古来エネルギーは信仰の対象である。
現に世界中いたる地域で、太陽神や炎を司る神が祀られている。
仮にこの神と称されるエネルギー生命体をエネさんとする。
知的な意志を持ってはいるが、物質を動かす事は出来ても人間の様に加工して道具を造るのが苦手で、何かを創ろうとしても数千年単位の気が遠くなる年月を要する。
人間とのコミュニケーションに問題ありの生命体だ。
このエネさん、長い年月をかけて有機物を移動してぶつけ合わせ一つの塊を創った。
既に地球上に生物が誕生していて、生物の起源からすると全く違う物体の発生だ。
この塊に、エネさんの一個体が憑依し、内部から分裂を繰り返して発生したのが久蔵だとか……つまり、エネさんの産物。
最初から人体に似ていたのではなく、進化した人類に似せて変化してきていて名前はなかった。
意志はエネさんの物だったが次第に記憶が増え、久蔵自身も意志を持つようになると、エネさんは体から離れた。
始めのうちはエネさんが物質を加工したり人間と意思疎通する為の道具だったが、人間のように個体独自の意志と判断力を持つようになってからは、エネさんのエージェント的存在となった。
適当にちらばって生活するエネさんを訪ね歩く連絡係りといった位置付けもあったらしく、一通り挨拶回りをするだけでも人の一生が二度ばかり必要になるほどで、エネさんは全人類の数より多いのだとか。
エネルギーだけの存在だから、たいして広い空間は必要としない。
頑張ればピンポン玉程度まででも固まれるが、小さくなると軽い衝撃で膨大なエネルギー放出を起こす。
大勢で集まっていたのでは、よほど強固な鎧の中に閉じこもらなければ、常に爆発の危険と隣り合わせの生活となってしまう。
爆発と同時に、彼等の個性を構成しているエネルギーは熱に変換され消滅する。
このような現象を、彼等は自身の死と定義している。
したがって、死という最も重大な危険回避の為、彼らは一か所で過剰に集まらない。
事故さえ起こらなければ永久に不滅のエネルギー生命体と、意思疎通できる個体が久蔵。
エネさんの力も借りて独自に進化し続けた結果、色々と訳の解らない能力を身に着けて来ていた。
似顔絵もそのうちの一つだが、どんな毒にも耐性を持っていて、トラフグを丸呑みしても腹さえ壊さない。
遙が子供の頃、毒を盛られても耐えられる訓練をしたのは俺だと威張っている。




