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雲枕  作者: 葱と落花生
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85 琴音の嘘

 気付けば屋敷に残ったのは兄と姉の二人だけ。

 住人は気を利かせたつもりか、今日から二泊三日で温泉旅行に出かけた。

 毎日が旅行みたいな生活をしておいて、いまさら温泉旅行もないものだ。

 兄姉が交互に話す内容からすれば、俺は数十年の間ずっと親父の手の内で暴れまわっていた孫悟空だった。

 一大決心をし施術したあおい君の移植手術は、当時の病院に赴任するずっと以前に、親父が引き受けていた仕事だった。

 何の事はない、震災で来られなかった親父の代わりに、俺が二年の謹慎処分を受けていた。

 厄介事は何でもかんでも末っ子へ、山武家の家風は天変地異まで引き起こしていたらしい。


 幸いと言うべきか、臓器提供者として、あおい君の母親である彩華と伯母にあたる琴音の二人が名乗りを上げていた。

 親子でも適合する確率の少ないドナー探しだが、この点では運が良かった患者とすべきだろう。

 親父は何が何でも成功させたかったに違いない。

 兄姉も来る予定だったが、いざという時になって大地震に見舞われ乗り込めなくなっていた。

 一緒に過ごしていた当時、琴音は親父の見立てで余命数年と言われていた。

 自分の病気を隠していた上に、主治医が親父だったのも教えてくれていない。

 口止めされていたのか、親父に迷惑をかけたくなかったのか、二人とも墓石の下に住まう今となっては知る由もない。

 琴音の臓器に障害はなかったが、摘出は寿命を極端に縮める。

 それだけで済む確証もない。

 ちょっとした異変でも、麻酔から意識が戻らずそのままという事態が十分に考えられる状況だったに違いない。

 命のバトンと言う琴音の意志を受け、琴音と彩華の二人から、親父は移植臓器の摘出を予定していた。

 確率的にリスクは二分の一になるが、生身の体が機械的に弾き出した数字に、一致する反応を示すとは限らない。


 親父が中心になって秘密裏に運んでいた移植手術を手伝わせる為、説明もなく俺を先乗りさせていた訳だが、目的を聞かされていたら行かなかっただろう。

 結局、俺が行った移植手術であおい君は生き続け、余命数年ではあるが、琴音も同時に救っていた。

 飛び切り緊張する手術だったものの、医師が患者に施した手術だ、報酬以上に感謝される謂れはない。

 患者に病気を振り払う切っ掛けを創ってあげる、それが医者の仕事。

 それで俺は飯を食っている。

 感謝しなければならないのは俺の方で、美味い飯が食えて美味い酒を飲めるのは、仕事をくれて御足を置いて行ってくれる患者がいるからだ。

 患者の話を適当に聞いて、いい加減な診断をして、見当違いの処方箋を書く医者がいる。

 先生ゝとおだてられ、好い気になっているのだろう。


 間接的な命の恩人として、琴音は短い一生の残り時間を俺の為に使い果たした。

 当時、琴音は磯家当主だったが、自分の素性を隠し通し他界した。

 琴音が俺についた、たった一つの嘘。


 あおい君の実父は磯家に養子で入っていた。

 磯家に来て暫くは大人しくしていたが、朱に染まったと言うか地域に馴染んだと言うべきか、次第に悪行が目立つようになってきた。

 目立つくらいならまだ良かったが、先頭を切って悪さをするようになってからは、しばしば警察の御世話になっていた。

 素行の悪さは改善する事なく、刑務所行に入って磯家から見放された。

 この時、磯家総代の一声で離婚届けが出されている。

 事件が切っ掛けで居辛くなった彩華は、あおい君を連れ家出同然に磯家から出ていった。

 そして、俺とあおい君は病院で出会った。 


 務所送りになった彩華の元旦那が困った奴で、務所仲間にポロリ、磯家の御宝云々と話したのが悪かった。

 出所して行く当てのない元旦那を世話したのが、アルトイーナの前身アッタライーナで、世話してやったのだから磯家の御宝を奪って来なさいとそそのかされた。

 大人しくさえしていれば、行くゝ自分の物となったであろう磯家の資産。

 諦めきれなかったのか、まんまと話に乗った。

 元旦那がアッタライーナに良い顔をしようと、いい加減な話を吹き込んだせいで、金属製の土偶についてはアルトイーナに間違って伝わっていた。

 不思議な金属製の土偶は時価数千億。

 これさえ手に入れれば、何でも願いが叶うと言ったとか言ってないとか。

 そう言われて見ると、あの土偶はなぜ磯家にあった? 

 爺ちゃんは軽く質屋に入れちゃったし、そんなに大それたものとも思えなかった。


 とにかく、土偶を含め御宝を蔵からごっそり盗み出そうと計画し、神無月祭で一族が出払った時を狙って押し入った。

 ところが、蔵の中は空っぽ。

 アッタライーナに散々脅され切羽詰まった元旦那が、祭礼の最中に御籠り堂へ乗り込んだ。

 神無月祭はその昔、神であった磯一族が伊勢に神として出向いている神無月の一ヵ月間、一族でこの地に残った者全員が真迷神社の御籠り堂に隠れて生活する祭事から始まっている。

 ハロウィンと混同されているが全く別の祭で、一ヵ月だった御籠りも、初旬に三日間だけ一族が集まる祭になっていた。

 現在は磯家が不在のまま祭が継承され、十月の初旬と下旬の二回、悪魔祭として悪戯の限りを尽くすローカルな祭になっている。

 こんな祭の最中だから、一族全員が消息を絶っても気付かれなかった。


 元旦那が御籠り堂にいた者を縛り上げ、財宝のありかを拷問して聞いたが、誰も答えなかった。

 そして、答えなければ見せしめに殺された。

 恐怖に勝って話さなかった財宝の行方ではない。

 行方を知っているのは、病気で式に参列できなかった総代だけだったからだ。 

 生き残った磯家の血筋は、祭に参加しなかった総代と、家出していた彩華にあおい君。

 祖母の付き添いで病院に行っていた琴音と、母親が臨月で実家に帰るのに付き合って難を逃れた磯神未来、現在は遙未来の名になっている。

 そして、遥とは仲が悪いからと、東京の磯野家に預けられていた卑弥呼こと磯辺真紀の六人だけだった。

 六人のうち総代である祖母は、琴音に磯家の総てを託して他界。

 琴音も早くに亡くなって、あおい君の母親である彩華も震災の犠牲となった。

 御三家を含め、磯一族でこの地に残っているのは「久しぶり」と挨拶した三人だけのようだ。

 琴音に連れられ一度引き合わされていたのが、卑弥呼と遙なのだが、ジャリん子時代の二人と今の雰囲気は桁違いにかけ離れている。

 気付かなくて当然だ。

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