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雲枕  作者: 葱と落花生
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81 シャーマン気取りの親父

 眠れない夜。

 ホスピスを散歩していたら、礼拝堂から何やら唱えている声がする。

 礼拝堂となっているが、特定の宗教施設ではない。

 どの神に救いを求めるのも個人の自由だ。

 礼拝堂に特定の宗教を連想させる物の設置は禁止されている。

 数少ない禁止事項だ。

 そんなホスピス礼拝堂に、例の土偶を祀った奴がいる。

 犯人が親父であるのは明らかだ。

 この期に及んで、まだ人の上に立ちたいのか。

 往生際の悪さに呆れたが、余命を考えると強く意見出来ない。


 ホスピス仲間と、土偶の前で談笑する親父。

 薬や漢方の影響があるとは言え、明るく振る舞う彼等の姿に、精神力の強さを感じる。

「この土偶はさー、人の命と引き換えに何でも願いを一つだけ叶えてくれるんだってよっ」

 余計な事を喋っちゃってんじゃないよ。

 オ! ヤ! ジ!

 親父が、ホスピス仲間と土偶に願いを唱える。

「命あげます神様ー。隕石ポツポツ止めてねー。親戚一同困ってますからー、ヨー」

 昔話で聞いた土偶伝説によれば、一つの願いは一つの命と引き換えだ。

 全員で同時に願ったら、誰の命で隕石雨を止めればいい。

 土偶さんだって分からないだろう。

 いくら末期とはいえ、ロシアンルーレットのような願掛けに命を使うとは、御手軽感が際どい。

 隕石には降り止んでもらいたい。

 止んでもらいたいが、これまで十分社会に貢献してきた余命を、ホスピスで楽しく過ごしてもらいたい余生を、なおも人の為に使い果たすか。

 元気な人に、御願いだから世界安全の為に死んでくれとも言い難い。

 だからといって、死神と取引しても良いとは、なかなか思えないのが人間だ。


 人の生きたいという思いは、どんな願いより強いと思っていた。

 医者を長くやっていると、そうとも限らないと気付かされる。

 頭の下がる思いだが、異常に陽気だ。

 シャーマン気取りの親父も異様だ。

 金属制の土偶が命と引き換えにどんな願いも一だけ叶えてくれる、これはどうせ迷信だ。

 それも、山武家だけに伝わる怪しい言い伝え。

 金属製の土偶なんて昔々にあるはずもなく、どこをどう眺めても安っぽい土産物だ。

 信じて疑わず、一心不乱に祈り上げる一団の姿は異様だが、悲しく滑稽でもある

 良い年した大人の悪戯か御遊びとでも言っておくか。

 それでも、一緒になって命がけのお祈りをするかと聞かれたら、迷わず嫌だと答える。

 心の片隅で、土偶伝説を信じたいと言うか、願いが叶ったらいいのになと思っている。

 願い事なら、何も命がけでする事はない。

 流れ星に御願いすればいいとも感じる。

 土偶などとは比較できないほど、大衆に支持されている迷信だ。

 流れ星なら嫌と言うほど降っている。

 つまり、願う対象に不自由していないのが今の難儀なのだ。

 それとも、願う対象に対し仲間の出現を否定するような願いは、はなから叶えてもらえないと判断したのだろうか。


 土偶祈祷の最中に一人倒れた。

 元々衰弱している体だ。

 いつ誰が倒れても不思議ではないし、そのまま臨終する場合もある。

 礼拝堂、今や祈祷場と化した集会場での御祭り騒ぎが、特に危険だったり健康に害があるのではないが、ヒートアップの果てにトランス状態から失神されたのでは、医院の管理体制が問題視される。

 倒れた患者が回復するまで、礼拝堂での祈祷集会は控えてもらった。

 この患者は余命二週間と宣告され、面白おかしくホスピスで二ヵ月過ごしていた。

 倒れた三日後に他界した。 

 頑張ったのに申し訳ないが、相も変わらず隕石は降り続いている。

 土偶が願いを叶える為の命ではなかったようだ。

 少々の虚無感が込み上げてくるのは何故だろう。


 人一人の命をもってしても叶わない願いが、世の中には五万とある。

 叶わぬ願いと分かっていても願うのは、万に一つの間違い奇跡で、願いを叶えてしまう人がいるからだ。

 大多数は願うと同時に、願いの実現にむけた労力を惜しまない人達だが、稀に労せずして願いを叶えてしまう。

 いくら努力しても、願いどころか最低限の生活もままならない人が、世界に溢れかえっていると言うのに、善なる者と崇められる神は、忌み嫌われる死神より人を差別する。

 宗教家は、神の成す不平等を試練と言う。

 重い病を抱え、この世に生まれ出る子供がいる。

 神は生まれたばかりの赤子にも試練を与えるのか。

 いかなる理由があって、善良な人々を戦乱の渦に巻き込まければならない。

 神が行う試練とは、人間社会では虐待・虐殺と言われている。

 どんなに贔屓目に見ても、悪魔の所業でしかない。

 悪魔と神は表裏一体。


 祈祷会が再開されると、一週間ほどして隕石被害が収まった。

 流星は数こそ減ったが、相変わらずだ。

 隕石が頻繁だった頃、こうこうと点けられていた外灯の火が落とされた。

 実害が無ければ、流星とオーロラのコラボは夜空に美しい。

 世間様が落ち着いた夜。

 親父が家族や病院スタッフを呼んで、バーベキューパーティーを主催した。

 懐かしい病院の屋上にテントを張ってと思ったが、今は消防が許してくれない。

 消防署に知り合いがいないわけではない。

 飲兵衛会の消防署員、相南に頼んでみたが、市長の息子の割には権限が無く、押しが効かない。

 結局、いつもの様に診療所の庭先が会場となった。


 相南が申し訳なさそうにA5ランクの肉を持ってきた。

 こいつの実家は畜産農家だ。

 これくらいは当然の償いか……それにしても半身は多過ぎる。

 加えてA5の霜降りは脂ばかりで美味くない。

 困ったもので、北山とクロに相南が中心となって、夜なゝ徘徊する飲兵衛会のメンバーは限度を知らない。

 特に相南は下戸なのに飲む。

 飲んで急患として病院に運ばれてくる。

 救急隊員が急性アルコール中毒で運ばれる。

 洒落にならない失態が一度や二度ではない。

 最近では同僚に迷惑をかけないよう、自家用車を救急車仕様にしていると威張っている。

 元々働く車が好きで、コレクションしているうちの一台を乗り回しているだけだ。


 案の定、勧めてもいない酒を飲んで倒れた。

 診療所のベッドに寝かせてパーティーを続ける。 

 診療所と言っても入院設備はある。

 ベット数は七と少なく、実際に入院したのは一人。

 素行が悪くて病院から追い出された、幼馴染のシャコタンだけだ。

 今は応援に来た医師の宿泊用に使われている。

 簡易宿泊施設と言った方がいいかもしれない有様だ。


 宴会は夜まで続いた。

 近所に住まう人も混じっての宴会で、大声を出したからと苦情が出るでもないが、夜更けに御開きとした。

 ホスピスの患者は、基本外泊自由だ。

 遅くなったので親父と兄姉が診療所に泊まった。

 一家が同じ屋根の下で寝るのは十数年ぶり、盆も正月もない病院生活では、なかなか会えないのもあるが、親父が俺を第一病院に寄せ付けなかったのが一番の原因だ。

 こうして末っ子が開いた薄汚い診療所に、皆が集まってくれたのは嬉しい。


 多くの難病を抱えている身だから、親不孝にも親父より俺の方が先に逝くと確信していた。

 それが、朝になって親父が冷たくなっていた。

 最後に皆で一緒に遊べた、安らかな顔のまま逝った親父の姿が気休めだ。

 昨日の宴会場が、そのまま通夜の会場になった。

 昔からそうだったが、何でも自分で仕切った親父は、手間のかからない人だった。

 死んだ後の事まで考えて、診療所で最後の夜を過ごしたとしか思えない。

 人にはそれぞれ死に対する覚悟がある。

 俺は、今からどうしようと無駄に悩む日を重ねている。

 自分の死に対しての覚悟がない。


 特定の宗教団体に所属していない当家の葬儀は、一般的な日本の儀式を想像している方からすれば不謹慎に映るかもしれない。

 通夜は当たり前にパーティー形式だし、坊さんや神父が来るのでもない。

 決まった墓所がないので、各々遺言書に好みの埋葬法を記載している。

 親父は海への散灰だった。


 海から帰った夜。

 流星とオーロラの勢いが凄まじく、又もや隕石到来かと冷着いたが、何事もなく夜が明けた。

 親父の命は隕石阻止と引き換えだったのだろうか。

 あと何日でもなかったろう貴重な残り日を、静寂の為に使ってくれたのだと、今は思いたい。 

 優しさを表現する術を知らなかった親父は、子供に優しい男ではなかった。

 それでも、命がけで俺達を育ててくれた。

 ろくでなし野郎に乾杯。

 そして「おやすみなさい」

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