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雲枕  作者: 葱と落花生
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79 証人保護プログラム

 医師には守秘義務がある。

 この守秘義務と言う奴が苦手で、つい義務違反をしたくなってしまうから困っている。

 そんな時は夜の星にコソッと話す。

 最近はそれが馬鹿らしくなってきた。

 何等かの変化があった様で、感動がぎこちない。

 夜空で満足できない時は、紙に書いてから焚き火に放り込む。

 曇りの夜は、パックに患者の色々を話してやる。

 ここの処夜空を見上げる機会がぐんと減っていた。

 患者に接する機会が減っていたからだ。

 忙しなく一日が過ぎ、久しぶりに空を見上げる。

 金平糖の様な流れ星がやけに多い。

 朱莉ちゃんが「一週間くらい前からこんな感じだよ」一生懸命流れ星に願い事をしているように見える。

 この分だと、願い事はいくつでも、何でも叶いそうな勢いだ。

 ついでと言っては何だが、オーロラらしき物まで発生している。

 おとぎ話に出て来そうな一場面。

 絵巻物にも似た絶景だ。

 綺麗ではあるが、異常な気象状態。

 気象衛星が壊れたか、衛星を使わなくとも見れば異常は確認できる。

「仕事しろよ‼ 気象庁」

 オーロラが現れる時に聞こえるピューとかパチパチは、地球上の人々に話しかけようとしている精霊の声だとか。

 先住民に伝わる伝説についてパックに質問してみた。

「そんなもん知るかよ」

「精霊なら妖精と同類だろう。役に立たないなー」

「一緒にするな」

 なまいきにも、いっちょ前に怒っている。

 無駄飯を食わない分、芙欄よりはましだが、いつも纏わり付いて役に立たないあたりは、芙欄より性質が悪い。

 必要な時だけ出て来てくれるようにとの条約を、頑なに拒否し続けている。

 誰にも見せられない契約書だし、守らないからと罰則がある類ではない。

 サインくらいしてもいいだろう。


 パックと対照的なのが、親父の毒牙にかかった病院の理事。 

 こちらが出した条件の合併契約書へ、ロクに目も通さないでサインをした。 

 第二病院の開院と人質事件が、世間様には逆の時期として伝わっている。

 欲しいと思ったら、山武は人を爆破してでも病院を手に入れる伝説ができあがった。

 これによって、難なく山武第三病院を開院できた。

 医療界から極め付けの危険人物と烙印を押された親父は、もはや悪魔崇拝の頂点に君臨する【生き悪魔】

 それゆえに、開院できた第三病院の開院式。

 噂など何処吹く風。

 親父はすこぶる御機嫌にテープカットをする。

 また厄介事が増えただけで、俺的にはあまり嬉しくない出来事だ。


 第三病院を開院してから流星雨が流星豪雨になり、オーロラも毎夜見られるようになってきた。

 珍しさ有難味より、恐怖が優ってくる。

 世間様ではこの世の終わりとか、月が落ちて来るとか。

 月は落ちてこない。

 互いの引力で引き合い衝突するのだ。

 結果は同じだが、もはや気象庁のレベルではない。

 世界中の科学者が、原因を探っている。

 しかし、答えは出そうにない。


 第三病院は、患者のメンタル治療重視病院にする予定らしく、豪華な設備とゆったりした病室。

 穏やかな照明に落ち着いた音楽が流され、一昔前の精神科病院とは様相が違う。

 多くの診療科を併設し、総合病院の体を成す事で、精神科受診への抵抗を極力低減する努力が伺える。

 ここの所の異常気象・異常現象で、メンタルが崩壊寸前の患者が増えている。

 オープンは、次節にビタッはまった形となり、外来患者が絶え間なく増え続けている。 

 清潔であるのは病院として当然だが、加えて美術品の展示スペースは美術館並だ。

 どこかで見た事のある絵画は、アルトイーナが地下道に置き去りにした品々で、どこからも盗難届が出されていない駄作揃い。

 明らかに窃盗団を騙す為に仕込まれた贋作だが、それでも殺風景な病院の白壁よりはいい。


 第三病院の院長には、ペロン星人から紹介された城嶋がなった。

 親父はトンネルの存在も知っていたし、簡単にシロを院長にしている。

 俺とペロン星人、そしてシロとの因縁についても知っていて当然。

 情報源はどうせあいつだ。

 今更あらためてペロン星人について親父に説明するのも面倒だし、その必要もない。


 院長になった城嶋先生。

 なかなか評判が良いのはよろしいが、一見で患者を治してしまうのには些か困っている。

 特殊な治癒能力を持っているからだろうが、あまり評判に成ってもらっては病院の取り分が無い。

 心霊治療ではないのだ。

 あの先生と話をしただけで、不安障害が治るなどとの噂が広まっているのは、いかがなものか。


 第三病院にはホスピス病棟がある。

 親父が理事になってから設置されたもので、末期癌などの終末医療専門病棟だ。

 親父は前立腺癌持ちで、切除はしたが最近になって再燃している。

 とはいえ、急激に進行する性質の癌ではない。

 癌で逝くより早く、寿命が尽きるのは確実だと言っていた。

 本人は二百才まで生きてギネス記録を塗り替える気でいるが、生への執着は尋常でないくせに、酒と煙草を止めない。

「こんなに良い物をやらないから早死にするんだ」

 医者の不養生の典型、教科書どうりのダメ患者だ。

 医者らしからぬ持論で、医学界から白眼視されている。  


 親父とて医師の端くれ。

 前立腺癌マーカーの数値を見れば、自分の症状が取り急ぎ何かをしなければならない状態で有るか無いか位は分かる。

 今日・明日の命ではないが、ホスピスは先々を考えての事だろう。

 世の為人の為ではない。

 自分が末期になったらの準備でしかないのだが、なかなか採算の合わないホスピスを設置する病院は少ない。

 親父はホスピス関係以外の患者からも、良い人と思われている。


 こんな親父がもっと良い人に思われたくて、ICPOの委託証人保護プログラム施設に、第三病院の一部貸出しを承諾してしまった。

 相手が詐欺師でも、真面に話を聞いてしまう様な御人好しだ。

 証人保護プログラムがどんなものか、深く知らずに承認している。

 国際刑事警察機構と言えば聞こえはいいが、実態は弱小の国家間連絡組織でしかない。

 ICPOが、自分達では手に負えなくなった証人を日本に押し付けて来ただけだ。

 その押し付け証人を、これまたマヌケな病院理事に押し付けようとしただけなのに「私も国際的に認められる人間になりました」遺影に向かい、長々と今までの苦労を語っている。

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