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雲枕  作者: 葱と落花生
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66 先進医学はパンドラの箱

 やっちやんからの電話があって数時間すると、硫黄島の噴火が激しくなって、自衛隊が撤収したとのニュースが流れた。

 今更どこが噴火しようが揺れようが、それどころでないのが地域医療の実情だ。

 マネーロンダリングの為に増やした病院では、今までのんびり療養していた似非患者の自由人までスタッフとしてこき使われている。

 立派に社会人として働いている松林友の会の実態を、良い事だとばかりは言っていられない。

 恐ろしく悲惨な災害現場もあって、できれば彼等は暇人のままの世界が良かったのではないかと思えてならない。

 ここからは千二百kmも離れているから噴煙は見えないが、風向きによっては微かに硫黄の匂いがしてくる。

 ニュースを見る前は、ここのところの飲みすぎ食い過ぎが祟って、胃腸の調子が悪くなったのか、やけに放屁ガスの臭いが硫黄に似て来たと警戒していた。

 本当に警戒すべきは、これから更に拡散していくであろう自然災害の行方。

 分かっているだけでも公開してやればいいのに。

 こう感じるのは俺だけだろうか。

 どんな時でも商売第一主義の連中が情報を握っている。

 なかなかこの先の展開が読めない。

 

 どうにかその日を平和に過ごせればそれでいいと思っていた矢先、この穏やかな日々をぶち壊す事件が起きた。

 相南の個人所有救急車に乗せられ、黒岩が意識不明心肺停止の状態で第二病院に運び込まれてきたのだ。

 いつも仕事オフにはつるんでいる二人で、たまたま運良く吹き飛ばされて直ぐの場所に、プライベート救急車があった。

 救急車で応急処置を受けられたおかげか、集中治療室で体中から管がニョキ出ていても、脳波だけは生きている。

 ただ、手足は付いていても、爆風で吹き飛ばされて骨が砕け、ブーラブーラしている。

 問い掛けに対し微かな反応があるものの、体はまったく動かせない状態で、治療方法がない。

 あと数日しかもたないのは、医師ならどんなヤブでもわかる。


 こんな時に奇跡を起せるのは、知る限りペロン星人だけだが、風邪をひいたくらいで慌てて診療所に来る人達だ。

 いかに優れた科学力を持っているとはいえ、無機質な科学に優れているだけ。

 生物となるとカラッキシ意気地がない。

 自然な文明の進化過程を想像すると、医学関係も機械関係と同時に進歩して行くものだ。

 ペロン星人も例外ではなかったろうに、彼等の医学知識は豊富とは言えない。

 遭難して医者が不在になったか? 

 医学だけが忘れられてしまっていて、恐らく医療に関わる治療機器の使い方も伝承されていないだろう。


 俺が見て分かるかどうかだが、宇宙船の中を隈なく探させてもらう許可を取った。

 こういう時、どこから情報を得ている。

 必ず現れるのが遥で、機械に関しての知識が正確だから、今日ばかりはこちらから御願いしたい応援だ。

 子供の頃からの遊び場だったと言う割には、船内に入っていない部屋が沢山あるのは意外だった。

 それは卑弥呼も同じで、複雑な構造の船内を下手に動き回らない方が、将来の為だと扉を開ける度に耳元で囁く。

 持ち主であるペロン星人でさえ、入った事のない開かずの間が幾つもある。

 そんな開かずの間の一部屋に、求める医療室があった。


 思惑どうり、ペロン星人の医学は桁違いに進んでいる……ように見える。

 えらく込み入った検査機器が所狭しと並び、何に使うかも分からない物ばかりだ。

 きっと解決策が見つかると思って開けたパンドラの箱だったが、かえって混乱する結果となった。

 ここにある機器をフルに活用できれば、ペロン星人だけではなく、人類の寿命は飛躍的に伸びるだろう。

 治療機器の的確な活用が必須条件だが、何が書かれているのかサッパリの説明書付き。

 手の出しようがない。


 俺は以前、ペロン語翻訳ソフトを彼等から進呈されている。

 遙の翻訳より確実だと言いたいが、ソフトをどこかにしまって、その場所を忘れた。

 今になってもう一つくれとは言いづらく、翻訳は遥に任せる事にした。

 船内の機器を運んで病院にセットするのは不可能だ。

 一時的にクロをこの病室に移動して治療に当たる。

 事情を知らない病院スタッフは、俺がクロをどこぞの山奥に捨てるのだと噂していた。


 遙の科学知識と言語知識、パックの助言とあおい君の医学知識で、どうにかこうにかクロの蘇生試験段階まで漕ぎ着けた。

 ここまで来たら、後はペロンの科学を信じて待つだけだ。 

 どれだけ待てば不死身のクロが誕生するかは、機械任せ運任せ。

 既に人類の英知をもってしても、絶望的予測しか出来なかった状態で担ぎ込まれて来た男だ。

 結果がどうであれ、努力は認めてもらいたい。

 死んじゃっても恨んで化け出て来ないように、昏睡しているクロの耳元で三日三晩、昼夜交代で引導を渡した。

 助ける気はあるが、何と言うか、人類初の試みで、そうそう簡単に奇跡の治療が成功するとは思えない。

 治療システムから出て来たクロの肩から足が飛び出て、けつから腕が出ている。

 何もいじらずそーっと治療器に戻す。

 今しばらく、そうさなー、あと二・三日待ってみるか。


 クロの体が完全に再生するまで十日かかった。

 殆どのパーツは再生不能だったので、廃棄処分のアンドロイドから拝借して組み合わせてみた。

 奇跡の完治だ。

 その間、クロの死体遺棄疑惑は俺に付きまとった。

 このまま病院にクロを返してスタッフに拝ませてやれば、俺に対する疑念や中傷はなくなるだろうが、返してその後どうするか。

 僅か十日でラジオ体操をやってる。

 ホトボリが冷めるまで、遥の施設にいてもらうしかなさそうだ。

 ずんだもちを含む未来科研にいる分には、どんなに不条理な人間でも気兼ねなく過ごせる。

 俺としては一生いてくれてもかまわない。


 どんな治療を施せば完治するのか、説明出来ない個体となってしまったクロ。

 表立った活動が出来なくなった今、彼は千葉県警で殉職扱いとなっている。

 先行き自衛隊の契約臨時隊員として、時給七七七円で未来科研と遥の警護にあたる予定だとか。

 この手の職業なら、クロの能力は突出している。

 最低賃金以下の危険職。

 生きているだけで世界に感謝すべ人間とされている。

 弱者少数派に対する差別的待遇ではなかろうか。 

 先の保障がない任務を気軽に承諾したのは、以前からあった未来科研との繋がりからだろう、よほどあそこは美味しい何かを持っているらしい。


 今はプー太郎のくせして、クロの景気がいい。

 それもこれも遥の計らいだ。

 生きたサイボーグ見本として、世界各国の軍事関係者を集めたパーティー会場で派手に御披露目された。

 当然だが、極秘の会合だ。

 俺など出る幕ではないのに、パーティーの席でクロを治療した医師として紹介された。

 ペロン技術の介入事実を明かせない遥が取った苦肉の策で、俺は紹介内容の意味も分からぬまま、ニコヤかーに拍手喝采を浴びた。

 生身の人間を使ったサイボーグ化手術と受け止められて当然の内容だったらしく、後から軍事関係者の間で【魔界の天才外科医】と呼ばれるようになったのが、このパーティーからなのは言うまでもない。


 良い意味でも悪い意味でも、俺は知る人ぞ知る世界の要注意人物にされてしまった。

 後になって聞いたが、クロが爆死しそうになった事故の原因は相南だった。

 助かったからよかったものの、相南が所属する署に梯子車を配備してもらいたくて、デモンストレーションと称した爆破実験をしたのが元凶だ。

 自宅前の畑に有機肥料爆弾を仕掛けたが、相南の無謀な要求に父親の怒りは頂点に達し、爆破スイッチを蹴った所に、ちょうどのタイミングでクロが遊びに来た。

 出来の悪い息子と素行の悪い父親が繰り広げた壮絶な親子喧嘩に、クロは迷わず巻き込まれ病院送りになっていた。

「死んだら黙っていようって、親父と決めてた」

 相南が泣きそうな顔で相談してきて、初めて知った事件の真相だ。


 警察は警官を狙ったテロ事件と決めつけて捜査している。 証人が犯人で担当捜査官が北山では、犯人は捕まりそうにない。

 クロは数日間地獄の淵を彷徨ったが、今はどんな人間よりも健康? 

 今は、どんなサイボーグより調整が上手くいっている。

 相南がクロに自白するまで、真犯人の正体は内緒にしておいてあげよう。

 将来、相南に利用価値があるとは思えないが、有機肥料爆弾の製造と無益な科学実験を止めると誓ってくれたのは一歩前身だ。

 働く車のコレクションから一台もらう約束をしたから、何となく秘密は守れるような気がする。


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