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雲枕  作者: 葱と落花生
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84 琴音

 近所の散歩にもアキアキした頃。

 兄姉の提案で親父の墓を作る事になった。

 墓と言っても墓所、墓石を新に作ろうではない。

 宗教に拘らない家系だが、墓所を持っていない家ではない。

 過去に遡れば、あちこちの寺や教会に山武家の墓所が点在している。

 新しい所では、第一病院屋上の立入禁止区域に母の墓がある。

 特にどこそこの何とか寺の檀家とか、何教会の信徒と言うのでもない。

 宗教に対する貞操観念の欠落家系が、行きつく拠り所は自分教だ。


 成り行きで俺名義となった山林の中腹にも、宿舎と呼んでいる一件の古い家と、隣に作られたコンクリートドームの中に墓石が建っている。

 墓には会った事のない人達の遺骨と、この場所を俺名義に書き変えた人の遺骨が収まっている。

 こんなに大げさな物をもらっておいて、この山林をくれた人については殆ど知らない。

 彼女に初めて会ったのは、医療行為禁止でロックバンドに精出していた頃だった。

 いつどこでどのようにしてと問い詰められると、答えられない。

 いつの間にか同じ部屋に住んでいた。

 暫く一緒に暮らしながらバンド活動を続け、やっとプロになれそうな頃になって、彼女の死期が近いと知らされた。

 彼女と久蔵の御かげでセミプロのような生活を続けていたが、づっと気分は晴れないままだった。 

 彼女が亡くなると、俺は音楽の世界から医学界に帰った。

 彼女が残してくれた言葉と、自分自身の為に患者を治し続けたかったからだ。

 せめてもの弔いに、俺は彼女と一緒に患者を治療し続けている。

 彼女の死を現実として受け止められる自分が見つけられなくて、葬儀には参列していない。

 埋葬後一度も宿舎には行っていない。

 メンバーは今も宿舎を使っているので、たまに写真と絵葉書が届く。

 いつか行かなければとは思っていても、どうしても足が向かなかった。

 未だに彼女に起こった出来事を、受け入れられていないのかもしれない。

 こんな事情を知っての事だろう、そうでもなければ、まったくの他人様が住まう霊廟に親父を葬ろうなどと言い出す訳がない。

 しかし、葬るとしても納骨する骨がない。

 海に総てぶちまけてしまった。

「遺灰を入れていたツボが残ってるだろう。中に少しこびり付いてるし」

 これは兄の言い分で、実に御粗末なこじ付けだ。 

 あれから二十年、今更宿舎に行ったからと、気持ちがどうなるものでもないのに、何があっても過去と決着をつけさせたいようだ。


 宿舎に行って見ると、バンドのメンバーが揃って待ち構えてくれていた。

 家族も出来て、賑やかになっている。

 今日が祥月命日とあって、彼女に関わった人達も大勢集まっている。

 何でわざわざこの日に納骨をするのか、どう考えも親父の為とは言えない面子だし、魂胆がアカラサマ過ぎて怒る気にもなれない。

 いざその場に立ってみれば、今までの拘りや仲間との隔たりは一瞬で消えた。

 ズルズル引き摺って、今日まで過ごしてきた月日が安保らしく思えて来る。

 容姿こそ年月を感じさせる変わりようだが、昨日別れて今日会ったように接してくれた。

 親父の納骨だからいてもいいが、ぎこちないのは昨日会ったのに妙によそゝしい芙欄だ。

 二間続きの座敷の奥に、久蔵はいいとしても、芙欄は病院繋がりでいいとしても、遥と卑弥呼は場違いだ。

 さほど深い付き合いではあるまいが、全く面識がない訳ではないから来るなとは言わない。

 それでも、微妙な立場にしては御丁寧に信徒まで連れて来て、ずんだもちと真迷神社がそれぞれのやり方で親父を弔っている。 

 宗教法人のデモンストレーションか? 

 収拾がつかない奴らはほおっておいて、兄が司会で納壺が始まった。

 決まった形式があるのではない。

 適当にいい加減だが、親父への礼は尽くす。


 式が終わればいつものとうり飲んで食って騒いで、時間がたてばたつほど、親父はいいだしに使われているだけで、飲みたくて集まったか彼女を偲んで集まったかでしかない。

 彼女に関わる昔話が話題の中心になるのは当然の成り行きだ。

 彼女の名は【磯琴音】

 磯家と言えばこの辺りでは名門として知られた旧家で、いつか、親戚でもあるのかと聞いた記憶がある。

「まさか、磯なんてよくある名前だよ。頼る身寄りのない私が親戚だったにしても、家系図で辿り付けないほどの遠縁だよ」

 こう言っていたのに、ここに来て初めて兄が俺の知らない琴音の話をした。

「御前と琴音さんなー、幼馴染だったんだぞー。知ってたかー」

 誰も教えてくれなかったのだ、知る筈がない。

 いつ頃の幼馴染なんだ、赤ん坊の頃なら記憶はない。

 琴音も、互いに会っていた仲だとは言っていなかった。

 気づいていなかったのか、本当に幼馴染なのか。


 子供の頃、ウロチョロしていた病院に彼女が入院していたらしい。

 俺はその病院で一人前の医者を気取り、病室周りをしていた。

 患者の相談を受け、病気についての説明までやっていた。

 言われてみれば、特別室に一人。

 見舞いに来るのは婆さんだけで、いつも暇そうにしていた女の子がいた。

 一度の入院は長くなかったが、出たり入ったりしていたのを思い出した。

あの子なら、当時の面影は全くなかった。女は変わる……。

「御前宛てに手紙っつうか、ノート預かってるから、後で渡すわ。多分その辺の事情も書いてあんじゃ、ねえのー」

「何年預かってたんだよ。もっと早く言ってくれないかなー。二十年もたっているだろうよ。見てないだろうなー。風化してないだろうなー」

「あー、そんでな、親父というか、じいちゃんというか、家と磯家の関係な、話しておいた方がいいかなー」

「今言う事か、大事な話か、何で今頃になって言う気になった。磯家と琴音は遠い親戚かも知れないけど、大した話じゃないだろう」

 磯家が爺ちゃんを主治医にしていたのは知っている。

 大火で一族被災して、何人も生き残らなかったとも聞いている。

 その事なら気になって、とうの昔に調べていた。

 これ以上の甚だ危険な機密事項なら、墓穴まで持って行って欲しいところだ。

 まったく関係ないんだよと言ってやろうと思ったが、しこたま飲んだ大虎には、何を言っても通じない様子だ。

 それより今は、昔を懐かしんで穏やかに楽しく過ごしたい。


 ホロホロ酔っていると、卑弥呼と遙にあおい君が三人して俺の前に正座する。

 三人とも普段は見られない和装喪服で、家紋はそれぞれに違う鳥居紋となっている。

 あおい君のはこの家の屋根にある家紋瓦と同じ紋柄だ。

「お久しぶりです。その節は叔母共々大変御世話になりました。本日は遠い所、叔母の追善供養においで下さいまして、ありがとうございます」

 叔母と言うからには親父ではない。

 琴音を指して口上している。

 二人には最近会ったばかりだし、あおい君とは一緒に来たのに久しぶりとは薄気味悪い表現をしてくれる。

 三人揃って言うからには、三人とも琴音の姪なのか。

 それならそれでいいが、隠し子ではないのだから教えてくれても良かった筈だ。

 散々人を振り回しておいて、今頃名乗り出る意味などない。 

 俺の気持の整理がつくまで待っていてくれたような話しぶりだが、そうだとしたら二十年間よくも待っていられたものだ。

 秘密の持てない俺には、絶対出来ない芸当だ。


 口上後の打ち明け話を整理すると、三人は大騒動があってこの地を離れ、成人するまで別の地で育てられていた。

 琴音の双子の姉である彩華が、あおい君の母親で、再婚して別姓になっていた為に、磯の人間だと分からなかった。

 似ているとは思ったが、母親同士が双子とは気付かなかった。

 生活環境の違いか髪型か、はたまた化粧か、女とは見事に化ける生物だ。

 あおい君の手術の為に引っ越した先で再婚しているのだから、俺の知っている父親は義父だ。

 震災でこの義父も他界している。

 本当の父親が誰なのかは聴けなかった。

 理由あってこの街を出て行ったと言われては、詳しく聞くのが申し訳なく感じた。


 遥の母親は磯家直系御三家の一【磯神】で、遥家から嫁として来ていた。

 大火の時は現場にいなくて助かっている。

 地域の大事件だったので、磯一族が絶えたとまで言われた大火を鮮明に記憶している。

 磯家とは希薄な関係と琴音は言っていたが、実の所、磯一族の総本家【磯】の跡取り娘だった。

 ここら辺りまで聞いて、混乱と酔いで俺は意識を失った。

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