70 慰労会は闇カジノ
近所の被害は落ち着いて来て、明日か明後日には後方支援から最前線へ移動する予定だ。
張りっぱなしのテントが幾張りか空家になっている。
どうせ災難続きで、闇カジノに客など来ていない。
地回り組の連中に御願いして、あっちこっちの店に散らばっているスロットマシンとルーレットにカードテーブルを、空きテントの中に設置する。
山城学校の女生徒達には、バニーガールの格好をしてもらい、ドリンクのサービスで警備をしながら愛嬌をふりまいてもらった。
宿の中では病院の理事長が壺を振っている。
それだけでも厭らし嬉しサービスなのに、胴元を地回りの組長が張っている。
「もっと過激に、その何だ。何がなにするくらいにやってくれるかい」嫌らしい注文が入る。
理事長が片肌脱いで立膝になると、チラチラ奥の方が見えるような見えないような。
それでよしと胡坐をかいた親分が、煙管で一服。
時代劇さながらの眺めになっている。
この情景では、若い隊員に落ち着けと言うのが変というものだ。
やれ半だ丁だと暑くなって、銭勘定が追いつかない。
壺を振る姿に隊員達はくぎづけだ。
良い物を見させてもらった。
この企画が大当たり。
一時間もしないで、災害現場に派遣されていない隊員にまで情報が流れた。
こんな非常時でも、休日になっている隊員が全国には何千人もいて、予備役まで集まってくるから入りきれない繁盛店になった。
こんなに好評なら、もっと早くから始めていればよかった。
それに、人手不足と言いながら、これだけの人数が簡単に集まる。
政府の発表もいい加減なものだ。
身内がごっそり集まってきたのが災いして、隊員達には以前にも増して緊張感がなくなってきている。
やっちまった状態だが、どうしたものか。
ここではたと考える。
この思考回路フル回転の結果として、御遊びの賭け事だから掛け金無しのマッチ棒博打だった。
これを、カジノでは本格的なチップやコインにして、鉄火場では現金を流通させた。
元は俺達がサービスとして出したものだから、自分達が出した金やチップでなくとも、儲かってくると欲が出る。
そのうち自分の金まで突っ込んで遊び始める。
とどめに、バニーガールが呑みたいだけ酒を呑ませている。
そろそろ潮時か、ひととおり見渡すと素面がいない。
この時点では、緊急招集がかかっても対応できないのがはっきりしている。
少しの手違い遅れなら勘弁してもらえるが、勤務中に泥酔状態では具合が悪い。
ひょっとしたら、そんな処分を素通りして懲戒処分ものだ。
悪い評判は今後自衛隊と付き合うのに手枷足枷になる。
現場のロボットとアンドロイドに、百パーセントの動きをしてもらう。
遙は未来科研の機動隊を総動員した。
現場の処理が尋常でない速さで進んでいる。
こんな事をしたら、尚更隊員がやるを気なくしそうだ。
「あんまり面倒見すぎるのも考え物だよねー」
俺が手元にあったコインをスロットに入れて一回しすると、くるくる回る盤面の一番目が金貨で止まる。
「こんな時でも博打にうつつをぬかす連中は、やる気ってものを持ち合わせていないのよ。それより、弱みをつくって一生奴隷にしてあげた方が、食いッパぐれなくていいのよ」
遙が魂胆をチラ見せすると、二番目がこれまた金貨で止まる。
ここで親分が、十本の指を広げて両手をあげる。
年甲斐もなく、前後に大きく振って激しい運動をしたかと思ったら、一本また一本と指を折りたたんで広げた数を減らしていく。
残りが六本になったところで、スロットの三番目も金貨で止まる。
当てる気もなく回しただけでも、ここまで揃うと最期の一枚を期待してしまう。
親分の指があと三本になった。
今度は頭上に挙げた片方の腕を、大きくグルングル回して見せる。
最期の指一本をたたんむと同時に、四枚目が金貨で止まった。
「大当たりー! 百万ドルの大当たりー!」
場内にアナウンスが流れると、客が一斉にこちらを向いて歓声をあげる。
「どうです、良い心持ちでやんしょう」
「えっ? こうなるって分かってたのかな」
「そりゃそうですよ。あっしらが持ち込んだ機械ですよ。どうにでもなりまさあね」
親分がスッと見定めた先のバーカウンターには、DJ卓が置かれている。
そこに座っているのは、どう見てもバリバリのオタクエンジニア。
こっちを見てにやけているが、手元は過激な速さで動いている。
「どうせ、先生にははした金でやんしょ。あっしから地元の連中に見舞金だと言って配っておきますよ」
「納得するしかないようですね」
「若い者に一時でも面白れえ思いさしてやったんだから、それで良しとしておいてやってくださいな」
なんだかんだ丸め込まれているような気がしないでもないが、もらっても卑弥呼銀行に預けられ。使えない金になるだけだ。
国や自治体に税金として払う金だって、無駄遣い大好きな大将にあたったら湯水のように使われてなくなる。
そんなのが御決まりだから、それよりは使い道が納得できる所に持っていかれた方が気を落ち着けていられる。
俺の大当たりは客に対する当て馬みたいなもので、カジノドリームに火が点いたら止められない。
こうなったところで、ディーラーが腕の見せどころとなる。
カジノでテーブルを仕切るディーラーは、ルーレットならば百発百中で自分が決めた数字に玉を止められる。
トランプなら、どんなに混ぜこぜしても、どこにどの札があるかをしっかり把握している。
スロットに至っては、当たりの確率を胴元が自由に操れる。
いくらでもぼったくれる仕組みだ。
理事長は、子供の頃から玩具代わりに壺を振っていた。
賽の目は意のままにできる人間となったら、どのゲームをとっても素人が勝てるはずがない。
胴元は客を適当に遊ばせたらガツンと大逆転で取り返し、さらには大きな貸しを作ってから裏部屋に引っ張り込む。
「君ー、どうすんのー。こんなに負けちゃってー」
優しい口調でプロレスラー並の体格をした強面が、今後の相談員として個室面談する。
ここは非常事態になっている現場なんだとの自覚が蘇り「借金の支払いは働きで返します」との書面にサインをしてくれる。
危険手当が付く現場に出ずっぱりで一生働いて、生命保険を足しても払いきれないまで負けちゃった奴には、自衛隊の備品から金目の物を数点寄付してもらう方法をとった。
備品の行き先は銃火器を組に、働く車関係は俺達がもらうと決めた。
ペロン星人と遙は自分達で使い道があるとかで、すんなりもらって帰るつもりをしているが、俺は装甲車をもらっても置く所も使い道もない。
火山灰が降っていても移動に不自由しないように、前に除灰プレートを取付け宿に寄付した。
ここにきて四日目。
あらかた宴会にも飽きて、被災地の救助活動にも見通しがついた。
宿前に展開していた後方支援部隊は、今日のうちに最前戦へ移動する。
宴会好きのペロン星人は、今回の救助活動が気に入ったとみえる。
海外でも似たような災害が発生しているからと、大型宇宙船で飛び去って行った。
昨夜開いた最後の宴会で、馬鹿騒ぎをしたついでに酔っぱらって小型の飛行艇を乗り回していた。
宿のガラスを割ったのではとの疑惑が持ち上がり、慌てて逃げ出したとの噂もある。
だが、あいつらはそんな事ぐらいで逃避行する宇宙人ではない…と思う。
肝心の野ざらしは、仕事が大詰めに入っているから来られないとかで、リゾートの様子は全く聞けずに終わっている。
何の為の宴会だったのか、いささか疑問が残る。




