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雲枕  作者: 葱と落花生
45/158

45 組事務所を破壊する間欠泉

 十一時半になると市役所の放送塔から「三十分前だぞー、畑仕事は適当に切り上げて、家に帰って昼飯の支度してねー」といった意味合いのチャイムが鳴る。

 鳴り終えると、今度は市役所に待機していた職員が、いつもの美声でクロの捕獲作戦進行状況を伝え始めた。

 声がきれいだからと言って、必ずしも美人とは限らない。 しかし、絶世の美女だと確信して聞いてしまうのは俺だけだろうか。

 元日の勤務はごくろうさまと褒めてやるが、仕事のやり方を間違ってないか?

 誰か指導する立場の人間は勤務していないのか、殆どネットの書き込みを棒読みする放送になっている。

 ひょっとしたら、放送室を不埒な輩に占拠され脅されているのか、それにしては緊張感なく、放送中に笑い声まで聞こえている。

 休日勤務に腹を立て、懲戒解雇覚悟で無茶な放送をしていると確信できる。

 内容がだんだんエスカレートしてくる。


「おっとー、山城の爺さんがクロに向かって勇猛果敢にアタックー。軽くかわされて田んぼに頭を突っ込んだー。クロは向かったか隠れたか。ただいま上空よりドローンの画像を、ネットに生流出中ー。完全ライブノーカットでお送りしていますー」

 どこらあたりがノーカットなのか、若干気になる言い回しだが、まさかそのなんだ、何の事ではなかろう。

 クロを上空からも追っているようだ。

 放送されたアドレスにアクセスしてみると《この動画を見るには、サイトの認証を受ける必要があります。ネット銀行の口座番号と暗証番号を入力してください》と出てくる。

 新手の詐欺かよ。

 するとすぐに放送で「新手の詐欺行為が確認されました、住民の皆様は、十分に警戒をした対応をお願いします」と流す。

 犯人はお前だ、俺には分かる。


 昼を過ぎてもクロは一向に捕まる気配がない。

 ついには猟友会が麻酔銃を持ち出してきた。

 この時期一杯二杯ひっかけているのは当たり前。

 中にはベロベロのおっさんまでいる。

 誤射の嵐となり、どいつもこいつも同士討ちして眠ってしまった。

 結局「今日のクロ狩りはただいまをもって終了いたしました」薄暗くなって放送があると、疲れ切ってへたっているクロに網をかぶせるばかりになっていたのを途中でやめて、作戦部隊は即時解散して帰宅した。

 昼間町内をグルリ一周して、振出しに戻ったクロ。

 診療所のウッドデッキに据えた揺り椅子の上で、うら寂しく鳴いている。

「今日はいっぱい運動したわねー」

 あおい君が、丼に山盛りの餌をクロに食わせている……。


 翌朝六時、放送塔からラジオ体操の歌が流れて第一が終わると同時に、ホイッスルの音が全町へ一斉に響き渡る。

「町民の皆様、お待たせいたしました。只今よりクロ猟の解禁となります」

 町のいたるところから「オーー!」と雄たけびが聞こえてくる。

 莫大な賞金がかかっているのか、正月二日だというのに、町全体が危機的疾患にかかったとしか取れない状況になっている。

 これは医者の俺でも治しようがない。

 それよりも、さっきから診療所の中に入り込み、朱莉ちゃんの膝の上でゴロゴロ言わせているのは、紛れもなく手配中のクロだ。

 危険な逃亡猫を匿っているとばれたら、きっと町から追放されてしまう。

「ねえ、そいつは外に放り出した方がいいんじゃないの。魔女狩り並みの事件になってるから。ばれたら診療所ごと焼き払われちゃうよ」

 朱莉ちゃんへ、今の心配事を素直に打ち明けてみる。

「だいじょうぶだよ、ヤブは心配性だね。もうすぐ貫太郎さんがクロちゃんを迎えに来るよ」

 すでに捕獲の連絡はしてあるが、このように盛り上がったイベントは、ここに人が住みだしてから初めてだ。

「このまま終わりにしちゃうのはもったいないから、続けているの」と説明されたが、そんな事はない。

 毎年十月に開催される悪霊祭りの方が、この数倍数十倍盛り上がっている。

 ある専門家の意見を流用すれば《祭ではない。あれは暴動だ。紛争だ。戦争だ》

 悪霊祭りに比べれば、今回の町内一周クロ捕獲すごろくは、まだまだ歴史が浅い。

 それに、未完成の部分が多い。

 これには町議の連中も気づいていて、しばらくしてから捕獲完了情報が流された後、毎年の恒例行事として行なう為のルール作りを、休み明け一番の議題にする事が決定されたと臨時ニュースを流している。


 人間が統治しているとは思えない議案の内容が延々と放送されている中、病院を手伝っている山城の若衆が分かれの挨拶に診療所を訪ねてくれた。

 別れの挨拶とは寂しさ満点の演出で、恩人である俺に手土産の一つも無い。

 まさかの全員手ぶらで来た。

 別れがどうのの本題より、辛い景色が目の前に広がっている。

「御世話になりました」と挨拶するつもりがあるとは、到底思えない。

 貫太郎も一緒に来ているのに、クロを捕まえてやった礼もなく、思いっきり客面して飲食いする。

 若衆も同じに振る舞っている。

 病院で働いている時はナチュラルメイク推奨で、そんな普段の生活に伴う反動か、頭の天辺から爪の先までゴッテゴテの七色インコ化粧で固めている。

 どれが誰だか分からない。


 忙しい話しで、これからあちこち挨拶まわりを終わらせ荷物をまとめ、早ければ明日には銚子の寮に入る予定でいる。

 何事も計画どうりにいけばよろしいところ、どうあってもこのまま済ませてくれないのが地域の特性で、暫く会えなくなるねだのそれじゃあ元気でなどと言っている側から、隣のヤクザが事務所を飛び出して騒ぎ始めた。

 どうしたのかな。

 子分衆がざわついている辺りに回ってみると、事務所裏の壁が半分剥がれている。

 中からは、あってはならない凶器が零れている。

 大慌てで片付けているのに、表から仕舞い込む分、順繰りに裏へ押し出されてきりがない。

 ここへ集金に来た卑弥呼「これは未納になっている地代の替わりに持って行くからね」ペロン星人と一緒になって、車に積み込みだしたからややこしくなってきた。


 山城の若衆は根っからの凶器好きだ。

 一つ二つ拾い始めると、建て前の餅撒きと同じ賑わいになってしまった。

 ここまでなら地域的には真面な風情だったのが、正月だというのに地面が大きく揺れた。

 尋常らしからぬ事態に発展していく。

 隕石騒動の記憶がよみがえる。

 あの時は、目の前で卑弥呼の手下となって、ひ弱な新米ヤクザの親分をいびって喜ぶペロン星人と出会った。

 今の揺れは少し小さく感じた。

 宇宙人は出て来ないだろうなと頭上を見ると、出没禁止にした筈のパック。

 チカチカ点滅信号のように見え隠れしている。

 ただでさえ厄介な状況の所へもってきて、訳の分からない奴が出てきた。

 俺まで動揺して辺りかまわず怒鳴る。

「出て来るんじゃねえよ!」

「緊急事態だからー。おまえの足元から一分後に間欠泉噴き出すから。逃げた方がいいよ」

 予言にしてははっきりした言い方で、これまで出会った予想屋の誰よりも自信に満ちた顔をしている。

 この場合は外れてラッキーとすべきと判断し、素直に皆にも「逃げろーー‼」と忠告して退避まで三十秒。


 離れた所から三十秒のカウントダウンをしていると、予言のとうり高温の温泉が噴き出した。

 深く掘れば温水の出る地域だし、地下に湯沸かしの燃料もたっぷり眠っている。

 俺だって、そのまま地底で燃えて沸かして噴出させるのが間欠泉じゃない事くらいは知っている。

 それでも地質学となると素人以下だ。

 温泉知識のまったくない俺の分身が、間欠泉出現を予測するのは不可能だ。

 しかし、パックはこの怪奇現象を、何の予兆もないのにピタリと言い当てくれた。

 奇跡とかいう真面目に努力するのが馬鹿らしくなる事件が、嘘八百の話ばかりではないとチョビットだけ信じてやってもいいような気持ちが芽生えて来た気配がする。


「卑弥呼さん、この温泉は借りている私の物ですか、地主である貴方の物ですか?」

 後先を考えながら発言の出来ない有朋が、それでなくとも拗れている関係の相手に、黙っていた方が良い事まで質問する。

「借地権は地上権だけだから、地下にある温泉はあたしの物」

「では、地上に吹き出している間欠泉とかいう温水銃の所有者は卑弥呼さんですね」

「当然そうなるわね」

「では、この銃の暴発は卑弥呼さんに責任があるのですよね。攻撃で壊れた事務所の修繕費は払ってくださいね」

 地代も払わないでいるのに、事務所の修繕費を払えと始まった。

 噴泉騒ぎで静まりそうだった両者の攻防が、再び激しくなった。

 くだらない喧嘩をしている場合ではなかろう。

 そして、俺達もくだらない喧嘩を見ている場合ではない。


 慌ただしい攻防戦の最中、松林の住人にユンボを持ってきてもらい、診療所に温泉を引き込んでやった。

 組の事務所と診療所の間にあった四メートルの私道は、間欠泉の影響とでも言っておこうか。

 パイㇷ゚を埋けるのにホッくり返したからか、境界杭はどこかに消えてなくなった。

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