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雲枕  作者: 葱と落花生
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47 いけないチョメヘコ 困ったバケーション

 山城の一団が行ったのと入れ替わり、今度は家出していた時に泊まった温泉の女将がやって来た。

 去年の暮、宿の周りが大雨で崩れ建物は使えなくなっていた。

 半壊していた崖の被害が河伝いに広がると、露天風呂ばかりか釣り堀まで流されてしまった。

 山城親分が手配してくれた施設に、避難してくるといった話しだが、しかーし。

 親分が手配した施設と女将が指し示すのは、つい一週間ばかり前に吹き出した間欠泉を頼りに、急遽設えた温泉施設。

 偶然に出来上がったはずの物だ。

 金の為なら何でもやる卑弥呼とペロン星人だが、山城組が頼んだと仮定すると、ここまで大がかりで無茶な開発をやれるほど金回りが良くなった理由が出て来ない。

 それなのに、この温泉を女将にまかせるとしている。

 自然現象とするには、合点がいかなくなってきた。


 施設に避難して来た人達が落ち着くと、隣り近所のバタバタも治まり、正月らしい長閑な気分になってきた。

 振り返れば、帰って来てからの十日間、慌ただしいだけだったと思う。

 周辺は計画性のまったくない開発で、見違えるほど煌いているものの、この施設が山奥の宿再開までの仮施設だという雰囲気が、目に付かない所にチラホラ表れている。

 どこかの鼠主導型大型遊園地では、動物の巣で小規模の街を作ってあるが、遠くの景色はベニヤ板だかコンクリ板だかにペンキで描いた絵になっている。

 あれと同じ程度の張りぼてなら、少しは許してやってもいい気持ちになれるのに、絵を描くのが大変だからと、松林からごっそり樹を盗んできた。

 向こうの住宅地が見えないまで、過剰な密集植樹をしてある。

 栄養不足か空気がよどんでいるからか、常緑であるべき葉が、半分ばかり枯れた樹も混じっている。

 水かけてやれよ。


 診療所はというと、温泉にやってきた客が無茶な入り方をして倒れたり、飲み過ぎで意識が飛んでいたりと、昼夜御構いなしに患者がやってくる。

 俺ははなからそんな連中の不具合を治す気はないから、新しくできた松林にテントを張って、バーベキューで一杯やっている。

 酔ったらテントに入ってゴロリ横になれば、施設の騒がしさや診療所の忙しさから自分を切り離せる。

 食う物も食ったし呑む物も呑んだ。

 軽く一眠り。

 テントで寝転がっていると、音もなくスーっと中に入ってくる者がある。

 気配はあるが目を閉じているから、どんな者かまでは分からない。


 勝手に張ったテントの中へ勝手に入り込む二重の無法者を見るのに、力を込めて開けようとしても瞼が持ち上がらない。

 口惜しいからゴロリと寝返りを打ってやれば、これは何とか叶う動きで、金縛りとかいう身動き不能の事態ではない。

「あんた、誰?」

 当然の権利として、不当なる家宅侵入者に問い掛ける。 

 するとこいつが、クスッと微かに笑ったように感じる。

「忘れちゃったのー、変態オヤジ。谷河の露天で一緒したでしょ」この声には聞き覚えがある。

 忘れようにも忘れられない。

 悍ましい婆ぁの化身かそれとも孫娘か、両方であるとも考えられる奇妙な生物と、露天風呂でイチャイチャした記憶が蘇る。

 色白で髪の長いのをくるりと頭の上にまとめ、一糸纏わぬ姿で同じのが二っつ並んで迫ってきた。

 そんな気がするものの、目が開かなければ、あの時の女人かどうか確認できない。

 ふざけた婆ぁの孫だか、そのまま婆さんなのか。

 これだけで知っておかねば、ここから先の会話をするのは危険がデンジャラスでいけないチョメチョメだ。


 重すぎる瞼を重量挙げの要領でカッと上げると、少ーしだけ開いてくれた。

 霧がかかった視界の真ん中で、浴衣を羽織っただけの……あー何だったかな?

 四半期過ぎた古い記憶の名前は、顔を見ても出て来ない。

 とにかくあの時あそこで、あんな事こんな事いっぱいしちゃった女が突然現れて、俺のその何だ何かいやらしい何を何している。

 薄明かりの中、白い腕に浴衣の襟がすべって、伸ばしたままの俺の膝にフワリと落ちる。

 人も犬猫畜生もかような営みは同じだが、この時ばかりは人としてチャイチャイいたせし事に感謝するばかり

 はて、何でこのような事態となっている。

 もしかしたら、温泉に危なっかしいガスが混じって噴出し、地面を這ってテントに侵入。

 大地と仲良く寝ていた俺が、思いっきり吸い込んで死んじゃったかな?

 さもなくば、ガスに幻覚作用があって、超リアルな夢うつつの真っ最中なのかもしれない。

 そうでもなければこんな別嬪さんが、二度も俺の何にちょっかいを出す奇跡が起ころうはずがない。


 いつまで二人でアヘアへしていたのか。

 気付けば耳元で「またね」女の囁きが聞こえたような気がして目を覚ました。

 松の隙間から低く陽の光がテントの中に指し込んで、女が脱ぎ捨てた浴衣を照らしている。

 裸で帰ったのかよ。

 施設の浴衣だから、それを持って風呂に行く。

 ついでに朝の風呂に五分ばかり浸かっているが、何もする気になれない。

 第一、昨夜はどうしてあんなに気持ちいい事になったのだろう。


 昼間は、施設管理の為に引っ越してきた人達と、面白おかしく騒いでいた。

 順繰りに遊びに来ますからと、入れ代わり立ち代わりの訪問だったが、その時でさえあの女は顔を見せなかった。

 釣り堀の生け簀が流されているとなると、釣り竿婆ぁもこっちに来ていそうなものだ。

 ブランコ婆ぁの家に避難しているのか、姿を見せない。

 それが夜になったとたん、連絡もなしで夜這いをかけてくる奴が来た。

 並みの好き者でないのは分かるが、この地域一帯は素晴らしいばかりの田舎で、嫁どころか若い女を今世紀中に拝めないかもしれない。

 あの器量なら、男はより取り見取りなのに、どうして俺なんかの所に来た。

 奇妙奇天烈奇奇怪怪の大安売りになっている。


 浴衣を持って来てやったのだ。

 なにがしかの連絡なり挨拶があってしかるべきだと思っているのに、ありがとうでもなければチラッと姿を見せるでもない。

 風呂からあがり、自販機で冷たい缶ビールをゴロンと落として手に持つ。

 そのままテントに帰ってゆっくり飲んでやると告げ、出口に向かうと女将に呼び止められた。

「先生に瞳から伝言があります」

 そうだ瞳だ。

 夕べの今朝で伝言でもあるまいに、何をかしこまっている。

 まさか、人様にお願いして逆プロポーズなんちゃって。 

 一寸だけウキウキしている自分が、年甲斐もなく恥ずかしい。


「伝言? 何ですか」

「いえね、瞳さんも一緒に来るよう誘ったんですけどね、生け簀が流されて、御婆さんが気落ちしているからって、あっちに残ったんですよ」

「残ったって、夕べ会ったけど……まさかあの人ってもう一人の娘さんだったのかな」

「いいえー、文恵さんは旦那の事で色々とあって、アメリカに行ったきりです」

「いや、確かに昨日会った……ような気がするんだが」

 またしても頭の中に混乱虫が湧きだしたか。

 二人ともこの地にいないとなってくると、自分の経験が過激に怪しいものになってくる。

 ここは是非とも幻覚や幻聴や幻触とか幻臭だったり幻味ではなかったと、最高裁でも通用する新なる真実に登場してもらいたい。

 ところが、あの手の実体験を記録しておく癖が俺にはない。

 したがって、何事にも確証が持てない。

 第三者に、本当にあの娘と何が何して何とかなっちゃったのかと聞かれても、はいそのとおりですとは言えない。


 いつの世のどんな所にも、誰かと自分が気持ちいい関係になっていますと吹聴する輩がいる。

 悪い事にそんな連中は、自分の軽い口がどれだけ他人様を不愉快にしたり傷付けているか全く感じ取れない。

 気遣いが哀れなほどに欠如している者だから、自分の事ばかりか、人様の有る事無い事まで噂話に垂れ流して平気でいられる。

 そればかりか、意地悪くもそんな話をしゃべっておいて、笑って過ごしていられるのだから立派に罪人だ。

「先生、大丈夫ですか。酔ってらっしゃいますの、それとも、とうとう御年でお頭にきちゃいましたか。伝言は伝言ですのでお伝えしますよ」

「伝言てさー、電話すれば済むんじゃないの。ちょっとー、連絡してみてよ」

 このままなし崩しに伝言されたら、確実に俺は頭だけ別世界に行っちゃっている人になってしまう。

「今、あの娘には連絡できないんです。なんだかとっても遠くの、何とか列島とかいう所で、御婆さんと一緒にバケーションですって」

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