72 ヘコの無茶な投資
「お前ら、何しに来たんだ? 見学する気があるのかないのか、ここでしっかりはっきりしてくれないと、俺にも立場ってのがあるから」
呑んで食ってが嫌いではないから、誰にも聞こえない程度の小声で意見してやって、あとは流れに任せてみた。
少しして、野ざらしが連れて行く医師と看護師もやって来た。
大所帯の宴会騒ぎに様相が変わってくる。
二・三時間ジュージューやっていたら、小型の飛行艇がやってきて「俺も仲間に入れろ」と始まった。
こいつは港屋で酔っぱらって飛行艇を乗り回していた奴で、なんでもありの無茶な運転をする。
ここで呑ませてしまっては、診療所どころか周辺ぐるっと廃墟にされかねない。
「ちょうどいいかげんの頃合いだから、そろそろ見学会に出発した方がいいんでないの」
それとなく危険信号を発信すると、他のペロン星人も納得した。
飛行艇で来た奴を残して、出発すると提案してくれた。
一人ではいかに宴会好きの男でも、大馬鹿やるまで浮かれて呑んだりはしない。
朱莉ちゃんが「しっかり見張っているよ」留守を守ってくれる。
正確な位置情報が漏れてはいけない。
乗り込んだ者全員がアイマスクをさせられたが、もとより窓のない所に入れられ空を飛んで行く。
場所など分かろうはずがない。
それよりも、こいつらはこの宇宙船が自衛隊の最新鋭機だと信じて疑わない。
医学以外は頭の中が、アニメ好きの幼稚園児と変わらない。
ついでに引き込まれた俺は、病院の中を見学する気などない。
着いたらまっすぐ地下の飲み屋街に向かった。
すると、一緒に来た連中も地下にやってくる。
一番の性悪が野ざらしで、診療所で下地をしっかり作ってあるから勢いが違う。
一杯飲んでは「次行ってみよー」一同を引き回し、はしご酒で盛り上がる。
これまた付き合いがいいのばかりで、輪をかけて盛り上がる。
病院の見学どころではない。
しまいには究極の歓楽街へ入り込んで、怪しくもふざけたショーパブに入った。
店内では、銚子で火山が噴煙を上げている中、大型バイクで救助活動をしていた連中が踊っている。
ここで歓声を上げているその声に、聞き覚えがある。
「おんやっー」そちらを向くと、ヘコがシャコタンの黒猫を伴って豪遊している。
限られた客しか来ないからいいのか、飲食店で猫が酒を飲んで浮かれている姿は、舞台のショーが霞んで見える光景だ。
「おやー、先生じゃないか。ずいぶんと変わった所で出会えたものだねー」
自分で手配していたのだ。
野ざらしが来るのは先刻承知なのに、すっかり出来上がっているのを発見して、ヘコが高価な酒をすすめる。
「こいつはこれから病院の見学に行くんだから、あまり飲ませちゃだめだ」
代わりに俺がそいつを受けて呑んでやる。
「そうだよね。これからはこんな医学の時代だから、しっかり学んでおくといいのだよ。ところで、山武先生は暇してるようですね。どうですか、これから僕が買った高級菓子の工場を見学に行きませんか」
買ったと言うからには金を出している。
リゾートへの出資で稼いたか。
ならば少しばかりの配当があってもよさそうなものだが、そんな話はおくびにも出さない。
「うっかり聞きそびれていたが、リゾートはどうなってるんだ。潜入どうのこうのやっていた野ざらしも帰ってきたんだから、テロ事件の詳細が分かったんじゃないのかなー?」
「その件なら片付いたのだよ。リゾートは一旦僕がもらう形にして、その後は金だけ抜いて捨てるつもりなのさ。誰か拾ってくれる人はいないかねー。なんだかめんどうくさくて、あの手の施設はどうも好きになれないのだよ。だーよ」
好きになる以前の問題で、他人様の施設や金を好き勝手いじくっておいて、最後に捨ててしまうつもりでいる。
底なしの悪党だ。
「山城の親分にって言ったじゃないか。忘れちまったのかよ」
「それは言ったのだけどね。それより闇カジノにした方が儲かるって言いだして、困った爺さんなのだよ」
「だったら、せっかくの施設なんだから、地元の観光組合にでも寄付したらどうだ」
「そっちは人手がないのさ。いろいろと騒ぎがあったろ、それで働く人もいなければ遊ぶ人も減ってしまってね」
地震だ噴火だテロだと、この世の災難をすっかり請け負った地域になっている。
もっともな理由だ。
「人手なら山城の若い衆が銚子にいるだろう。名義は親分にして、管理を観光組合にしてもらってはどうかな。人がいればあれだけの設備を備えた施設だ、地元でも使い道を考えてくれるさ」
「なるほどね、それも一案だ。帰ってから観光組合と相談してみるよ。今や風前の灯みたいな団体になっちゃってるけどね。一つ、これからの展開も知らせて安心させてやりたいと思っていたところさ。いい考えを聞かせてくれてありがたいのだよ」
拙い考えに「ありがとう」は嬉しいが、手に入れた菓子屋の工場とは何ぞや、話を元に戻してみると、妙な事になっている。
「それはそれで置いてもいいけど、菓子工場ってのは何よ。みんな食うのに精一杯の御時勢に、今更高級菓子はないだろう」
「んー、そうとも考えたのだけどー、安かったのだよ」
安ければ何を買ってもいいってもんじゃない、金の使い方が今までと違っている。
まったく配当の話しが出て来ないから、利益還元なくして全額使いきる気でいるのではと心配になってくる。
「おまえさ、リゾートで幾ら儲けたの」
「大それた収入にはなっていないよ、僕もはっきりした金額は分からないのだけど、確か二百億とかって額になっているはずだなのよ。僕はその一部を受け取っただけだから、小さな工場とか飲食店を買い取る程度しかできないけど、君の出資は大きかったから、今回の事業では半分ばかり受け取っている事になっているよ。卑弥呼さんの試算だから正直には受け取れないけど、連絡は受けていなかったのかい、もっとも、君にとって百億程度ははした金だから、知ったからってどうって事ないだろうけど、何に使うかね」
何に使うかと聞かれても、こんな時代に金の使い道などない。
「放って置くよ。金の使い方を忘れちまった」
「それはまた、タマゲタ態度に出て来たものだ。医大の踏み倒した借金でも返したらどうだい。大雑把に考えても在学中にかかった二千万に一年複利が十四パーセントで三十年となると、少なくない金額になっているのだろう」
「そう言われてみれば、そんな事もあったかなー、他の借金取りと一緒で、随分と前から督促状が届かなくなってるから忘れていたよ。催促されてないから、チャラになったんじゃないかな。払う気なんかないし」
「まあいいか。君のお金はしっかり国家の役に立っているようだし、こんな話しをしているより、僕の工場を見学してくれたまえ。実は僕もまだ見てないのだよ」
小さいとはいえ工場一つ買っておきながら、事前に見ていない。
無茶な投資としか思えない。
たいして行きたいとも思わないが、僅かばかりの投資と思っていたら、卑弥呼が勝手にやっている俺の金いじりを使って資金を膨らませてくれていた。
このまま「はいさようなら」と無下にしてやるのはちと可哀想だ。
この先どれだけ長い付き合いになるかは知れないが、高級な者には縁がなかったから、その菓子とやらがどんなものかも見てみたい。
工場見学に参加してやるとしたが、菓子の善し悪しが分かる人間ではない。
アドバイザーはいないか考えていたら、酒癖の悪いペロン星人から解放された朱莉ちゃんが、黒猫を探して店に入ってきた。
未成年者やそれに近い人間が、客になってよろしい店ではない。
しかしながら、菓子工場にはうってつけの人材だ。
「駄目だよー、こんな店に入ってきちゃ。ヘコ君がね、御菓子工場を始めるんだってさ、これから見学に行くから、一緒に行こう」
何の気なしに発言したのが、舞台の連中に聞き取られていた。
「こんな店で悪かったわね。こんな店で大はしゃぎしてたのは何処の誰よ。だいたいあんた、この娘を誰だと思ってるの。この店の……あらっ?」
こっちを向いて怒り沸騰の表情だったのが、急に態度を変えて「行ってらっしゃいませー、御主人様ー」
全員で店の外まで御見送りをしてくれた。
「どうしちゃったの?」
事情を知っていそうなのはヘコだけと思えた。
直接質問してみる。
「僕があいつらの心の内まで知っているはずないだろー」
「それもそうだ、まあいいか」
よくはないが、彼等か彼女等かの怒りを買って生き絶え絶えにされるより、訳の分からない方がまだいい。




