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雲枕  作者: 葱と落花生
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83  大人向けおとぎ話

 店主を探し出し、廃墟となったマンションで何をしているのか尋ねれば「部屋がいっぱいあるもんで、取り込みやってんだい」

 偉そうに人様に言える事ではない。

 だいたい、北山の下で働いているとは言っても、三兄弟は昭和会の情報屋だ。

 それこそ稼ぎを横取りしてくださいと言わんばかりの愚行……。

 よく考えれば裏が読めたのに、俺の思考回路は老化の一途を辿っている。 

 いくら競売の二束三文とは言っても、二十数部屋あるマンションの特売を、躊躇なく一括払い出来るほど彼は資金を持っていない。

 地元の不動産屋でさえ二の足を踏んだ物件だ。

 裏で動いたのは昭和会だったか。

 もっと早く気付くべきだった。

 昭和会が絡んでいるとなれば、マンション全体を使っての大掛かりな取り込み詐欺も納得できる。


「精が出ますなー」

 おっと、悪い癖だ。

 訪問の本題をすっかり忘れていた。

「似顔絵の目、閉じちゃったんだけど」

「あー、あれね。俺が昨夜差し替えた。店が暇なもんで、客引きに」

「人騒がせな事をするなよ。めいっぱい穏便に解釈したって、今回の行為は住居不法侵入と脅迫だよ」とは言っても、店長は憎めない性格をしてる。

「マスター、昼飯食ってくわ」

「ホイ!」

 この事件以後、散歩道にどんぐりでの昼食が加わった。


 毎日ではないが、よく行くようになって色々と変わった町の裏事情を聞かされた。

 知ってみると、今まで謎だった事件が繋がって見えてくる。

 普段からマスターの話には迷信だ神話だ言い伝えだが、さも現実の出来事のように混じっている。

 真顔で話しているものの、数年前ならそのままそうなのかと受け止めるのは難しい。

 ところが、頭から否定していただろう彼の話も、信じて解釈すれば総ての説明が付く話ばかりに思える。

 今ではペロン星人を筆頭に、現代科学では説明できない事象と頻繁に遭遇してきたからこその変化だ。

 事は、診療所にあおい君が来た時と言うか、あおい君が医の道を志した頃から始まっていた。

 この件に関して、疑念を抱かせる不思議話は織り込まれていないようだ。

 疑う余地をこの脳から消し去り、無理にでも信じた方がいいのではなかろうかと聴いている自分がいる。

 

 起源が恐ろしく古いのは、俺の年輪が多層であるから致し方ないとしても、あおい君にまで遡っての因果関係とは以外だった。

 あおい君の移植手術に踏み切ったのは、超法規的医療措置からだ。

 震災の影響で、勤務する病院は最前線の野戦病院同然だった。

 医師は何日も仮眠すら取れていない状態で、物資は総て不足し、通信手段は自衛隊の無線に頼っていた。

 ボランティアで戦場医師をしていた時よりも悲惨な災害時の医療現場で、俺達を働かせていた動力源は、一人でも多く助けたいとの思いだけだった。

 その思いがあったからこそ、大勢を助けられた。

 それは同時に諸刃の剣でもあり、無謀な行為を正当化していた。


 糸の切れた凧になっている自分に気付かないまま、患者は次々と担ぎ込まれてくる。

 輸血々液も自家で賄うほどの緊急時に、あおい君の母親が担ぎ込まれてきた。

 病院に向かう途中、ガレキの下敷きになってしまい意識がなくなっていたのだ。

 検査をした時点で、母親は既に脳死状態。

 父親を含め、あおい君の親族には震災の日から連絡が取れていなかった。

 母親以外に連絡の付く身内のいないあおい君もまた危険な状態で、今後の治療方針・手術の同意書を取れる相手もいない。

 母親の臓器を移植すれば、万に一つあおい君だけなら生きていける可能性があった。

 心臓を含む多臓器同時移植は日本で行われた例がなく、病院や倫理委員会の許可が下りるはずもなかった。

 総て俺の独断と責任で行った移植手術。

 成功はしたものの、違法の限りを尽くした手術だ。


 責任を負わされ、協力した医師・看護師は三か月の謹慎処分。

 俺は懲戒解雇、医療行為二年間禁止の処分を受けた。

 あらん限りの無鉄砲な違法手術を行なった割に、処分は信じられないくらいに軽い物だった。

 あの時は気にもしなかったが、今思えば裏で何等かの力が動いたのは間違いない。

 一連の手術記録を入手したのが、卑弥呼の一族だとマスターが教えてくれる。

 恐らく、処分を軽くと手配したのも卑弥呼一族だ。

 卑弥呼一族は昔から権力のあった一族だ。

「出来ない」を「させてください」の返答に変えるくらいは造作もない。

 それよりも気になるのは、何故、俺に興味を持ったのかだ。

 この後、更に卑弥呼一族が深く関わりだしたのはロックバンド活動中のようだが、今一それらしい理由の見当が付かない。


 アアダラコウダラ四の五のあって、一族の後押しを背中イッパイに受けたあおい君は医師を志した。

 とは言え、俺が医師になったと同じ過程なのだから「貴方は医者になりなさい」と、卑弥呼の一族にそそのかされ

「はい、医師を目指します」と言った途端に、放り出されていたに違いない。 

 一族があおい君を何が何でも医師にして、この診療所に勤務させた理由となると全く分からない。

 こんな経緯で、卑弥呼があおい君や俺について詳しく知っているでもなく、卑弥呼の両親まで辿っても、その理由は分からないとマスターは言う。

 両親まで辿ろうにも、とうの昔に卑弥呼の両親は他界しているとの事情もあって、歴史的背景は不明瞭この上ない。


 バンド時代に彼が経営していたライブハウスで、初めて会ってからの付き合いだから、記憶が覚束ない俺よりもマスターの方が俺を知っている。

 恐ろしく昔からの話でも、彼なら分かりそうなのだが、ことあおい君と俺と卑弥呼一族の関係となると、モヤモヤの霧に包まれてしまう。

 言って良い事といけない事を話し分けているのか、歯切れが悪く辻褄が合わない。

 卑弥呼の祖父母か曽祖父母の代まで遡れば、真実を知る者がいないでもないのだろう。

 しかし、現代に生きるマスターの話でさえ神がかっている。

 それは同時に、神話の世界を紐解くが如き行為だ。

 明治・大正を経験した生き字引の御話を伺ったが最後、知りたい事とは裏腹に、虚偽だけが先走る証言を集め、なお整理出来ない妄想に取り付かれそうだ。

 卑弥呼の親族は田舎を嫌って都会に住んでいると聞いているが、マスターによると親兄弟ではなく親戚らしい。


 いずれにせよ、おおい君が医師になる過程まで俺に似せて行動する必要はなかったと思う。

 ただ単に卑弥呼の一族が、金銭的援助をしたくなかっただけにしか受け取れない。

 そもそも、マスターの存在が俺の中では一番の不可思議だ。

 年齢不詳、本名不明で久蔵と名乗っている。

 職歴・芸歴・学歴等々にいたっては、まったく履歴を明かしていない。

 彼について分かっているのは、二十年ほど前にライブハウスのオーナーでいて、その後イベントプロデュース会社を設立。

 同時期に主催したインディーズレーベルから、俺達のバンドもアルバムを出させてもらった。

 バンドを卒業して診療所を作る時になり、駅前に喫茶店を始めたから来いと命令されけて、どんぐりに通いだしている。

 こんな風に関わった時だけの人物像でしかない。

 裏で何をしているか知れたものではないと勘ぐっていた目の前で、取り込み詐欺を実演してくれた。


 若い頃に全国を放浪して鬼婆に出くわしたとか、似顔絵は山奥に住む修行僧が変化した仙人に教わったなどと、見事に嘘八百並べ立てた昔話しが得意な男だ。

 この歳になると、得体の知れない物を嫌と言うほど見て来た。

 それも、常人が一生かかって出くわす数百倍に廻り合っている。

 それでも、久蔵マスターの話はとてもじゃないが信じられないというのが本音だ。

 彼自身、人に信じてもらいたくて話している様子はなく、いつも笑い話として語り聞かせてくれる【大人向けおとぎ話】だ。

 そんな与太話に、目鼻を取って付けた事柄を、今になって「これ本当だから、騙されたと思って信じてよ」

 結局、騙されている気がしてならない。

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