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雲枕  作者: 葱と落花生
55/158

55 軍用ヘリで行く温泉宴会

 テレビやラジオの電波は、どうにか捕えられる。

 銚子の方へ、自衛隊のヘリが何機も飛んで行く。

 こっちもまとまった被害が出ているが、あっちはあっちで大変な事態になっているようだ。

 これ以上余計な連絡をしあうのも仕事の邪魔になる。

 通信は諦めた。


 危機感溢れる一時が過ぎて電話が復旧すると、眺望医院の理事長から連絡が入ってきた。

「やっちゃんが皆を港屋に招待して、宴会を開くか開かないか、有る無し博打やってるんだけど、参加するー?」

 当然、俺は【なし】に張ってやった。

 しかし、こんな緊急時に無理して連絡をとっているとなると、相手はよほどしっかりした情報があって胴元を張っていると見るべきだったと気付いてももう遅い。

 掛け金はしっかりカード決済で引き落とされていた。

 理事長とはいえ、育ったのは博徒の家だ。

 こんな時の動きはロケット並の速さだ。

 この勝負、完全に負けたと確信してガックリしていると、朱莉ちゃんがけたたましい羽根音と一緒になって帰ってきた。随分と短い家出だ。


「もう少ししたら、パイロットと山城組の人達が来るから、皆で温泉だよー」

 つい最近まで入り放題だった温泉が診療所にもあったのに、旅行となると嬉しそうにしている。

 外には沈んだ有朋組事務所の敷地に、自衛隊の大型ヘリが停まっている。

 もう少ししたらパイロットと山城組の……とか言っていたが、ならば誰が操縦して来た。

 不安だ。

 どうせ俺からむしり取った金で豪遊するつもりだ。

 遠慮するのも馬鹿らしい。

 向こうで全部そろえてもらう至れり尽くせりの旅行にしてやろうと思ってはいるが、いつもの癖で人が使った物は嫌だし宿のタオルもあまり使いたくない。

 荷物がどんどん増えていく。


 あれこれ準備していると山城の連中がやってきて、グズっている俺を待ちきれず先に出発して行った。

 どういった経緯で自衛隊のヘリを調達できたのだろう。

 裏の自衛隊と称される未来化研を率いる遥に頼み込んで使っているのだろうが、大げさすぎていささか気が引ける。

 車でも一時間あれば楽に行ける所だ。

 三十分ばかりでヘリが帰ってきて、早く乗ってくれとお願いされた。

 早く乗れと言われても、そんなに直ぐに支度はできない。 

 あれこれどこに入れたか確認していると、あおい君が黒いリュックサックを俺の目の前に置く。

「先生の旅行道具一式、全部そろってますから安心して速やかに御搭乗願いまーす」

 どこから仕入れてきた。

 航空会社の制服を着ている。

 そんな趣味があったのか。

 知らなかった。


 酔っぱらっていつ死んじゃっても不思議でない相南は、連れていくと途中で真面目に逝っちゃうかもしれない。

 置いていくとして、同じに酔っているけど、少しばかり良識の残っている有朋に、診療所の管理を任せてヘリに乗り込む。

 実際問題として、近辺では異常な現象が頻発していて、病院ではみんな急患の受け入れで大わらわしている。

 呑気に温泉へ入ろうとしていて良いのかと思わないでもないが、賭けで稼がれた金の宴会となれば、目の前に行き倒れがいても踏みつけて会場に行く。

 それでなくとも既にベロベロの状態で、救急医療の現場では使い物にならない医師と看護師になっている。

 力だけが自慢の有朋組や救急救命士の相南だって、世間が一番必要としている時期なのに、まったくの木偶になり下がっている。


 人類に限らず蟻や蜂の社会でも、全体の二割は超やる気があって六割は平均的に働くが、残る二割はまったくやる気のないろくでなし。

 遺伝子に刻まれた情報のまま育って生きている。

 ところが、このろくでなしの二割は、やる気満々の二割が何等かの異常事態、たとえば今回の災害のような時に、負傷したり病気になったりして欠員が出ると、代打としてやる気が充実した個体に変身する。

 不思議なものだ。

 もっともこれは一般的な生態をしている者について証明されている事で、実際そんな場面に遭遇した総ての木偶が、やる気人間に変身するとは言い切れない。

 有朋組や相南をどちら側の人間か監察すると、絶対にやる気を起こさないニュータイプだ。

 ともかく、被災地で苦しむ人達の救済は、残った者達に一日一晩だけまかせ飛び立てば、あれよっと言っている間に港屋前の海岸に着陸した。


 あまり長い事ヘリに揺られていると、確実に機内で不適切な物を飛散させてしまう人間だ。

 ドクターヘリと違って、揺れの酷い軍用ヘリには乗りたくないのだが、短時間ならば乗ってはしゃいで着くからちょっとだけ嬉しい。

 ヘリに乗ってすぐに朱莉ちゃんに「これヘコさんに渡して」一冊の泥酔ライオンイラストが描かれたファイルを持たされた。

 降りるとすぐにヘコが海岸で待っていた。

 ファイルを渡すと、脇からパイロットが「久しぶりー」出しゃばって、ヘコにフラッシュメモリーを手渡して挨拶する。

 暗号解読はペロン星人のコンピューターでやっていたはずだが、ペロンから卑弥呼へ、そこから遙に、そして自衛隊へとまわって行ったのなら、それなりに危険かつ重大な内容と見るべきななのか?

 でも、俺にはどうやってもヘコペコニャンニャン動画にしか見えなかった。


 パイロットにとって重大な任務なのに、実家が近くにあって、ヘコには子供の頃よく遊んでもらったと懐かしがっている。

 緊張感は微塵も感じ取れず、すっかり一緒になって宴会する気で宿へ入った。

 帰りの事など忘れて吞み始めるから、またもや気掛かりがぶり返す。

 パイロットが後から来たのだから、朱莉ちゃんが帰った時にはヘリを誰が操縦していたのだろう。

 この疑問をやっちゃんも同じに抱いたとみえて、パイロットに「てめえが吞んだくれていて、だーれが操縦して帰るんだよー」蹴りを入れた。

 流石に我が弟子である。

 すると、パイロットは笑いながら朱莉ちゃんを指す。

 絶対に嫌だ。

 車の運転免許でさえ持っていない小娘に、軍用ヘリなんか宛がったら、近所の自然災害よりもっと深刻な被害をもたらしてくれるのは確実だ。


 折角の宴会だが、浮かない顔をしているのがチラホラ。

 理事長の爺さんもその中の一人で、どうせ孫が仕掛けたいかさま博打に引っ掛かった口だ。

 俺と爺さんと、貫太郎までズンと沈んでいる。

 どれだけの人間がドボン喰らった。

 俺の秘密をばらしまくった医者の風上にも置けない女医が、理事長から分け前を受け取っているのを見るに、やっちゃんのスケベ心をつっついて、あの馬鹿はそれにまんまとはめられた。

 そして、この宴会騒ぎになったのだろうと想像できる。

 一人二・三十万の賭け金にしても、あの女共は二百万近くのあぶく銭を稼ぎ出している。

 山城の親分まで年甲斐もなくやっつけられた口で、いくらやられたか聞いたら、二百万も突っ込んでいた。


「親分ー、そんな大金があったら、もっと人助けできたんじゃないのー」

 俺もやられたけれど、その事は内緒にして少しばかり意見してやった。

「それなんだよなー、博徒の血が久しぶりに騒いじまってよ。てっきり、この勝負もらったと思ったんだがねえ。あいつがこれだけの人間を招待しておごるなんてなー。世も末だよ。長生きなんかするもんじゃないねー」

 こう言って始めのうちはズッポリ落ち込んでいた山城親分も、負けた金はすっきり諦めるってのが博徒。

 終いの頃には、すっかり宴会に馴染んで馬鹿騒ぎに参加している。

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