71 不安な医学界
俺達はというと、自衛隊のヘリで診療所まで送ってもらったが、朱莉ちゃんだけは宿に残った。
どこが面白いのか、今回は長逗留の予定とみえて、みんなから赤チンと呼ばれている俺の秘密を垂れ流した泌尿器科の女医が「朱莉ちゃんの事はまかせといてー」軽く請け負ってくれた。
あんな奴と一緒になって遊んでいると、絶対に不良になるのに母親が「この騒ぎで学校がお休みでー、講義しないでいるから暇なのよ」放任姿勢を崩さないでいる。
グレちゃったら親の責任だ。俺が悪いんじゃない。
このように酷く心配した時を何日か過ごすと、朱莉ちゃんが変化なしの状態で帰ってきた。少し安心。
「ヤブは未来予想の情報を売らないの?」
帰ってくるなり唐突な質問をする。
見た目は以前と変わっていないが、中身が幾分異なっているようにうかがえる。
「その未来予想ってのが何だかも分からないんだから、売りようがないわな」
「それもそうだねー。あのね、ぺロンさんがね、これから先に起る災害なんかの予想を出しているの。それをね、有朋さんがね、アメリカで売り出して、そんでね、不安をあおってシェルターを売りまくってるの」
どこからそんな危ない事情を聴き込んだんだよ。
ペロンも有朋も、死の商人を飛び越えた悪魔になったね。 地獄行き決定の商売に走っている。
「あんな連中と関わっちゃだめだよ。とっても悪い人達なんだから」
「ん、分かってる」
本当に分かっているのかい。
適当に返事をしているだけじゃないか。
とにかく、素直が怖い娘だ。
一旦静まっていた銚子の火山活動が、帰ってきてから一週間ほどで激しくなって、避難区域が急遽広げられている。 広げられた地域は、すでに警戒区域に指定されていたから住民は避難した後で、やっちゃんのERに運ばる患者は少ない。
改めて応援の要請はなかったが、一応念のため山武病院の手伝いには出ないで待機していた。
すると、テレビでは銚子警察署でテロ事件が発生して、署長や警官が次々とさらわれているとの報道が始まった。
こんな大変な時にテロとは恐れ入った事件だ。
第二病院や銚子警察署と、千葉ばかりでテロとは世の中変わったものだ。
どうせやるなら人がいっぱいいる東京でやればいいのに、つまらないところでひいきにされている。
大変な事になってしまって、銚子の連中はどうしているか気がかりだ。
ちょいとヘコに電話して、ようすを聞いてみる。
ヘコは過激な危険地帯でも平気で入り込んで行く野次馬で、こんな時には戦闘地域に一番近いところで見物する。
テレビの報道を見ているより、確実な情報源になる。
「おっどろいちゃったねー。どうなっちゃってるかな、まさかお前は絡んでないだろうなー」
「誰が驚いたんだい?」
いきなり頓珍漢な、質問に対する質問が返ってきた。
「俺だよ。他に誰が驚くんだよ」
「君がニュースを見て驚いたのだね」
「そうだよ、これを驚かないなら何に驚けばいいんだよ」
「なるほど、君は今回のテロ事件の内容について、いささか知識が足りないようだね」
「お前だって、テロリストじゃないなら知らない事だらけで驚いたんじゃないのか?」
「まあ、そうしておいた方がよさそうだから、驚いちゃったねー」
俺が言って初めて驚く素振りとなると、こいつは一枚かんでいる。
「何やらかしてんだよ、正直に話してしまいなさい。怒らないから」
「それじゃあ正直に言うけどね、僕はテロリストじゃないのだよ。今は、クランク商事が引き上げた後、丘の上のリゾートでジャグジーに入っているのだよ。だーよ。君も良かったら遊びに来ればいい」
「やっぱりー。お前、初めからそこを乗っ取る気で投資してたんだなー」
「とんでもない、そんなつもりはなかったのだよ。会員権の売買で、膨れた資金だけもらえれば良かったのだけどね、ついでと言うか、成り行きで。全部僕の物になってしまったのだよ。良かったら施設は君にあげてもいいよ」
「赤字続きで青息吐息の施設なんか、いるわけねえだろう。持て余してるなら山城さんにあげちゃいなよ。若い衆の仕事場が欲しいって前々から言ってたし、病院のスタッフとしてなら慣れてる奴がいるから」
「なるほど、それはいい考えだね。ひとつ相談してみるとしよう。連絡してくれたついでと言ってはなんだけど、君が院長になっているペロン星人の病院をね見学したいって人達がいるのだけど、口を利いてもらえないかなー」
俺が院長とはとんだ誤解だが、ペロン星人が作った病院の見学程度の口利きならしてやってもいい。
「今度遊びに行ったら、ただで飲み食いさせてくれるなら聞けない相談でもないな」
「それはありがたいね。見学に行く人たちに、超高級な牛肉を持たせるよ」
ヘコがこうも容易く交渉に応じたうえに、超がつく高級牛肉を送るとなると、並の人間が見学に来るのではない。
きっと、悪魔か変態の団体に違いない。
ペロン星人にそれとなく「危ない連中だけど、見学いいかな」確認だけはしてみた。
問い合わせているそばから気付いたが、そんな心配無用の生物がペロン星人だった。
常識から逸脱しているから異星人なのか、異星人だから恥知らずでいいのかくらいの対応でよかった。
「なかなか面白そうな人達のようだねー、先生」
ペロン星人が珍しく素面でこの先の展開を楽しんでいる。
「俺も会った事がない連中だし、ヘコの紹介だから手癖足癖はすこぶる悪いのが確定している種族だな。超近代科学を盗まれないように、せいぜい用心して案内してくれよ」
「大丈夫だー。肝心な所は立ち入り禁止にしてー、電撃トラップ仕掛けておくからよう」
安全管理が疎かで当たり前のペロン星人が仕掛けたら、立ち入り禁止区域外でも電撃を食らう病院になってしまう。
生身の患者が、トラップに引っかからない事を願う。
ペロン星人の許可を取って間もなく、診療所に超高級牛肉を持った野ざらしが顔を出した。
「なんだー、見学したいって医者はお前さんかよ」
回りくどい事をしなくても、あの病院なら簡単に見学させてもらえそうな男で意外だった。
「いや、見学するのは僕じゃなくて、僕が引き抜いた医師と看護師なんだ。恐ろしく進んだ医療現場だから、一度見ておくといいって、ヘコ君から進められてね。僕は何度か地下の飲食店街へ呑みに行っているからいいんだ」
言わんとする事は分からないでもないが、医学と地下の飲み屋街はまったく別物だ。
どうせ何を言ってもこいつは聞く気がない。
「久しぶりに一杯どうだ」
一緒になって始めていると、ここのところの災害続きですっかり消息不明になっていた、防衛医大の同期が束になって遊びに来た。
日本中の医者が忙しくしている時に、一番暇している俺の所に来られるとは。
もっと暇な連中に成り下がったか。
いささか医学界の将来が不安になってきた。
「こんな暇してていいの君達、患者が待ってるでしょう。それとも、何か悪さして医学界から追放されたか?」
「お前じゃねえんだから、そんなドジはやらねえよ。銚子に、お前の弟子みたいな医者がいるだろ。あいつが責任者になって、今回のテロ事件関係で接収した病院にいる患者を診てるんだけどな、そこを引き継ぐのに俺達が集められたんだ。ついでにへこさんから、えらく進んだ病院があるから見学してくるといいって進められてな、近くだからちょっと寄ってみたんだよ」
ここでもヘコがからんでいる。
正体のあやふやな人間だから、どこで誰と絡んでいても不思議ではないが、防衛の人間まで動かせるとなると危険な雰囲気がにじみ出てきた。
「ヘコがどうして自衛隊に絡めるんだ。お前ら、ヘコがどんな奴か知ってるのかよ」
「直接は会った事ないよ。噂でしか聞かない人でな、機密扱いの黒服とつるんで、なにがしかの計画に携わっているって、伝説みたいになってるな」
あの男が、そこまでややこしい人間だとは思っていなかった。
今後はできる限り遠ざかっていた方がよさそうだが、いかんせんもう二十年来の付き合いをしている。
いまさら総て無かった事にしてくれと言っても、あいつなら、夫婦でもないのに莫大な慰謝料を請求してきそうだ。
とりあえず今は軽く酔って、この問題から逃避してやろうとしている所に、ペロン星人が小型宇宙船で迎えに来た。
来たら途端に肉の匂いをかぎ分け「旨そうな肉発見!」病院見学はそっちのけで、船長に報告が挙げられた。
そのまま宴会の運びとなって、いつものバーベキューが始まった。




