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雲枕  作者: 葱と落花生
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8 診療所に群がる変人達 二

 診療所に程近い砂防・防風の松林に、国有林不法占拠居住者の村がある。

 勿論、地方自治法により定められた自治体ではない。

 自然をこよなく愛する者同志の共同体で、集落に点在する主な構造物の主材料はブルーシート。

 ここの住人は病気になると、病院近辺で行旅死亡人寸前まで粘ってから病院の前で倒れていた。

 もしくは役場の前で二三日辛そうにして、病院に運んでもらう。

 免疫低下しているので、ある程度体力が回復するまでは面倒みてもらえる。

 当然、治療費はタダ。

 形だけの請求はされるが、請求する方も取れるとは思っていない。

 最終的には、行政に面倒見てもらう形になっている。


 診療所を作ってからは、排他的自主隔離地域不法占拠居住病人のタダ受診が減っている。

 総てこの診療所の御手柄とは言わないが、少しは地域防犯の役に立っているのに、彼等の出入りを嫌う者も少なくない。

 近所付き合いを良好になんて考えていない。

 だから評判なんてのはどうでも良いのに、彼等が気を使って最近では往診を希望するようになった。

 生意気だ。

 健康保険がないから、まったくのタダ診療なのに、その辺の所を分かってくれない。

 仲間が急病の時、間違ってもこの診療所には連れてくるなと釘を刺していても、ここでしか受診できない奴もいるのは分かっている。

 海溝並に深い事情があってだろうから、詮索はしない。

 その代り、診察した患者の個人情報を本人が書いて封をして預けてもらっている。

 もしもの事があったら連絡してほしい人や、生前の悪事色々。

 内容は自由だし無記名でもいい。

 この情報をどこから仕入れたか、刑事が患者の個人情報云々と厭らしく質問しに通ってくるようになった。

 そんなこんなで、彼等には使わなくなったロッカーのカギを預け、中には秘密の封筒を入れてもらっている。

 個人の貴重品を入れても良いとなっているが、貴重品は抱えて寝ないと落ち着かない人達だ。

 大半は封筒だけが入れられている。


 生きているうち、所在が明らかなうちは本人以外絶対に開けないし開けられない。

 貸金庫のようなものだ。

 何てサービスのいい無料診療所なんだろう。

 儲かるわけがない。

 儲けがない。

 そんな辛い実情を知ってか単なる好意か嫌がらせか、彼等はよくコンビニ弁当を届けてくれる。

 当初は気が付かないで有難く頂いていたが、よく見れば賞味期限が切れた廃棄弁当だった。

 一般の患者もそうだが、何で食い物ばかりなのだろう。

 食うには困っていない。

 沢山はできないが、金もある。

 余計な心配をしてくれなくていい。

 潰瘍性大腸炎という持病で、賞味期限切れの弁当を食って食中毒になったら、大変なのだという心配をしほしい。

 それより何より、自分の心配をしろ。


病院勤めをしていた頃、懇意にしていた看護師さんが診療所を訪ねて来た。

 手術看護師の霧子さん。

 キリちゃんって呼ばれていたような、記憶が定かでない。

 彼女のいた病院に非常勤医で入ったばかりの時「ちょっと診てくれない」彼女が袖をまくったのが出会いだった。

 しっかりボコボコに殴られた跡で、痛々しく腫れ上がっていた。

 他の医師に診てもらうと、アーでもないコーでもないと小言を聞かされるのが嫌で俺を頼ったらしいが、事情を聴けば色々と言いたくなった。

 亭主は酒癖が悪くて、飲むと暴力を振るう最低男。

 それでも「腐れ亭主、いつか切り刻んでやる」と陰で言ってるだけだ。

 聞いている方が辛くなる。

 この時に、キリちゃんのキリは切るかKILLなんだと思ったような記憶がある。

 別れてしまえばいいものを、子供がいるからとか子は鎹などと言っていた。

 子供の為にも別れるべきだよと言ってやりたかったが、診る前から他の医師の小言が嫌でと切り出されて診ていた。

 何度か逃げ出したらしいが、看護師しか知らない彼女が逃げて生活をするなら、病院に勤めるしかない。

 子供が一緒なら、託児所と病院を探せばいい。

 すぐに見つけ出せる。 

 気の毒には思ったが、本人にどうにかする気がなければどうにもできない。


 半年ほどその病院で務めたが、先輩の誘いにのって別の病院に行くと決まった日「困ったらいつでも頼ってきていいからね」

 臭い台詞を残したきりになって気がかりだったが、思い返すと連絡先を教えていなかった。

 頼ろうにもこられないなと悔やんでいたら、頼ってこられた。

 あれからも何度か逃げたらしいが、やはりつかまってしまったと明るく話すから怖い。

 ここへは相当気合の入った逃げ方をしてきている。

 亭主の留守中に一切合財売り払い、二トン車一杯の荷物と一緒に、助手席で大きくなった御子ちゃまがPSPで遊んでいる。


 近所親戚とは連絡を絶ってからここに来ているので、亭主は絶対たどり着けないと言っているが、大丈夫かなー。

 旦那ってのは、確かヤクザ屋さんだと聞いている……そんな俺の心配なんか知ったこっちゃない風だ。

 診療所で手伝いをしたいとも言っている。

 どうするか、稼ぎはないし。

 食べ物ならイッパイあるが、現金はそうそうないと悩んでいたら、常勤医になった【あおい君】が、御気楽に解決策を提案した。

「私が手術のバイトをするから、お金は何とかなりますよ」

 そういえば、暫く現金に関わっていなかったが、あおい君からお金で困ったと聞いていない。

 傷物にされたから一生面倒みてもらうと言っていたが、逆にみてもらっていたのは俺の方だ。


 あおい君はチョクチョク手術のバイトに行ってた。

 看護師と一緒だと、バイト料が一杯出るのだよ。

 よく考えれば分かった事だが、あおい君はかなり計画的な人で、俺と同じ病院を転々としていた。

 キリちゃんとも会っているし、事情を知っているのは確実だ。

 初めから仕組まれてたのか、あおい君とキリちゃんでこの診療所を乗っ取る気か? 頑張って建てたのに、手作りだからねー、ここ。

 親父が家をとられたみたいに、俺もこの診療所を乗っ盗られちゃうのかな。

 恐ろしく不安になって来た。

 盗られたって、またどこかに造ればいいか。

 事故以来、被害妄想が出る。

 きっと、あおい君もキリちゃんもいい人だ、そうとでも思ってないとやっていられない。

 今夜はスキ焼だと言ってるし、台所で包丁を研いでいる。

 俺を殺して食っちまう……という計画の一環ではないだろうな。


 あおい君とキリちゃんが留守の夜。

 しょうもない患者が診療所のドアを叩きまくった。

 ここにはピンポンがないのでイラついたのだろう。

 厭らしい刑事も来ていないし、まあよかろうと入れてやったら、当の刑事が危なっかしい患者だった。

 近くに住んでいるらしく、歩いて診療所に来た刑事は、尻にタオルをあててフラフラしている。

 暗くてよく見えなかったが、中に入って来たオタンコナスのタオルから血がしたたっていた。

「床が汚れちまったじゃないかよー」と叱っていたら、失神して動かない。

 自宅で拳銃をいじっていたら暴発して尻に一発くらい、ビックリしてもう一発脚に打ち込んで……。

 公職にあるまじき行為の連発で怪我をしている。

 保険証を見れば【黒岩啓二】いかにも刑事らしい名前だー、そのままだー。

 ムカつくからクロと呼ぶ。

 近所をうろつく不細工な野良ネコと同じ扱いだ。


 失血が酷くて的確な判断能力を失ったか、まだ事情を理解していないらしい。

 ボケまくって「労災を使えないですか」と騒いでいる。

 拳銃お持ち帰りは規則違反だ。

 懲戒解雇だ、逮捕だ。

 それで良ければ保険を使ってやってもいい。

 詐欺師の時は一発だったから、二倍値を吹っ掛けてやった。

「松林の人達と御友達になって、あれこれ詮索しませんから。まけてください、先生」

 もちろん俺だって人間の端くれだ、いくら嫌な奴でも、非人道的行為の限りを尽くして、こいつを虐めたりしない。 この前だって、雑貨屋の家で甚振られ放題していた猫を引き取ってやったくらいだ。

 深夜の安眠を妨害した男でも、今は患者だ。

 このままビニールハウスのテントで、野宿しろなどとは言わない。

 滅多にないが入院を許可してやって、手首には痛みに耐えかねて逃げ出さないように、しっかり手錠をかけベットに繋いだ。

 そのうち、喉が渇いたなどと患者にあるまじき我がままを言い出した。

 昨日飲もうとして開けたはいいが、使用目的の違う製品だったのかと思えるまで酸っぱくなっていた牛乳を、尿瓶で与えてやった。

 消臭剤で取り囲んで飲ませたとしても、この臭いを安全な物だと騙すのは正気の沙汰ではない。

「最近出回っている高価な薬だ、これを飲めば楽になるから、特別に使ってやる」

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