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雲枕  作者: 葱と落花生
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58 シェルター事業で一稼ぎ二稼ぎ

 翌日、有朋組の事務所が以前のようなプレハブで再建された。

 重機やダンプが置かれ、ヤクザの組とは思えない出で立ちになっている。

 すっかり建設業の組になり、堅気の会社に見えてくるから、見かけとは恐ろしいものだ。

 どことはなく、そこらじゅうが抜けている仕事ぶりだが、何をやらせても早いのが取柄で、普段から偽造パスポートを作れるだけの技術がある。

 パンフレットはおてのもの。

 一晩こそこそやっていたかと思ったら、立派に製本されたカラーの豪華パンフレットを診療所に持ってきた。

 載っているのは、どれも豪華に内装されたシェルター。

 災害時に避難するだけの部屋としておくには、もったいない代物ばかりだ。

 金額の欄には、時価やら要相談などの文字が目立つが、最低価格帯の表示でも五百万からとなっている。

 御手軽には発注できない。

 何事も自己責任でとした時代になってきているが、災害時の避難所確保まで個人で工面しなければならないとなってくると、最後には金の力に頼るしかない。

 大規模災害が発生したら、貧乏人や辺鄙な地域に住む者には、自己責任の結果としてあの世逝きが待っている。

 死神には、都合のいい時代になってきたものだ。


 パンフレットを配って終えると、すぐに組がそっくり銚子へ出張した。

 ヘコの全面的バックアップがあって実行している。

 五百万円一千万円の仕事は、いくらでも入ってくるのが分かっていた事業だ。

 いきなり発注があっても不思議ではないが、温泉施設からの受注がすでに決まっている。

 これは数億もの設備投資で、利益も当然大きい。

 どこのだれが改修計画の首謀かは分からないが、地元で顔の利くヘコに声をかけたのは失敗だったと気づくべきだ。

 どうせ「この施設を会員制のリゾートとして売り出す時が来たら僕も会員になるし、少しなら出資できるよ」なんて条件付けて、利益の大きなシェルター工事を請け負っている。

 表向きは有朋の会社が仕切っている形になっている。

 ヘコは上がりの数パーセントを、口利きだけで受け取る仕組みだ。

 やっている事が、どこぞの議員と変わらない。


 間違って有朋の会社が傾いたら、別の誰かに権利を委託して、引き続き利益を確保していられる。

 笑いが止まらないのは奴ばかりではない。

 名前だけでも貸している以上、幾らかの利益還元がある。 今回の仕事だけで、俺の所に二百万を現金で持って来た。

 ヘコはどれだけ搾取しているものやら。

 シェルター完成までに一引き二引きしていったら、最後にはスカスカの建築費しか残らない勘定になってしまう。

 どこかで原価を下げるしかない。

 製造元がペロン星人ではこれ以上下げようがないのに、遥まで絡んで技術料として工事費の一割を払っている。

 並みの手抜きでは儲けがない。

 こいつらの作ったシェルターに入っていたのでは、災害時に避難施設と心中するのが落ちだ。

 買った人には豪華に見えても、所詮は価格に見合わない張りぼての地下応接間を作ったと諦めてもらうしかない。 


 有朋組の工事が終わると、シェルター完備の温泉施設を、丘の上リゾートとしてオープンした。

 この会員権を、常識外れの価格で売り出したのが、クランク商事だった。

 以前、山城の親分がクレーンを使って保険金詐欺をしかけ、一気に潰しをかけた会社だ。

 港屋の若旦那と貫太郎の親父が死んだ事件に、深く関わっていた組が始めた会社だ。

 ヘコもその辺の事情を知っている筈なのに、節操のない付き合い方をしている。

 もっとも、ヘコはどこの組織にも所属していない堅気の極道で通っている。

 誰にも義理立てをする必要がない。

 真っ当な商取引となれば上納がない分、一人でまるもうけになる。

 いつからこんな状態になっているのか追っていくと、奴の親父どころか先祖代々引き継がれてきた既得権で、彼の存在であの地域は力関係のバランスがとれている。

 今時希少な一人親分だ。


 それを知っているのかいないのか、有朋もうまいこと事業をまわしている。

 今では連日シェルター事業に参入したいと希望する企業が、前の事務所にやってくる。

 ところが、工事を全部引き受けて独り占めに走っているから、下請け候補が来ても相手にしないで追い返す。 

 御多分に漏れず、このように欲張った事業展開をしていると、必ず横取りしようとする商売仇が現れるものだ。

 今朝も、危なそうな奴が噂を嗅ぎつけて来ている。

 黒塗りの運転手付き高級車から出て来た男を見ると、いつかどこかで会った事があるような気がしてならない。

 さて、どこで行き会ったか気になって見ていると「いやいやこれは、わざわざクランク商事の会長様が直接出向いてくださるとは、連絡一本でこちらからお迎えにうかがいましたのに、むさ苦しい所ですが、まあ中へどうぞ」

 山城のシマで口に出してはいけない商事会社の名を、大声で発している。

 知らない事とはいえ一大事だ。

 一言忠告してやろうと組事務所に入り、間近で会長の顔を見ると、額にうっすら刀傷がある。

 この傷には見覚えがあって、港屋の若旦那を殺した実行犯。

 シャコタンが捕まえる時に、切りつけて負わせたものだ。


 俺はあの時、山城親分から呼び出しを受けて、死なない程度に治療してやった。

 どうせ金はもらえないと思っていたから適当に縫ったもので、稲妻のようなギザギザが特徴的だ。

 手当てが終わって帰ろうとした時に、こいつが今度は自分でリストカットしやがって、ついでだからその傷まで縫わされている。

 なんでまた助かった命を捨てようとしたのか、コソッと聞いたら「どうせ拷問されて裏事情まで総て吐いた後は、簀巻きで海にドボンだろ。そんな面倒を掛ける前に死んでやる」と言っていた。

 山城親分が、港屋の女将に仇はうってやったと知らせていた。

 あの時の男なら、とっくにくたばっている筈なのに、幽霊か?

 生きているならとんでもない事件で、確認の為に腕の傷を見てやりたい所だが、いきなり腕をつかんでスーツの袖をまくり上げるわけにはいかない。

 どうしたものか考えていると有朋が「この人がこのシェルタープロジェクトの総大将です」俺を紹介する。

 名前を貸しただけだったのが、実際に危ない業者に紹介されて驚いた。

 びっくり仰天の顔をしていると、あちらから「それはどうも、これからよろしくお願いしますよ」握手を求めてくる。

 あの事件から二十年以上過ぎている。

 こいつの姿顔立ちも変わってしまって判別できないほどになっているが、それを上回って変化している俺が、あの時に治療してやった医者だとは気付いていないようだ。

 まともな状況で出会ったなら、恩人の顔を忘れやがってとぶちのめしてやるところだが、今回はかえって好都合だ。

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