51 所在地不明の大病院
翌朝早く。
珍しくペロン星人が車で俺を迎えに来た。
真っ黒のつやあり塗装に太いタイヤを履いて、前にはウインチをつけガードパイで全方向囲った装甲車のような見掛け以外は、全く普通のワンボックス車に見える。
運転手の顔も後ろに乗っている連中も、外から確認できるガラスだったのに、乗ったら中から外がまったく見えない。
どんな仕組みで運転しているのか、気になりだしたら落ち着いて乗っていられない。
「なにも見えないけど、どうやって運転してるのかな」
「運転手が優秀だからよ、長年の勘で走れんだー」
「それって、見えていないって事でいいのかな?」
「早い話しがそういう事だー。ガラスの向きを反対に付けちゃったんだー。諦めろ」
俺は諦めてもいいが、運転手はそれでいいのかよ。
数分おきに強い衝撃が車両全体を襲うのは、どこかの秘密基地から攻撃を受けているからだと言ってくれた。
県警らしいサイレン音と、止まりなさいの警告はどう説明する気だ。
どんな手段で県警をまいたか見えないから分からないが、運転手が後方バズーカと書かれたスイッチをポチットしたのは確かな事実だ。
「ここらあたりのはずだー」
運転手が後ろを向いて俺に告げると同時に、前方でドンッと大きな音がして車が止まった。
「ゲートに警備員がいるから、手続きしてくるのー」
ドアを開けると、運転手が外に出てすぐに戻ってきた。
「手続きしなくてよくなったみたいだ」
こう言って、閉めっきりだった窓を開けてくれたので、ゲートの警備ボックスが見えた。
ゆっくり走り出す車の前に、倒れた警備員の足だけがある。
それを動かすでもなく進むと、車は上下しながら二度ばかり傾いてくれた。
「おい、死んじまうだろ。なんとかしろよ」
ペロン星人と違って良心のある俺は、正直な気持ちを彼等に伝える。
「後で修理屋に連絡するだー」
修理屋で事が済むなら、あれはロボットだったと信じるしかない。
しかし、いつでも嘘つきだから内心不安が拭えない。
極秘施設だとするからには、それなりに高い塀に囲まれていたりするのかと思っていたが、行くまでの道のりが不明なだけで、病院の真ん前は大きな公園になっている。
そこにはどう見ても、一般人としか思えない子供連れの御婦人達が寄り合っている。
辺り一帯厳重な警備陣が敷かれているでもない。
作業員らしき人間が行ったり来たりしていて、病院の入口には住所表示までしてある。
後でここがどこなのか調べようとメモ書きしていると「そんな事しても見つかんねえだー。あんたって極秘施設だーかーらーよー」意味不明に笑われた。
中に入れば、宇宙規模の個性は感じられないで、甚だ普通の病院に見える。
ロビーには落ち着いて座れる椅子とテーブルが置かれ、奥のカウンターにも五脚の椅子が設置されている。
その向こうでマスターが、サイフォンで珈琲をブクブクコネコネ。
「おかえりなさいませー、御主人さまー」
テーブル席に座った俺達の所に、メイド服を着たウェイトレスがメニューを持ってくる。
入ってすぐは一般的な病院に感じたが、予想しうる状況とはいかなくなってきた。
「おい、病院じゃないのかよ」
連れて来られた場所が違うのか途中の休憩か、それにしては入口に【秘密の病飲】ハッキリ誤字看板を出してあった。
「ああ、病院だー」
出されたチョコレートパフェの大盛りを食いながら、ロビーを見回すと受付がない。
診察券を指し込めそうな穴もない。
それどころか、会計カウンターも自動精算機もないし職員もみあたらない。
「人……いないけど、営業してないのかよ」
「うんにゃ、やってるよ」
やはり、俺はこいつ等が作った病院の実態についていけそうにない。
診療所では患者から診察料をもらっていないから、会計システムがないのは当然と見られるが、がめついペロン星人が秘密の病院で無料治療をしているとは思えない。
なんらかの訳ありで、保険を使えない金持ち相手の病院か。
オッたまげーの人体実験をするための研究施設でもあるのか。
来たついでに、どんな悪事を働いているのか知っておいても損はない。
「ここで何やってんの?」
「普通に病院やってるだー」
嘘つきばかりの集団が運営する施設の中で、聞いて本当の答えが返ってくる質問ではなかった。
こんな所でまったりしていたのでは、いつになっても疑問が解決しない。
丸ごと嘘のベールがかかって見えない奥の世界まで、案内してくれそうな作戦に変更してやるとしよう。
御軽い感じで御願いすれば、基本姿勢が軽率な連中だ。
率先して案内してくれるに違いない。
「中を見学できるのかなー」
すると思ったとおりで、誰かに自慢したいのに極秘の病院になっているから、御披露目できないでいるストレスが一気に爆発する。
院内放送で「只今より院長の回診があります」と流れる。
院長と、俺とペロン星人ガイドが見て回るのが同時になった。
医師やら看護師まで連なって、移動する大名行列が出来上がり、次々別の医師も加わってくると、どんどんと繋がって長くなる。
どうぞ隅から隅まで御覧になってくださいませと案内されるまま歩くと、普段着の白衣で俺が行列の先頭になった景色だ。
まるっきり院長のように扱われてしまう。
いちいち説明するのも面倒だ。
適当にあしらって病室回りを終えると、腹がへってきた。
そんな様子を察したのか「これから、院内の食道街に行くかい」
地下へのエレベーターに乗せられた。
戸が開くとまさしく飲食店街。
真ん前の太い通路の両脇には、小さな専門店がズラッと並んでいる。
和洋中なんでもござれの出来栄えは、とても病院の中と思えない。
店と店の間にある一米ほどの通路を覗くと、薄暗い路地裏の雰囲気で、赤ちょうちんが揺れている。
夕方の飲み屋街に迷い込んだ気分になってきた。
「営業してるのかな」
どうせなら、赤いちょうちんが下がっている店でと思ったから、フラリ脇道にそれて行く。
中では昼間だというのに、いかにも病院の関係者や患者が一杯やっている。
「いいのかよ」
心の声が大声になって口から出てくる。
「極秘の病院だから、何でもありだー」
極秘は何をやってもいいという意味ではない。
小学校から国語をやり直してこい。
注意深く観察すれば、酒ではなく油を呑んで酔っている奴までいる。
深酒と油の取り過ぎのどちらが体に悪いかとなると、どっこいどっこいだが、油を炭酸で割っても混ざらない。
無理矢理混ぜこぜするから、炭酸が完全に吹っ飛んで、たんなる水と油に分離したのを呑んでいる。
総ては気分でどうにでもなる飲兵衛の世界だ、それでいいなら俺は納得してやるが、本当にそんな物を呑んで酔えるのかよ。
「油で酔えるの?」
「んー、あいつ等は特注品でよー。燃料とは別に油もいるタイプなんだー」
タイプとしているならば人間ではない。
十五号でさえ旧式だとされている。
ここまで人間になりきったロボットがあって当然の世界だ。
しかし、よくできている。
この施設には殆ど人間がいないとかで、ロボットがロボットを治したり、ロボットが人間を治療しているとガイドが話す。
素早く、一体の手足と首をバラシて組み立てて証明してくれた。
行き着く所まで行った不自然さだ。
食って吞んだらさっと切り上げて、早く人間の世界に帰りたい。
人間のあまりいない病院で、科学力と経済力の違いを見せつけられだだけで、たいした収獲もないまま帰って数日。
ヘコが心配かけてすまなかったと電話してきた。
獣医の事は随分と残念がっていたが、話の流れで今回の一騒動にえらく落ち込んでいる奴を引き取ってくれと御願いされた。
引き取るのはいいが、どこの何者か聞けば、以前港屋で子供達の描いた絵を鑑定していた精神科医だった。
何を聞いてものらりくらりしているから、ぬらりひょんと呼ばれている。
安全な所なら、仕事もまともにできるからと紹介されたものの、診療所も病院も人手は足りている。
断る方法を考えてみると、一か所だけ人の足りない病院があった。
ペロン星人に「生きている人間の医者はいらないか」と問合せ、概ね強制的に就職先と決めてやった。




