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雲枕  作者: 葱と落花生
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64 海まで温泉にしてくれた火山の活動

 着いて見ればなんのことはない、卑弥呼が根城にしている神社に【海と一緒の露天風呂・五百円】

 看板を掲げられてある。

 温泉噴き出し事件は自分達の仕業でないと言い張っているが、これを見る限り「私達が実行犯です」とふれ回っているようなものだ。

 ばれたからといって、逮捕されるのは俺ではない。

 景色のいい露天風呂に入れるなら、それで真実を密告するのはやめてやってもいい。

 とりあえず、御風呂いただきましょう。


 露天風呂と誇示する看板が立っている場所を見れば、海岸から十メートルばかり沖に赤白交互のブイが一列浮かんでいる。

 波打つ岸ではホンワカ湯気がたっていて、砂浜には日除け屋根の下に砂風呂まで作ってある。

「県の許可とってあるのかよ?」

「こんくらいなら許可なしで使ってもえがっぺー。海岸はずーと広いからよう」

 確かに、九十九里浜は長くて広い。

 許可がないのは分かったからよしとして、露天風呂と称しているのは、湯気がゆらゆらしている海らしい。

 そっちこっちトンネルを掘り間違って、海から湧き出た危険な熱湯の周りを囲い、温泉だと誤魔化しているだけの海へ入るのに、五百円取るつもりでいる。

 呆れるばかりの守銭奴だ。


 それでも、礼をもって入浴第一号として俺を招待してくれたのは少しだけ嬉しい。

 怒らずここは、落とし穴がないか確認しながらゆっくり海の風呂へと入ってみる。

 海水と混じっているから湧き出ているのどんな温泉なのか不明な上に、高温だから源泉付近には近づくなと注意しておきながら、どこから湧き出ているのか標識がない。

「源泉て何処だよ」場所を教えろと聞いたら「熱い所」としか答えが返ってこない。

 ひょっとして、適当な人体実験に使われているのではなかろうか。

 それに、囲いのない大平洋に直繋がりしている海岸を、すっ裸でタオル一枚は誰から見てもエロオヤジだ。

「一人だと変態っぽいんだけど、誰か他に入らないのかなー」

 できれば、わいせつ物陳列罪で逮捕された時に共犯者がいてほしい。

 突如ズッポリ開いた大穴に飲み込まれるにしても、ぜったい道連れがいてほしい。


「そのうち来るでっしょ」

 とかなんとか言われていると、ぽつりぽつり人影が見えて来た。

 海岸に建てられた小屋の中から、タオル一枚のスッポンポンが出てくる。

 俺だけが裸ではなくなると、少しばかり大胆になってきた。

 沖を航行する貨物船に向って、プルプルフリフリ御尻ペンペンをしてやる。

 一緒に入っていた人達も、同じくペンペンやって喜んでいる。

 そこへ、どこから涌き出したのか、美絵が隠すべきところを隠さずペンペン。

 はなから羞恥心など持ち合わせていない一族だ。

 回りなど気にしないで自由にやっている。

 男ばかりの巨大露天風呂で、女がやって良い遊びとは思えない。

 サッとタオルを差し出し「隠せば……」注意してやる。

「タオル持ってるの、先生だけになってるわよ」

 意外な言葉に周囲を見回すと、男も女もゴッソリ温泉に入っている。

「湯舟にタオルを入れるのはマナー違反でしょ」

 まさか、美絵の口からこんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。

 しかし、周りを改めて見回すと、誰も手ぶら何もぶらぶらしている。

 ここはすっかり恥知らず海岸と化している。


 これでは、いかにおおらかな千葉県警でも見過してはくれない。

 俺だけでも逃げておいた方がよさそうだ。

 慌てて帰り支度をしていると、パトカーが二台、駐車場に停まった。

 俺はすでに服を着ていたからいいが、他の連中は全員逮捕だー! 

 腰に拳銃を下げた警官は、股間に下げた物まで丸見えだ。 婦警さんは、とりあえず帽子だけかぶっている。

「何だよ、ありかよ」

 恐ろしい大金で買収したに違いない警官があのかっこうなら御咎めはないとふんで、再び風呂らしき海に浸かって沖を眺める。

 噴火で客船を巻き込んだ海底火山が噴煙を上げている。


「三千米も隆起したのー」慌てていると「火山の熱で蒸発した水蒸気だよ」朱莉ちゃんが教えてくれる。

 どこで何をやってくれてもいいが、遠慮なくスッポンポンが溢れかえっている破廉恥会場に出没してはいけない年頃だ。

「あのね、帰った方がいいよ。ここは危険だから」

 それとはなしに帰宅命令を出すと「分かった、帰るね」

 この娘は聞き分けが良過ぎる。

 これほど素直な人間は、今まで俺の人生に登場しこなかった。

 かえって不安材料になってくる。

「今夜は港屋シェルター完成の御祝いだってよー、診療所でも御祝いするんだってー。ヤブも鼻の下伸ばしてないで、早く帰ってくるんだよー」

 言われて見れば喜ばしい現実を目の前にしているのに、あまりにも急激な理想郷の出現に鼻の下を伸ばすのさえ忘れていた。

 ところで、今、早く帰って来いよと海岸で俺に手を振っている朱莉ちゃんも、ペロン星人特製海の露天温泉に入りに来ていて、しっかり、その、何だ、タオルも持たずにいる。

 こんなところで嫁入り前の裸を披露するんじゃない。


 ここでは水着の着用が御法度になっているのか。

 警官は拳銃をぶら下げたまま湯に浸かっている。

 婦警は風呂に入るから帽子を脱いでいる。

 嬉し恐ろし桃源郷で助平心を満足させ、さて帰ろうかとロッカールームに行くと、松林の住人がかたっぱしからロッカーを開けて金目の物を物色している。

 あまりにも堂々とやつているものだから、他の客は警察の手入れか厚労省の麻薬捜査と勘違いして、自分のバックを開けて見せている。

 間違って捕まった時、ペロン星人がやっていたのでは組織ぐるみの犯行と断定されてしまう。

 松林の住人が盗人役だから、ただの泥棒になる。

 いくら適当に無許可で作った天然温水区域付き海の家でも、それなりに金はかかっている。

 飲み食い入湯料含めても、客単価は二・三千円だ。

 それでこの施設の元を取ろうとしたら、かなり無理があるのは来た時から感じていた。

 ふだんから無茶ばかりやって地域住民に迷惑をかけているそのお詫びに、赤字覚悟で事業を起こすような連中ではない。

 客が持ってくる物すべてを収入源と考えるのは、とても自然な成行きだ。

 それ以前に、当初から盗みが目的で作られた温泉としか思えない。


 そんな当然すぎる結果が見えていたから、金目の物は持ってきていない。

 客もおおよそこの事は承知していたようで、ロッカーの中には衣服と下着にサンダルが入っている程度だ。 

 この現実を目の当たりにしているにも関わらず、諦めきれない盗人は、高そうな服や下着をバックに詰めて逃げて行った。

 あんなもの、盗まれた当人にしては痛手だが、どこへ持って行っても二束三文の盗み損だ。

 そんな悪事を働く暇があるなら、県から委託された仕事をまっとうしろ。

 ここで俺が警察に通報しても、どうせやってくるのは、さっき海で素っ裸になってニタニタしていた警官達に違いない。

 他の奴が来ても、ペロン星人の触手に毒されて、一緒になって風呂で遊びを始めるのが確実だ。

 そのままずるずる警察署が、そっくりペロン星人の手下になるとも限らない。

 下手な手出しは、かえって事を悪い方に導いてしまう。

 ここは黙って帰ってやるとした。

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