49 モフモフ動画はビデオテープが主流だった
二日ほどノンベンダラリ過ごし、獣医は東京に出て行った。
帰りにも寄るよう言ったが「それはどうかなー、寄れるようなら来るよ」歯切れが悪かった。
それから一週間もしないで、ヘコから電話が入った。
「彼奴な、逝っちまったよ」
「どこへ」
「彼の世だよ」
何も言えなくなった。
ぽかんと書斎に入る。
机の上には、数日前一緒に撮った写真が飾ってある。
どういったつもりか無理矢理の撮影で、直ぐにプリントアウトしてから彼奴が飾ったものだ。
わざわざ額まで買って来るのを見て、妙な事をすると思っていたが、こんな日がくるのを予感していたとしか思えない。
助兵衛動画に情報を隠してあると言って、メモリーカードを額の中に入れていた。
俺にそんな高等な物を渡しても使えないし、解読できないのは知っていただろう。
どんなつもりで置いて行った。
気になるから、念のためファイルを開いて見る。
画面の中央には、大きなベットが置かれてある。
上に薄いピンクのガウンが無造作に広がっているのは、なんとしてもこれから怪しい展開になるぞと予感させる絵面だ。
すると、右奥からなまめかしいナイトウェアーの女がクネッゝとしながらベットに座る。
そこまでやったら見せちゃってもいのか?
ど真ん中は、カメラに向かって投げた衣服に。上手く隠れて見えない。
ベットの横には、そんな事に使う為に作られたのではなかろうが、使う者からするとこの為にあるとしか思えない小道具が並んでいる。
一番端には、そりゃどうやっても無理でしょうと言いたくなるのが見える。
「なんだかなー」思わず大声が出てしまう。
隣の部屋で暇人をしていた朱莉ちゃんが、大声に驚いて部屋にのっそり入ってくる。
「あー! ヤブの助兵衛ー。いやらし動画だっだっだー」
御前だって見ているはずの物だ、それを俺ばかりがドスケベになっては、我が城であるべき診療所が間違いばかりで動いている現代社会と同じ環境になってしまう。
「獣医が置いて行ったデーターファイルだぞ、御前だって見てるだろ」怒ってからハタと考えた。
朱莉ちゃんはどう見てもまだ大人になり切れていない。
十四・五あたりだと聞いた。
子供にこの画像は早すぎる。
「預かったフラッシュメモリー、見ちゃった?」
「開いてないよ。ペロンさん所のコンピューターに繋いで解析中ー」
少し安心したような、それでもまだ不安があるような。
朱莉ちゃんは、ここに来てから暫く学校に行っていたが、そのうち行かなくなって、いつも家でウロウロしている。
母親が小言を言うでもないし、とおちゃんの一件もある事だから、元気にしていてくれさえすればそれで良しとしていた。
そのうち御給料をもらったからと、皆に御馳走してくれたり、プレゼントを買ったりしてくれるようになった。
どんな仕事に就いたのかと問えば「学校の先生だよ」としていた。
どこかの学習塾で、小学生相手に教えているのだろうが、先生とは思い切った仕事についたものだ。
最近はペロン星人と親しくしているようで、塾に行かない時は必ず遊びに行っている。
彼等の設備も使えるのだろう。
そこまではいいとしても、あいつ等とあまり深く関わって欲しくない気もする。
ヘコペコ動画を見ていないのはいい結果だが、あの野郎、とんでもない物を持ち込んでくれやがった。
死んじまったから苦情も言えない。
「これ持って来た奴ね、死んじゃったよ」
誰にも教えていなかったが、少なからず関わった人間の事だ。
この娘だけには教えてやった。
「ん、そうなんだってね。ヘコさんが教えてくれたよ」
良からぬ族が、この娘の周りに集まりだしている感じがしてならないのは俺だけか。
親はどうした。
娘が危ない仲間に引き込まれそうだというのに、のんびり構えていて良い段階はとっくに過ぎている。
「あのね、あのおじさんは、とーっても悪い人だから、御付き合いしちゃいけないよー。近付くと、悪い病気をうつされちゃうから、ねっ」
父親を永久に檻の中へ閉じ込めた一人としては、ここで将来の為しっかり忠告してやった。
「んー……。そうするよ」
やけに素直な時は、人の意見を真に受ける気などない。
俺がそうだったから、この言葉が意味する結果はよく分かっている。
この娘に言って聞かせるよりも、直接ヘコに接近禁止命令を出した方が早そうだ。
こんな事があって、俺は俺なりに動画の暗号解読に励んでいると、テントをそろそろ撤去してくれと行政指導が入った。
元々違法だらけで作った施設のくせに、テントを一張りしただけの小物を虐めて仕事してまっせとする。
いつでも役人がやるのは、金と権力の手下だ。
嫌だときっぱり言って追い返してやったら、二人の刑事がやってきた。
「先生ー、この施設はもうすぐなくなるんだってよ。もう十分に遊んだっぺー、テントどかしてやってくれやー」
「なんだ、なくなっちゃうの。それならかたすよ」
いつでも役人は分かり難い言葉しか使わないから、真意が伝わらなかった。
始めから北山みたいに言ってくれれば分かったのに、きっとあいつ等は、自分でも何を言っているか分かっていない。
概ね、山の宿が水害に遭ったのを、誰かが助けてやろうと、ペロン星人と共謀して地下水を噴き上げさせた施設だ。
被災地の復旧にも、宇宙規模の超科学力が使われたのだろう。
俺が行った時でさえ、崖下の大岩は撤去不可能に見えたのに、更なる災害で破壊された地域の総てを、避難してから一ヶ月ばかりで復旧させたのは人間技じゃない。
テントを引き払って部屋に帰る。
いくらもしないで施設建設当時の騒がしさが、外いっぱいに充満しだした。
温泉施設を作るのに、一部住民を強制退去させていた。
壊してなくなった家を元に戻して返す工事で、ペロン星人の力を最大限利用している。
仕事が異常に早い。
悪党にもそれなりの善意が残っていたのだろうが、気持とは裏腹に、復旧後の街並みが以前とだいぶ違っている。
診療所の後ろ隣りの家は、壁と天井が半分ばかり欠損していて、雨風しのげない状態になっている。
住人は、帰って来て不平の一言もなく、そのまま住む気でいる。
どれだけ賠償金を支払った。
いずれ大金だろうが、それ以上の身入りがあったればこそできた保証だ。
あいつ等にきわどい商売をやらせたら、ピカ一だ。
後ろ隣りと対照的に、正面に建っていた有朋組の事務所は、錆びが浮いたプレハブから二階建ての新築に変わっている。
どこからこんなに建設資材を仕入れた。
注意深く復旧された近所の家を見れば、どれも壁や屋根の一部がなくなっている。
外見だけでもはっきり違っているのだから、中にいたってはすっからかんになっているのが容易に想像できる。
いつもの診療所になってから、部屋で何気なく椅子に座って机の上を見る。
目の前には例の写真が立ててある。
銚子にいた頃にヘコの紹介で知り合ったが、本人は無理して明るく振るまっているのが傍から見て分かる奴だった。
どこからともなくあふれ出て来る影の原因は、一人娘の病気だとまでは分かったが、そこから先は気の毒がうつるとこちらも滅入るから聞かずにいた。
あの頃はまだ、コンピューターで動画をいじくる技術が未熟だったし、DVDレコーダーも庶民が許せる価格でなかったから普及していなくて、暗号が隠されていたのと似たり寄ったりのモフモフ動画はビデオテープが主流だった。
こいつを何本ももらって、チラ見してはそのまま仕舞い込んで忘れていた。
みかん箱で十五ばかりあるから、これが部屋を少し狭くしてくれている。
一テラバイトの外付けハードディスクにダビングしてやれば、このでかい磁気テープの塊は山城の連中にあげられる。
あそこでは未だにビデオデッキを主役として使っている。
歓迎されるはずだと思って作業を始めたが、高速ダビングが出来ない上に、ファイル変換に恐ろしく時間がかかる。
このままでは、全部処理するのに半年ばかりかかる計算式がなりたってしまう。
コソッとペロン星人に、ダビング変換のアルバイトをしてくれないか相談してみた。
何となく俺の志に感銘を受けたとかで、無料の請け負いを約束してくれた。
テープをそっくり引き渡す。
持って行って一時間ばかりすると「箱の中にー、こんなんがあったぞー」一枚のディスクを返てくれた。
何だろう。




