54 空飛ぶはしご車
こうして一つ所に集まって、目の前の災難を見ているが、誰一人として朱莉ちゃんから事情を聴かされていないのが分かった。
ペロン星人は、獣医からもらった資料が未来予想だとかのたまっていた。
それが本当なら、今回の氷や雷だとか温泉の噴き出しくらいは分かっていただろう。
だが、素直にそんな予言が的中するとは信じられない。
彼等の科学力をもってすれば、この程度の災害なら無力化もできただろうし、作り出すのも可能だ。
どちらかといえば、災害を作り出して、もっと大きな過ちを隠そうとしているか、別の銭儲けを企んでいるのが彼等流だ。
考えている事は誰も同じと見えて、会話はこれで途切れた。
ハウスで旨く呑んでいた酒を持ち出し、続きを避難所化した診療所でやっていると、相南に緊急の呼び出しがかかった。
非番で自家用はしご車に乘って、有朋を助けに来ただけで、下戸ないのに呑んでいる。
運転どころではない。
しかしながら、責任感があるのか無責任なのか。
微妙に困ったな奴で、その場にいた全員がやめておけと言ったのに聞かない。
緊急に呼ばれたならば出動だと、無理して動かそうとしたから、伸ばしたままのハシゴがかろうじて沈まずに残っていた有朋組の二階部分を粉砕して池にばらまいた。
こんな状態だからと消防本部に連絡すると、救急隊がすぐさまやって来て、はしご車を貸してくれと酩酊状態の相南にすがって頼む。
飼料タワーより高い建造物のないこの地域で、はしご車は無用の長物のはずだ。
村のようすを聞けば、真ん前の事務所と同じように、温水池にのまれた家で孤立しているのが何家族もあって、救出が間に合わなくなっていた。
そんな緊急事態に、相南を使いものにならなくしたのは俺達の責任だ。
せめてはしご車は自由に使ってやってくれ。
なんだったら【消防本部に寄付してもいい】と、酔った勢いで作った契約書を、前後不覚の相南にチラっと見せてサインさせた。
氷が止んで外に出られるようになり、街はどんな状態か眺めていると、遙か遠くに巨大な竜巻がおきている。
遠くで見にくいから双眼鏡を覗く。
一筆書いて持って行ってもらったはしご車が、竜巻に巻き込まれている。
完全に出来上がって生死の境を彷徨っている相南には、絶対に内緒にしておこうと皆の意見が一致した。
酒がなくなると、昼の延長線上に長くのびたランチタイムがようやく終わる。
後片付けをしている時「二・三日は何とかなりますけど、これだけの人数だと、すぐに食糧が底をつきますわよん」
いささか呑みすぎて気分が高揚したキリちゃんが、絶望的な将来の展望を陽気に意見する。
「卑弥呼さんに連絡してみれば、困った時は神頼みよ」
これまた珍しく、きつい酔い方のあおい君が、近代医学を学んだ医師とは思えぬ非科学的発言をする。
今朝は道だか庭だか区別のつかなくなった私道を隔て、真正面にそびえ立つ有朋組の二階屋がいくらか傾き始めただけで、俺自身に降りかかる災いがあるなどと疑いもしない長閑な景色だった。
それが、呑んで食って酔っている間に、有朋組は家屋が崩壊して、今や組員は青息吐息の急性アルコール中毒患者に変身している。
有史以来とも言うべき村の緊急事態に、救急救命士である相南は、現場で救助活動をするどころか、呑みすぎて自分が危篤状態に陥っている。
氷が降り出す前に、有朋が言いかけていたペロン星人と
朱莉ちゃんの関りは、一たす三も分からなくなっている酔っ払いのでれすけに聞いても、まともな回答を得られるとは思えない。
それより、ここまで地域限定災害が頻発すると、それこそ神か悪魔に祟られているのではないかと勘ぐれてしまうから空恐ろしい。
そんな不安を払拭するには、やはり神と交信できるという嘘八百で食っている巫女に来てもらうのが一番いいかもしれない。
食料を運ぶのに、彼方から来てもらうのはいささか心苦しいが、この場の全員が相当の酔っ払いになっている状態からして、こちらから荷受けに行くのは、自分ばかりか他人の命が幾つあっても足りない相談だ。
という訳で連絡してみると、心地よく了承してくれたのはいいが、どんな時でも人の困窮を銭にするのは逃さない商魂。
絶対に寄付や施しではない。
完全にぼったくりの請求書を添付した食糧が、十分もしないで配達されて来た。
「どんな輸送手段を使ったら、あっちこっち高温の温水池
が出来上がっている道を、この速さで配達して周れるんだ」
酒を呑まず余計な事を話さず、でっかい態度と暴力的な行動を控えれば、そこそこ良い女に見える巫女装束の卑弥呼に聞けば、黙って上空を指している。
知的地球外生命体であるペロン星人は、宇宙を航行中に遭難して地球にやって来た。
その彼等を面倒見て来た一族の末柄だから、それなり彼等が持つ科学力の恩恵にあずかっているとは思っていたが、それなりの未確認飛行物体が宙に浮いている。
それでなくとも慌ただしい災害が頻発している時に、空飛ぶマイクロバスは住民の不安をあおるばかりだ。
「誰にもらったの?」
「ペロン星人」
聞かずとも、他にこんな上物をプレゼントしてくれる人種はいないと分かっているのに、つい酔いが先走ってつまらない問答になってしまった。
「俺にも一つもらってくれないかな」
「聞いておくわ」
戦争の真っ只中でも、損得勘定を忘れない女だ。
ペロン星人が無償でいいと言っても、仲介料をとりそうだが、原価が無料なら多少の報酬は払ってでも欲しくなる一品だ。
こんな会話を薄ら寝ぼけながら有朋が聞いていて「できれば僕も一機欲しいんですけど、なにとぞ御口添えのほどよろしく御願いしますです」
地代未払いのいざこざが、未だに解決していないのも忘れて頼み込む。
「はいはい、一応言っておくけど、タダじゃないわよ。払えるの?」
「はい、あんなのが手に入るなら、アメリカにあるカジノを売り払ってもいいような気分ですー」
適当に酔っ払って気絶していればいいのに、つまらない時に目覚めて余計な物を見てしまった。
もとから珍しい物が大好物の変人だから抑えが効かない。
刹那に起った非常事態の連続に、正常な判断能力がピンボケしている。
ここは俺が制しておくべきかと思い、口を挟もうとするのをあおい君が止める。
「卑弥呼さんの商売を邪魔したら、診療所までバラバラにされますよ」
「そうですよ、それでなくたって地代抗争の流れ弾で窓ガラスが何枚も割れているんですからー」
キリちゃんが付け加える。
それもそうだから、ここは黙って有朋が不幸への片道切符を買うのを眺めているだけにした。
見ているだけなら、こちらに重大な危害を及ぼしたりはしないだろう。
万一流れ弾が飛んで来てガラスが割れても、いつも双方から賠償金を取っている。
卑弥呼はただの女とは違う、手出ししないで済むならそれに越した事はない。
食料を運び終えると、突然入口の戸が開いた音に気付いて振り返ったが、片耳でしか聞き取れていないから違う方を見ていた。
あおい君に、頭の向きを変えられた先は処置室。
いつものように、下戸のくせに呑んでヒクヒクしていた相南。
今までに診た事がない角度にねじれた左腕を、右手で持ったままたたずんでいる。
「ベットから落ちて、気が付いたら腕が上手く動かなくて、変ですよね、これ」
俺達は理解しているが、こいつはまだ自分の腕が外れていると分かっていない。
下手に真実を伝えて、痛いの痛くないのと騒がれると鬱陶しいばかり。
とりあえず、ベットに戻れと諭し、笑気ガスを嗅がせてやった。
このまま寝ているうちに骨を元に戻し、ギブスで固めておけば、目覚めてから騒ぎ出したりはしない。
あおい君と二人で相南を素っ裸にして全身を消毒し、腕を引っ張って脱臼を治していると、やっちゃんからメールが入っていると、キリちゃんがノーパを持ってくる。
ギブスの石膏をこねたり塗ったりしながら見ると「銚子の病院に転任した城嶋について教えてくれ」何通もメールが入っていた。
俺だってよく知らない奴だ。
キリちゃんに頼んで、適当な情報を流してもらった。
この通信をしてからすぐに、地域の通信網は総て遮断され、外部との連絡が取れなくなってしまった。




