82 どんぐり
徐々に隕石雨が収まってきたと思ったら、今度は地面が揺れだした。
大地より海底の揺れが頻繁な災害だ。
身近な者が亡くなったのに、ゆっくり落ち込んでもいられない。
小さな津波が絶え間なく続いている。
海岸近くの住人は避難生活を余儀なくされ、日増しに避難所の数が増えている。
普段なら通院の患者も、避難所生活に耐えられないと判断されれば入院させている。
海岸から離れている第一病院は、入院患者で満杯状態になってしまった。
年がら年中揺れている以外に生活環境の急激な変化はなく、かろうじて物資不足にはなっていない。
しかし、輸送路は所々寸断され、毎日停滞がつづいている。
音頭取りがいなくなった地震津波抑え込み祈祷会は、今一盛り上がりに欠けている。
ホスピスの神通力で地震津波まで収まるといいのにとは思っても、奇跡が立て続けに起こるほど自然は甘くない。
今回の超自然現象もまた、原因が不明だ。
ここまで原因不明の災害が続くと、悪魔・悪霊・怨霊・魑魅魍魎・妖怪変化・呪いだ怨念だを信じてしまうのが世の常で、噂を聴き付け礼拝堂の土偶を見に来る人が列を成している。
非科学的と言われようとも、超自然の力によって今の災難を収拾したいと、土偶を信じた祈祷会の参加者が増えるのも頷ける。
親父他界前後の隕石衝突状況を考えると、少しばかりなら期待して良い気もする。
抑えられる範囲が限られているのか、願いを叶えられる人間が限られているのか。
それとも、隕石が収まったのは単なる偶然か、いつになっても揺れが収まる気配はない。
もはや事の成り行きなど、どうでも良くなっているようだ。
土偶人気に拍車をかけた連中がいる。
ずんだもちと真迷神社の信者も加わって、一大祈祷イベントが開かた。
もはや病院とは思えぬ壮絶な景観になってきた。
ここはホスピスの中の一施設であって、開かれた宗教団体の施設ではない。
集まった人達に説明して御引取願う。
以後、ホスピスへの出入りは患者とその親族に限るとしたが、患者の親族と称する人物が急増し、見舞いもそこそこに土偶参りに勤しんでいる。
土偶の前に賽銭箱を置いたのは芙欄だ。
病院の前では土偶せんべい・ビスケット・饅頭・キーホルダー・人形・タオル・Tシャツ・ロゴ入り医薬品等々、土偶専門店が繁盛している。
オーナーは芙欄だ。
病院のマスコットキャラクターであるホワイトライオンの着ぐるみと、神がかり土偶の着ぐるみコラボが実現。
特設ステージで着ぐるみに入って踊っているのは、芙欄だ。
お馬鹿企画で盛り下がっている間にも、揺れは続いている。
い使い古されて子供だましにもならない企画でも、地震を忘れさせてくれたという点では成功とするべきだろうか。
着ぐるみがカンパ箱を持って寄付を募っている。
何の為の寄付だ。
出来る事なら、金の使い道をはっきりしてから募金活動を始めてもらいたい。
そこまでして小銭を稼ぎたいか、守銭奴!
そんなこんな終末騒ぎが広がるのと相対して、地震が収まってきた。
ホスピスの患者は、地震が始まってから何人か亡くなった。
何方の御仁徳祈祷で地震が治まったのか、見当もつかない。
行きつく果てに鎮座ましますのが土偶様と、群発地震の終焉から暫くは土偶人気が続いた。
所詮ぽっと出の一発神。
人気の陰りは聴きしに勝る早さでやって来た。
潮が引く様に土偶専門店から人影が消える。
こうなった時の芙欄の対応は早い。
病院の近くで店舗を探していた北山に、居抜きで売り払った。
北山はというと、飲食店を探していたのに土産物屋を押し付けられたと文句タラタラだ。
それでも、時折客は来ている。
まるまる大損の物件でもない。
北山の経営する店舗経費は警察持ちで、赤字は税金から補填される。
利益が有れば返金するが、それとて一定期間卑弥呼に預けて金利を稼いでいる。
自身に損害は全く発生しない。
北山の本性は、芙欄に負けづ劣らず銭の鬼だ。
病院を中心に繰り広げられるマネーゲームは、超自然現象の頻発から激化してきている。
二人にあっては、院長なんだか警官なんだか起業家なんだか、自分の立場が何であるのかさえ分からなくなってきている様子だ。
幾ら大金を手に入れようとも、災害続きで多くの物資を配給に頼っている現状では使い道がない。
ドサクサ紛れに将来有望な投資でもしているのかと思えば、二人の金は卑弥呼と遥が預かっている。
恐ろしくリスクの高い投資だ。
ハイリスクハイリターンの域を超えた投資。
ボロ儲けか総て無くなるか、両極端の結果しか待っていない。
「一度でいいから人様の御役にその金使ってみないか」
言った傍から「使い切れない程持っている奴に言われたくない」と切り返された。
忘れていた、俺の資金も芙欄が勝手に卑弥呼に預けていた。
一度は全財産を拘束された有朋も、疑い晴れて同等かそれ以上を持っている筈だ。
どうしたつもりか、相変わらず悪さを続けている。
今度会ったら、何に稼いだ金を使っているのか聞いてみよう。
事務所を建てた土地の代金も未だに払っていないようで、地主である卑弥呼とトラぶっている。
これに関してはしょせん他人事。
たいして気にもしないで過ごしている。
状況は異常でも、頭の中を平和にして日々過ごしていた。
いつの間にか、部屋に置いてあった自画像の目がしっかり閉じている。
描いてもらってから暫く飾っておいたが、似過ぎていて気持ちが悪い。
机の下に置いたまま、数年ホッタラカシだった。
噂には聞いていたが当時は気にも留めず、面白半分怖い物見たさで描いてもらった似顔絵。
診療所を建てている時、昼飯に通った駅前の似顔絵喫茶【どんぐり】で、店主に描いてもらったものだ。
絵画に描かれた自画像の目が閉じるとは実に奇怪だが、こうなってしまうと、モデルとなった人間は一週間程で御昇天の合図だとか。
まさか、そんな事はないだろうと思っていた。
実際に絵画が変化したとなると、落ち着いてはいられない。
暇を見ては顔を出していた喫茶店だが、ここの所の忙しさにかまけてご無沙汰だ。
前回マイカップを手にしたのがいつだったか、思い出せない。
昨日の事も忘れてしまう脳の事。
正確に大昔だったとは断言できないが、それにしても暫く店主の顔を見ていないような気がする。
何年振りかでどんぐりに顔を出してみると、北山の下で働いている一美・二美也・三美が、珍しく三人揃ってカウンター席に座っている。
いつも仕事前にここで食事をしている三人だ。
店主に留守を任されたのを良い事に、好きな食材でやりたい放題の食い放題をしている。
他に客がいるでもなく、店の客として唯一の俺は知り合い。
いっこうに態度を改める気配はない。
店主の所在を尋ねると、駅前に出来たマンションのどこかの部屋にいるようだ。
そのマンションなら知っている。
建てたはいいが、バブル崩壊だ何とかショックだのの影響で景気低迷が長引き、まったく売れなかった物件だ。
終いには不動産屋と開発業者が夜逃げして、競売にかかって五回目の特売の時、店主が丸ごと二束三文で買ったまでは聞いていた。
郊外型リゾートマンションの薦めなる小雑誌が届けられたが、マンションよりも自然がいっぱいの郊外に住んでいる相手に、胸張って薦めるべき物件ではないだろうと断った。




