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雲枕  作者: 葱と落花生
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75 飲兵衛祭の公開処刑

「先生、明日の晩から呑兵衛祭りが再開するのを知ってるだかね」

 たらふく食ったら、今度は呑むの方に興味が向いた模様の爺婆。

 災害が頻発して中断していた祭りが、復活するから呑みに行こうとの誘いだ。

 毎日どこかで飲んだくれが行き倒れている地域で、過去にあった大飢饉や世界大戦の時でさえ絶えなかった祭りと伝承されている。

 頻繁に起こる天災の影響で、ここ一年近く開催されていなかった。

 災害のはけ口が、この地域から他へ移動して、以前ほどの勢いがなくなってきたからの再開だ。

「主催者からの発表があったんだべよ」とか言っているが、昔から百二十年に一度の磯神大祭に向けて開かれる回り持ちの祭とされている。

 誰が祭りの順繰りや開催神社を指定しているのかは、まったくの謎だ。

 そのまま再開理由を信じていいとは思えない。


 信じられない理由は他にもある。

 磯神宮としている【宮】なのだから、天皇家由来の神殿かと思っていた。

 それが、大昔に御三家の一である磯野の家が、陰陽師として関わっていた程度で、大それた所縁があるのではない。

 宮そのものが、大嘘で出来上がっているようだ。

 しかし、どの道ただ酒の振舞が続く。

 呑兵衛の地域住民に歓迎されている祭だ。

 二十年前に開かれた大祭では、磯神宮の御籠り堂にいた磯一族が虐殺され、その場にいなかった数人しか生き残れなかった。

 祭りはとっくになくなっていると思っていたが、卑弥呼の神社へ行った時に、まだ続いているのを知った。

 嬉しく思ったのもつかの間で、その後の災害続きで全く祭りの話が出てこなかった。

 今度こそ絶えたと思っていたが、なかなかどうして、しぶとく続けられている祭りだ。


 翌日。早速ヘコから礼だとして、買い取った店の長が直々、診療所へピザとフライドチキンとアイスクリームを届けてくれた。

 これらの店の従業員も、とんでもない奴を社長に持ったものだ。

 気の毒に思ったのは俺ばかりではない。

「可哀相に」キリちゃんが涙ぐんでいる。

 年のせいで涙腺がゆるんだか。


 診療所を開けると、久しぶりの祭だからか、いつもなら開くのを外のベンチに座って待っている年寄り連中が一人もいない。

 祭りが理由で来なくて済む程度なら、病人とは言わない。

 そんな患者達が、暇つぶしに寄り合っているおかげで続いてきた診療所だが、なんだかとっても複雑な心境だ。

 毎回の事で、祭りの時に急患が出るのは神社辺りに限られていて、原因の九割が急性アルコール中毒。

 毎日どこかで開催されている祭りだ。

 通年ならぼちぼち人の出入りが有るものでも、長く行われていなかったから抑えが効かなくなっている。

 どうせ今日は診療所を開けていても、猫の子一匹やっては来ない。

 下げる札を【本日休診】にして、開けた戸をそのまま閉じた。

 何日かしたら落ち着くだろうが、それまでは診療所も人の動きに合わせて開け閉めするしかない。

 午後にちらっと顔を出して、祭りのただ酒を呑めるだけ呑み、夜はぐっすり休日にしてやろう。


 下ごしらえに励んでいると「今夜はクランク商事の会長を招いて特別演劇の公演があるから、夜には君も祭りに来てくれたまえ」ヘコから大上段目線の招待を受けた。

 クランク商事の会長が何者か分かった時にヘコが「何かあったら僕に言ってくれれば解決します」と言い切ったのは山城親分に伝えてある。

 何かあってもなくても、山城親分が下す結論は同じだ。

 今日の舞台に会長を招いてあるなら、何等かの計画があっての演劇だと察しがつく。

 どんな指向かは想像できないものの、悪趣味な変態で規格外の常識外れが仕切っている。

 人間性の欠片もない結果が待っているだろう。

 医師として人として、見聞きするに堪えない残虐な仕打ちならば、見て見ぬふりをする。

 生温いようなら、追加の虐待を提案するだけだ。

 下地もそこそこ、昼寝して気軽に夜の舞台見物に出かけた。


 毎度ゝの事ながら、まだ薄暗くなったばかりだというのに、御神木の回りには呑みすぎてひっくり返ったのを寄せ集め、何段もの人間ビラミットを作ってある。

 一般的な人類をこのように扱ったなら、おおむね最下層の者は圧死しているところだ。

 ここに積み重ねられているのは、ペロン星人のようだ。

 誰が一般人と異星人を見分けているのか、実に不可思議な景色になっている。

 舞台の前では、まだ呑み足りない酔っ払いが、大口を開けている。

 巫女が柄杓ですくったどぶろくを、一気に飲み干す。

 息つく暇もなく呑み続けているのだ。

 あいつらの肝臓は深海ザメ並に巨大化している。

 ひょっとしたら、ペロン星人とは別の、人間に酷似した生物かもしれない。


 子共達で賑わう夜店の間をノターリゝ徘徊していると、ヘコがどさくさ紛れに買い取ったビザ屋の広告看板が立てられていた。

 おやおや、随分と宣伝熱心な事だと注意して見ると、いたるところに奴が買った店の看板が立てられている。 

 舞台の袖を見れば、カメラや音声に照明。

 中継のセッティングが始まっている。

 この先何を企んでいるにしても、看板が意味するところは、銚子火山噴火の時に組んだテレビ局と絡んでの一儲けだ。


 さて、これよりいよいよと言う頃になると、舞台の周りに集まって来た人達に、店への地図が載ったちらしを配り始める。困った奴だ。

 つまらない仕掛けで自分の店を宣伝しておいて、会長の処分を蔑ろにしたのでは、今度は山城親分がヘコをターゲットに動き出す。

 ヘコも分かっているはずだ。

 いい加減な仕事でお茶を濁すような真似はしないだろうが、いかんせん三枚におろされても死なないと思い込んでいる。

 この先の成り行きが心配になってきた。


 舞台の準備が完了すると、有朋が会長を案内して貴賓席に座った。

 すると、さっきまで御神木の根本で重なっていたペロンの連中が、音もなく貴賓席をじわじわ取り囲んでいく。

 会長の取り巻きはどうした。

 舞台が始まっても、ホディーガードはやってこない。

 ちょいと回りに目をやると、警護の為に手配されたクランク商事の若い衆が、一人二人と暗がりに引き込まれて行く。

 演劇の内容は、クランクの会長がしでかした悪事の暴露で、会長の表情が次第にこわばってきた。

 劇に嫌悪しているばかりで、周囲の異変には気づいていない。

 よくできたもので、劇に合わせて会長の回りに立体映像化された港屋の若旦那や獣医が、幽霊のようにふわふわしている。

 これに驚いた会長が、ついに化けて出られたかとあたふた。

 その場から逃げ出した。


 駐車場に走って行く所々で会長が転ぶと、必ずそこにはヘコが買った店の広告看板がある。

 単なる偶然とは思えない。

 注意深く観察すると、居合わせたペロン星人が足を引っかけたりロープを引いたり、会長を転倒させている。

 そして、その場にはもれなくテレビの中継クルーがカメラを構えて待機している。

 怒る気にもなれない。


 会長が車に逃げ込むと、舞台に大型のモニターが現れ、車に搭載した隠しカメラが車内の様子を映し出した。

 センサラウンドの臨場感が、いかにもドキュメンタリー。 贔屓目に見てやっても悪趣味だ。

 会長ばかりを脅す仕掛けと見ていたら、走り出した車の助手席には、化け猫が現れて運転手を脅し始める。

 どのように撮影しているかは不明だが、車の外からの情景も映し出してくれる。

 さながらテレビドラマの逃走シーンで、やっちゃんが逃亡者となった時より緊張した画像が続く。

 フッと画面が一瞬途切れると、車は一気に屏風ヶ浦のキャベツ畑前へと移動している。

 ここまでくるとこの先は完全にドラマで、ライブ映像ですとのテロップは流れているが、それを真に受けられる状況ではない。

 おおかた会長はある程度脅して、山城親分に差し出すつもりでいるのだろう。


 このまま中継が尻切れトンボになっては、見ている人に悪いと思うような奴ではない。

 ヘコは観衆を画面に釘付けにして、自分の店をこの後も宣伝しまくる予定でいるはずだ。

 案の定、断崖絶壁に表れてあたふたする運転手と、動揺して後部座席からハンドル操作をしようと身を乗り出す会長の顔が、激しい動きで本物か偽物か見分けられない。

 おやおやワーワーと観客がやっていると、勢いづいた車は真っ直ぐ屏風ヶ浦の海へ死のダイビング。

 スーパースローで落ちて行くと、ゆっくり沈む車中の二人は、既に落下の衝撃で意識を失っている。

 ジワジワ水が浸入してくると、意識を取り戻した会長が水の中でもがき始める。

 こうなってはどうする事もできない。

 完全に海に飲まれ、一・二分ジタバタして、その後はフワーリ車内で水の動きのまま体を任せた。

 完全なる死が彼を包み込み、波が抜け殻をもてあそんでいる。

 生温い磯の風が、ぼんやり伝わって会長の絶命を知らせる。


 身を斜にして屋台ののれんをくぐり抜ける山城親分の姿が、この目に入ってきた。

 もう九十にもなろうという爺さんが、呑んだくれ祭に来るとは。

 まだまだ元気なものだと感心したが、よく考えてみればここは親分の島だ。

 的屋の割り振りから祭りのいざこざ収めまで、一切合財のまとめ役だった。

 来ていて当然の人間ではあるが、いまさっきヘコが会長を連れて行ったとばかり思っていたので、こっちとしてはどんな塩梅か気にかかる。

「親分、さっきヘコがクランクの会長を連れて行きませんでしたかるこんなところで焼ハマ食ってていいんですか」

「おお、何か勘違いしてるようでやすね。奴は見たとうり沈んで行きやしたよ。先生こそ余計な心配しないで、ゆっくり遊んで行っておくんなさいよ」

 こう言い、若衆と一緒に隣の屋台へ顔を向ける。

 ここまではっきり公開処刑を認められてしまうと、後から何も聞けない。

 裏事情を知った上で、今夜の演劇が会長を地獄へ突き落すための仕掛けだったと分かると、自分が死刑執行したようで気分が落ち着かない。

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