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雲枕  作者: 葱と落花生
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74 自衛隊がテロリストの逃走に協力

 報道では、逮捕された二人が警官を人質にとって逃げているとしているが、ヘリからの画像にチラリ映った運転手は警官で、誰かから脅されている風ではない。

 元不良の警官君が、昔々のよしみで警官職を振って、やっちゃんを逃がそうとしているようにしか見えない。

 しかし、逃げたはいいがそのまま海岸に出てしまって、行先が海になるのは分かっている。

 このまま全員再逮捕の御粗末となるのは確実、変に助けようなどと思わなければ良かったものを、と……。

 上空からの画像が海岸全体を映し出すと、噴火の時に仮設道路として敷き詰めたのか、砂地には鉄板が置かれていて、先には長くはしけが伸びている。

 はしけは自衛隊カラーの上陸用舟艇に繋がっていて、船には船体番号が白く書いてある。

 ガムテープで隠していたのだろうが、海水に洗われて半分ばかり剥がれている。

 調べれば所属部隊までバレバレだ。


 どんなに鈍い人間にも、逃走を自衛隊がほう助しているのが分かってしまう状況になっている。

 騒ぎを起こしておきながら、正体を隠す努力をしていない。

 むしろ世間様に「私達がやってまっせー」と宣伝しているようにも見える。

 護送のパトカーがはしけに乗ると、他の車が遠慮も用心もなく追随する。

 上陸用舟艇にやっちゃんを乗せたパトカーが入った途端、繋いでいたワイヤーが切られた。

 はしけがバラバラになって、乗っていた車達が漂流し始める。

 そうなったところで、やっちゃんと城嶋が車から降りてきた。

 漂流中の追手に手を振って、別れを惜しんでいる。

 紙テープの一本も投げてやりたい光景だ。


 この場面を最後に、突如中継画像がなくなった。

 自衛隊が絡んでいるなら、中継のヘリを撃ち落したか? 

 まさか、民間人まで巻き込みはしないだろうが、やっちゃんと自衛隊に共通する知人である遥ならやりかねない。

 千葉テレビのニュースでは、やっちゃんと城嶋が最重要指名手配犯とされている。

 ところが、全国ネットのテレビでは、この件に関してまったく報道されていない。

 指名手配にしておいて、報道規制でもあるまい。

 千葉だけの事件とするには、あまりにも事が大げさに成っているのに、どの局も災害のニュースを流すばかりだ。 ローカル局扱いで終わっている二人に、若干同情する。


 報道の影響ばかりとは言い切れないが、事件に対する世間の関心は希薄なものだ。

 のそのそとしか進めない船で逃げた二人を、ヘリが追跡する事もない。

【いぜんとして犯人の足取りはつかめず、手がかりのないまま逃走中】

 昨夜のテレビニュースで、三秒ばかり二人の顔写真が映されたきり。

 大事件そのものがうやむやにされたまま、三日目の朝になった。

 死刑確定の逃走犯だ。

 城嶋はうっかり俺に連絡してくるような真似はしないだろうが、やっちゃんなら山城親分に何かを伝えていそうだ。

 珍しく政府御墨付きの国内テロ事件主犯ともなると、あちこちの電話は盗聴されている。

「あの馬鹿は今どうしていますか」などと、こちらから組に電話で問い合わせるのも危険な気がする。


「親分、やっちゃんは今どうしてますかねー」

 誰に聞かれても俺は一切関わっていないし、人質を取って逃げている事など知らないといった雰囲気を体全体からかもし出し。

 山城の家を訪問してみる。

「あいつの事だから、どこかで適当に生きてますぁー」

 これまた親分も何を警戒しているのか、正直な答えを返してこない。

「貫太郎君、君なら奴の居所知ってるかなー?」

「兄貴なら指名手配食らって逃げてるって噂です。おいらはニュースとか新聞で言ってる話がチンプンカンプンの人間ですから。正直、有名人になった兄貴はかっこいいです」

 何が可笑しいのか、笑いを堪えて引きつった顔で言い終わると、まったく新聞とは縁の無い俺の前に、今日の新聞をバサッと置いて部屋を出ていく。

 こいつは昔からこうだったが、この期に及んでもまだ世の中に垂れ流されている情報は、極めて無責任な物だと思い込んでいる。

 正確且つ公正である報道が、悪だと伝えた犯罪者を尊敬するかの発言をしておいて、当然といった風にしている。

 滅多に読まない新聞だが、目の前に置かれるから少し気になってパラパラめくって見る。

 と、三面のそのまた裏辺りに、やっちゃんと城嶋が逃走犯ではなく、世界を救ったヒーロー扱いの記事がちっこく乗っている。

 どんな仕掛けか皆目見当もつかないが、山城親分が影で動いて何かやってくれたらしい。

 つい昨日までの凶悪犯が、英雄になったのだから、これで良いのだとしておいてやろうか。


 キツネにつままれた気分で診療所に帰ると、近所の爺婆に混じって北山とクロまでテレビに見入っている。

 今度は何事が起きた。

 烏合の衆に加わると、テロ事件の最中にいた新聞記者の記事が火元になって、千葉では辺りかまわず暴動や略奪が発生している。

 ? と、アナウンサーが繰り返している。

 その記事なら山城組で見たから知っている。

【政府関係機関が事実を隠し、二人をテロリストに仕立て上げた】といった内容の記事だった。

 これだけの大事件なのに、騒ぎが千葉県内だけに納まっているのは不思議なくらいだ。

 このままでは、半月もしないで世界中が混乱の渦に巻き込まれそうな勢いらしい。

 やっちゃんと城嶋の指名手配が取り消されたのは大変喜ばしい事だが、二人の冤罪を晴らしたばかりに、世界が崩壊したのでは何の為の報道だかわからなくなってくる。


 世情に疎い者だから「これからどうなるのかなー」あおい君に聞いてみれば「核戦争になっても、シェルターがあるから大丈夫ですよ」 

 いとも簡単に、自分達だけが助かればそれでいいといった結論を出してくれる。

 このままではいかんだろう。

 ペロン星人に地球防衛軍でも作れと電話したら、繋がらない。

 ここのところの忙しさにかまけ、電話代の支払いを忘れてしまったか。

 あおい君のスマホで、遥やヘコにもかけてみたが「現在お客様の都合で……」となる。

 あいつらも電話代を支払っていないのかよ。

 金はしこたま持っているのに、払ってやればいいだけだろ。

 それよりも、電話より優れた通信機器を常に使えばよさそうなものだ。

 などと思いふけっていると「昨日から、みんなの電話が変になっちゃってるんですよ。電話屋さん、つぶれちゃったのかしら」キリちゃんが大胆な疑問を投げかけてくれる。


 電話屋が倒産したか夜逃げしたかは不明だが、診療所周辺が災害の巣窟になりだした辺りから、世界の自然が激変しているような気がしてならない。

 こんな騒ぎの中。

 いつでも平和なヘコが、ピザを持って診療所にやってきた。

「今度、このピザを焼く店を買い取ろうと思っているのだけど、どうかなー、一つ味見してみてくれたまえ」

 持ちなれない大金を持った勢いか、やけに景気のいい話になっている。

「なんで俺にピザの味見をさせるの、たいして味覚に自信はないよ。舌の味覚神経は三分の一麻痺してるから」

「君は自宅にピザ窯を持っているくらいだから、かなり詳しいだろうと思っていたのだがねー、見当違いだったかい?」

「大いに期待外れだったねー。ありゃ、潰れたピザ屋の店主からもらい受けた物でさ、特にイタリアンにこだわっているなんてのはないんだなー、これがー」

「なーんだ、他の人に聞けばよかったよ」

 言い終わると、持ってきたピザの箱を閉じて帰ろうとする。

 ひっぱたいて、もう一度テーブルの上に広げさせた。

「何も、俺が知らないからって、引き上げる事ないだろ。ここに来る連中には、一流どころのシェフだった爺もいるんだ、とりあえず待っていろよ」


 いつもは「病気でもないのに来るんじゃない」と追い返す程度の付き合いしかない爺婆だが、こんな時にこそ役に立ってもらいたい。

 ホームにヘコ伝令を走らせ、呼び集めてみる。

 見かけは年寄りだが、体力と食欲は十代のまま保っている。

 土産に持ってきたのは、すぐに胃袋に収まって味がどうのの話にならない。

「こればっかりじゃ、何食ったんだか分かんねえべ」

 おおかた全員の意見をまとめるとこういった感じで、急遽、店から配達されたピザの総量が六十八枚。

 店のメニューにある総べてで、これを一枚残らずたいらげたのが僅か十五人ばかり。

 慌てて、あおい君が消化薬の処方をする。

 いくら評判の悪い診療所でも、このままここで十人からの年寄りに食い過ぎで死なれたのでは立ち直れない。

 ピザの味は合格し、ついでにあっちのフライドチキンが旨い、こっちのアイスクリームは絶品といった情報まで仕入れて帰った。

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