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雲枕  作者: 葱と落花生
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78 核廃棄物輸送船沈没

 二人が帰って少しすると、ヘコが宅配バイクに乗ってやってきた。

 いつもは平穏な診療所が、今日に限って妙に浮ついた訪問客で賑わっている。

 このままこの世の終焉なんて事態に発展しなければいいが、心配な一日の始まりだ。

「これからやっちゃんの見舞いに、買い取った店の廃棄分を持って行くのだがね。ちょいと積み過ぎてしまったのだよ。よかったらここにも置いて行くから、好きなだけ取ってくれたまえ」

 来るなり待合室に商品の山を作り始めた。

 ようやく起き出して来た住人は、それを見て嬉し迷惑な顔になっている。

 物を持ってくるのに廃棄分だと言う人も珍しいと皆にからかわれ、やっちゃんには廃棄食品だとは間違っても言うなと助言されている。


 どれほど多きな店を買い取った。

 こんなに廃棄していたのでは、小さな店だったら一週間もしないで捨て損赤字で潰れてしまう。

「デパ地下の飯屋そっくり買い取ったのかよ、随分とあまり物が多いじゃないか」

「デパ地下はこれからさ、今はピザとフライドチキンとアイスクリーム屋の三件だけだ」

 懲りない奴に言っても始まらない事だ。

 一度どこかで大きく踏み外してもらいたい。

「やっちゃんも誘って色々と店を買いに行くのだけど、先生も一緒にどうだい。欲しい店があったら一件くらいならプレゼントさせてもらうよ」

 恐怖を覚える程の成金野郎になっている。

「いやー、こんなに美味そうな物がたんまり有ったんじゃ、これから一杯呑まなきゃならない。行けそうにないなー」

 これから先の事を考えると、極力仲良くして置いた方がよさそうな成り上りだ。

 当たり障りの無いように断って、診療所で食いきれそうにない分は、松林の住人へ手土産にする。


 この夜、どれだけの店を買いあさったのかは不明。

 ヘコがテイクアウトの試供品だと言って、餃子やポテトフライと一緒に、ハンバーガー屋でミンチにする前の牛肉を持って来た。

 相変わらずそのままバーベキューの宴会へ走ると、いつもと違って具材がギョーザやチーズ。

 本当はハンバーグにしてもらいたかった肉と、ゲテ風に偏っている。

 アインばかりか車屋のクロまで帰って来ていて、災害が多発する以前の診療所バーベキュー宴会が再現されている感が強い。

 このままこの世が消滅してしまうのではなかろうか。

 それゆえに偶然が重なって、最期の晩餐とも思える景色になっているのではなかろうか。

 脳裏を不安がよぎる。

 もっとも、若干の不安障害を抱えている人間だ。

 こんな気分はしょっちゅうで、実際に予感が的中した事は今までに一度か二・三度か十回くらいしかない。

 この先やっちゃんは銚子に帰る気がないらしく、このままあの病院に居座る公算が高い。

 今更、わざわざ元気な入院患者を見舞いに行く気もしない。

 どうせそのうちどこかで行き会うだろうし、暇ができたら向こうから遊びにくる。

 いつもの事で、気長に待っていればいいだけだ。

 じっくり呑んで明日はしっかり二日酔い。

 一日寝込んでやる。

 見舞いやこれ以上の店舗買収ツアーに参加する気などない。

 こうして夜は更け、前後見境が無くなったヘコをハウス

のテントに寝かせる。

 腰からジャラジャラとぶら下げている店の鍵束を拝借し、合鍵を作ってやった。

 いつでもこいつの店から食い物を持ち出せる。


 数日して、野ざらしから診療所の皆に手紙が届いた。

《事件の時は随分と世話になっておいて、連絡が遅くなった事をまずは御詫びしなければならないね。あれから先生が関わっている地下病院と連携している病院へ配属になって、臓器移植を待っている人達の助けになれる機会があった。それもこれも、君やヘコ君が影で動いてくれた事だろう、感謝する》

 他にも好き勝手に色々と書いてあるが、何の事だか理解に苦しむもので、あおい君に「どうなってんの?」と訊ねると「総てがいい方向に向いているって事ですよ」で終ってしまった。

 問題が無いのであれば、細かい事は気にしないでいるのが一番だ。

 適当に理解したふりをしてやった。

 会話が終わるやいなや、今度は朱莉ちゃんが写真週刊誌を持って来る。

「ねーねー、ヤブー。私とアインとクロちゃんがねー、週刊誌に載ったのー、見てー。他にも、テレビの人とか新聞の人も来たんだよ」

 何を言い出すかと思えば、写真誌に載ったのか、まさか半分エロイとか全部裸の写真ではあるまい。そうなってくるといささか興味がないでもないが、生活指導責任者としていかん事態でもある。

 慌てて写真を見ると、港屋の海岸で猫に軍服を着せ、サバイバルの訓練をさせている。

 その昔、猫に学生服を着せた写真が売られてヒットしたが、この手の作り物は今でもうけるらしい。

「よかったねー。でもさ、あんまり猫をいじくって苦しい思いをさせちゃ駄目だよ。適当にいたぶったら解放してあげなさいよ」

「はい! 了解しました隊長殿ー」

 カキッと敬礼をして外に出て行くと、その先にはアインとクロが待っている。

 どれだけ美味い飯で仕込んだんだよ。

 そこそこなついて何時も一緒いるのは、でたらめに虐めているのではない証拠だ。


 なにはともあれ、久しぶりに穏やかな朝のアニメタイムだ。

 テレビのスイッチを入れると、番組の予定を変更してどうのこうのと始まっている。

「昨日から臨時ニュースでアニメやってないよー」朱莉ちゃんが前の空き地から教えてくれる。

 元々の筋が設定を変えての繰返しだったので、これからどうなって行くかはおおよそ見当のつくストーリーだったが、臨時ニュースが立て続けで話しが先に進んでいない。

 先の山武第二病院占拠犯が核の強奪を仄めかしたのを受け、陸上輸送から海上輸送に変更されていて、この核廃棄物輸送船が何等かの理由で沈没したらしいと……病院人質事件が解決して久しく、記憶も薄っすらしかけているのに、終わった事件までぶり返し放送している。

 悪意の第三者による攻撃ならば、病院の立て籠もり犯は核強奪に利用されていたのだろうかとも思える。

 核は強奪されたのか、調査に潜水士が潜るには水深が深過ぎる。

 潜水艇を待っている様子だ。

 自衛隊のヘリが撮影した映像を、繰り返し流している。


 現場海域には放射能漏れの危険があるとして、一般の船舶はおろか報道関係者の船も近寄れないでいる。

 引上げの準備が整うと、調査状況が写し出された。

 遙の研究所からもサルベージ船と潜水艇が向かっているとかで、俺にも御誘いが有ったが嫌なこった。

 何の因果でそんな危険海域に招待されるのか、医者が必要ならもっと優秀なのが五万といる。

 そいつらを連れて行けばいい。 

 俺より優秀であればいいのなら、日本の殆どの医者が候補者だ。

 選り取り見取り状況で、何が悲しくて最悪の人事をする。

 それにしても、未来科研はどれだけ設備機器を持っているんだろう。

 小国の軍隊顔負けの装備だ。

 真意は別として、表向き平和第一主義の日本国政府が、あれだけの民間武装を許可している。

 許可を取ってないとしても、政府が非常時に助けを求めているのは紛いなき事実。


 核廃棄物を積んだ船の引き上げが完了すると、船倉に大穴が開けられた。

 超さの結果、高濃度核廃棄物だけが紛失していた。

 高濃度核廃棄物を手に入れても、核兵器は容易く造りだせる代物ではない。

 手っ取り早く混乱を招こうとしたら、汚染爆弾を作るはずだ。

 街中をパニックに陥れるのが一番効果的なテロだ。

 精々脅迫に使う程度だと噂をしていたら、脅しが入って山武第二病院の占拠犯全員釈放が要求された。

 この後、釈放された占拠犯達が南米に飛んだまでは追跡したが、そこから先は行方が解らない。

 ペロン星人か15号に頼めば一味は見つけられるが、遙を経由しなければ誰にも教えられないのが現状だ。

 情報と引き換えに、政府とどんな取引に利用するか知れたものではない。

 自分が世界平和に貢献するなど、大それた気持ちは毛頭無い。

 ただ、人が知りたい情報を手に入れてしまうと、黙っているのが罪に思えるのは何故だ。

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