63 港屋でシェルター完成祝い
診療所のシェルターはどうしようか。
内装図面を描いていたら「先生、そんな事する暇があったら、こっちに来て見てちょうだいよ」
有朋が待合室へ俺を引っ張り出す。
何を見ればいいのかキョロキョロやると、一つ扉が増えている。
さて、この先には何もなくて、外に出る戸を一枚増やしたのか。
開けてびっくり玉手箱。
一歩踏み出したら、そのままスーっと下に落ちて行く。
ドアの向こうは落とし穴であった。
このままお陀仏だー!
一瞬閑念すると、体がふわり浮いて落下速度が一㎞毎時になる。
ノソーリ着地したてもバクバクの心臓に「御黙り!」言い聞かせ、目の前に広がる空間を見る。
何と、地下に広がる豪華な応接間。
壁には、往年の名銃や高価な美術刀剣が所狭しと飾られている。
「先生のシェルターは、俺の組のシェルターと共用っつうことでいいかなってね。これならタダでいいからねー」
払う気がないのを察したか、底無しの守銭奴にしては対応が良い人っぽい。
目いっぱい疑ってかかれる。
「何企んでんだよ。後になって金出せ言っても、一銭も払わないぞ、いいのか」
「勿論」
やけにあっさり納得してくれる。増々怪しい。
「何やっちゃったんだよ、怒らないから正直に話してみな」
こんな時は、全部知っているけど君が本当の事を話すまで待ってやるから、早くあやまっちゃった方が無難だよ、といった素振りを見せてやるのが効果的だ。
「隠し事が見えちゃう人なんだなー。実はさ、卑弥呼にね、遙とつるんでペロン星人まで使って稼いでるなら、地代払うか出て行くかはっきりしなさいって言われて、出て行ってやるってタンカ切っちゃったんだな」
そんな事をまだ引き摺っていたのか、払わない方も悪いが、絶対に払えない額の地代を請求する方も無茶苦茶だ。
「それと俺のシェルターは関係ないだろ。卑弥呼にとりなしてくれって頼まれても、奴が持ってる武力の前で俺は無力だよ、知ってるだろ」
「ん、それはいいんだ、たださ、診療所の地下が使いたいだけなんだよ」
「早い話しが、俺の承諾もなく診療所の下に、シェルター兼組事務所を作っちゃったのは許してねと……そう理解していいのかな」
「そう、そのそれよ、分かっちゃってくれたかな」
ペロン星人が勝手に地下道を掘っているのを見て、これが許されるなら日本は半分もらったも同然と、自力であちこち掘っていると今更打ち明けられても、救いようのない行動の尻拭いはできない。
とりあえず、シェルターをタダで手に入れられたのはよしとして、そんな事を秘密にしていられるほど俺の口はかたくないと教えてあげて、山城組と港屋のシェルターを無料提供しろと提案してあげた。
やっちゃんから、幾らかとってやろうかと思い悩む今日この頃、だー!
翌日、ペロン星人が港屋に行こうと誘ってくれた。
彼等にしては珍しく、昨日の今日で工事にかかるとはりきっている。
仕事が終わった後の温泉宴会が目的でしかないのはあからさま過ぎるところで、出発よりも工事よりも前に、浴衣を着て手ぬぐいを肩から掛けている。
工事さえするつもりがなくて、行ったら直ぐに豪遊する気合満々の姿に軽く意見してやったら、今回の仕事はアドバイスと動作確認だけで、本体は有朋組の連中が設置する予定だと笑う。
あいつらだけにまかせっきりでいいのか?
どういっためぐりあわせか企みか、ペロン星人とここのところ仲良く遊んでいる朱莉ちゃんも同行するらしい。
迎えが来る前から旅行鞄に浴衣を詰めて、今日はどの帯にするか、キリちゃんに選んでもらっている。
港屋につくなり朱莉ちゃんは浴衣に着替え、温泉気分を満喫ノヘノヘ始めた。
それなら、家から着たまま来た方がよかったのではなかろうか。
ペロン星人の方が利口に見えてくる。
困った現象だ。
かく言う俺は、宿で浴衣を借りて着替えると、サッと風呂に入って生ビールを飲みながら作業を見学する。
ペロン星人の技術を使って設置するのだ、一般人に見られてはいかん物ばかりがズラゾロゴロリ出てくる。
慌てて「これからさ、アメーリカの特許技術を使った工事だから、企業秘密だから、誰にも見られたくないから」
女将に頼んで客を外に出してもらう。
工事が始まると、危機的自然現象に見舞われているとは思えぬ平和ボケしたアインが、天井スイッチを設置しているのを柱の陰から覗いている。
この御間抜け猫に気付くと、朱莉ちゃんが俺のビールジョッキを持って浴衣の袖を引っ張る。
「アインに発見されてはいけない任務の最中であります。すぐに御隠れください」
何ごっこをしている。
ゲームのやり過ぎで混乱しているのか。
どうせ御遊びですから付き合って、一旦部屋に入って呑み直しをする。
吞んでいる側で朱莉ちゃんが録音装置をセットして、俺の前に置く。
「あからんまで順番に言ってみて」
どんな遊びかは知らないが、ここで断ると帰ってから飯の中へ、食わせる相手がいなくなって残ったキャットフードを混ぜられる。
言いなりになって発声してやる。
録音して終わると「私、用事があるのでこれから帰るけど、ヤブはどうするー」と聞いてくる。
「工事の連中はどうするのかな、泊まっていくなら俺は奴等と一緒の方がいいなー」
ここまできて一泊もしないで帰るなど、人間の考える事ではない。
「ペロンさんも有朋さんも、みんな帰りだよ。設置終わったら次の現場が待ってるもんねー」
随分と慌ただしい温泉旅行だ。
もっとも、基本はシェルターの設置工事のついでに連れて来てもらっているだけだ。
ここで我がままを言ったら、永久に温泉旅行を続けていろと置いてきぼりにされる。
「分かったよ、俺も一緒に帰るよ」
せっかくだから、浴衣を着たままペロン星人の船に乗って帰るとした。
診療所で降ろしてもらうと、一時間ばかりして朱莉ちゃんがアインを連れてきた。
帰りの船に乗る時は、シェルターの中に作ってあった猫専用の寝床でスヤスヤ昼寝をしていた。
羨ましいばかりの生活だと覗いたのが一時間前で、特別用事もないのに猫と遊びたいだけで、わざわざ港屋にもう一度戻って連れて来たとしか思えない。
いくら早い宇宙船だからといっても、やる事が常識外れだ。
こんなのが当たり前では、人間界の生活が馬鹿らしくなったりしないか、やはりペロン星人と遊ぶのは禁止した方がよさそうだ。
「なんだよー、それだったら俺ももう少し温泉でゆっくりしていればよかったなー」
「行ってもいいけど、まだ人間ではやった事ないから、どうなるか分からないよ」
人間ではどうなるか分からないとはどんな意味か、危険なニュアンスと取って良さそうだ。
「それにね、これからやっちゃんが帰ってくるから、みんなでシェルターの御礼をするんだって言ってた。ヤブはその席にいない方がいいんじゃないの?」
こんな子供にまで心配されるほど悪い事をしたつもりはないが、有朋がやっちゃんに請求書を置いてきたとの情報もある。
そうなっているなら、暫く港屋の方には行かない方が健康の為に良さそうだ。
ここはひとまず自前の温泉で我慢しておこうと決めた。
するとペロン星人が「露天風呂を作ったから、入りに来いよー」と誘ってくれた。
しかし、住居としているのは、すっかり地下に潜った宇宙船だった。
どこの家に露天風呂を作った。
卑弥呼と同じで、自分と他人様の地所が区別できない連中だ。
心配だ。
そんな心配は入って終った後からすればいいと自分に言い聞かせ、招待は快く受けて露天風呂へと向かう。




