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雲枕  作者: 葱と落花生
43/158

43 売って売れない事はない

 戦場や悲劇を描いた物には、昔から高い芸術性と評される絵画もある。

 ただ、このように子供が画用紙にクレヨンで描いたのに、金を出すとは思えない。

 それに、そこまでいくと救済ではなく、ほどこしでしかない。

 山城親分がこの子等を助けたのは、哀れんだからだけではない。

 これから自立し一個の人間として、世の矛盾に立ち向かおうとする者に育ってほしいからだ。

 それを、寄付でも集める算段に違いないこの男の口車に乗せて、似非慈善団体の片棒担ぎをさせてしまうのは子守として無責任だ。

 と……ここではたと考えた。


 借金漬けの月日が長く、且つ急激な成り金となって金という物に無頓着な人間になった俺に比べ、こいつは損得勘定のできる男だ。

 それに、曲がりなりにも子守の一人としてここにいる。

 ひょっとしたら、もっと深い意味があってにやけているのか? 

 少しだけなら、話しを聞いてやってもいいような気がしてきた。

 すると、そんな気配を感じ取ったか、次なる提案をする。

「この子は金に不自由はしないけど、まだ子供だからしっかりしたエージェントが付かない事には騙されてしまう。相手の良い様に使い捨てされてしまうからね。そうなっては可哀想だ。僕が絵を教える先生兼エージェントになってやるのさ」

 ヘコは絶対に良い人だと仮定しても、子供の稼ぎで美味しい思いをしようとの企みが見え見えだ。

 こんな奴に、右も左も分からない御登りしたての子供を託してよろしい訳がない。

 やっとの思いで日本まで辿り着いて、これからの願ってもない好機を、大人の欲望に任せて失う事はない。


「このおじさんは超がつく悪漢だから、付いて行っちゃ駄目だよ」

 しっかり一人ゝに理解するまで教えてあげるべきだ。 

 こんな危険な連中の中にいたのでは、かえって将来の為に良くない。

 危惧しまくりでいると、俺の下半身から大事な臓器の一部を切り取った女医が寄って来てコソッと呟く。

「山城さんが、この子達の為に近所へ私学を作ったんですよ。先生も教育者として参加しませんこと、さっきから何か言いたそうでしたわよん」

 人の困った秘密をあちこちふれ回ってくれるような女に誘われて、はいそうですかと参加する気にはなれない。

「そんな事より、手術の詳細をそこら中にばらしまくったろ。御前はこの世で一番信用できない人間になったからな。永久エンガチョだ」

 どんなに曲がりくねった正格の女にも分かるように、簡単な絶交宣言をしてやった。


 何も聞かされていなかった私学については、もっと詳しく知っていそうなヘコに説明してもらう。

「この子等に学んでもらう為に、組の連中が資金を出し合って、近くに私学と寮を作ってあるんだ。僕もそこで教鞭を執るのが決まっているよ。子供達にたくましい金儲けの方法を伝授する予定でいたところに、この絵ときてちょうどいい機会だから、どのようにして売ったら大金になるかを第一の教え始めにしようとおもっているのだよ。だーよ」

 慈善事業みたいな学校だが、母体はヤクザ組織だ。

 行き着く所は、非合法の稼ぎばかりを教えるかと思えるが、こんな時にどうすれば金に換えられるかを考える方法論を教授しようとしている。

 まんざら出鱈目な学校でもなさそうだ。


 以前から、不憫な境遇の子供達を助けては大人になるまで面倒見て来た山城親分が、今度は学校まで作ろうとしている。

 見上げたものだ。

 俺が誰かに何かを教えられるとしたら、カンニングのやり方と借金の作り方くらい。

 この子等に適した知識を伝えるにしても、ここまで深い心の傷を負わせた者を毒殺する方法と思ってしまう。

 ヘコが教えようとしている事より、かなりすっかり絶対邪悪だ。

 教師とは、自分の知識を鏡に照らし合わせ、自分で解釈して生徒に教える義務を有している。

 それは決して偏った意見の押し付けだったり、政治や宗教の思想に服従させる為であってはならない。

 生徒に暴力をふるう奴なんてのは、もはや教師とは言えない。

 犯罪者でしかない。


 過去から現在まで、何人の教師が酷く難しい仕事だと認識して教壇に立っていただろう。

 単純に、食って行く為だけで教師になっていたのではないだろうか。

 生きる糧を得る為に教職でいる者を、悪いとしているのではないが、それだけで済ませてしまっては子供の未来を食いつぶしているだけだ。

 生徒とじっくり話し合うのを面倒だとか恥辱だとして、正義だ正道だと自分が信じる物を信じ込ませるのに、思慮なく生徒を殴っても平然としている教員のなんと多い事か。

 子供は大人の言いなりになって当たり前、そうあるべき者と決めつけ疑わないでいる。

 そんな族がしまいに言い出すのは、人は決まったレールの上を走る列車の一部になるのが一番幸せで、これこそれが本来人間のあるべき姿だといった理論だ。

 そうした結果、言われるまま従って横道など歩かず前に続いて行けば楽だから、誰もが同じ道を歩くのを見て自分の教育は間違っていなかったと自身まで騙して満足する。

 そんな悟りならば、一生悟れないままの方がまだいい。


 一派論で押し通せば正論となるから、自分で考えられない教育者は新しい事を取り分け嫌う。

 ちょっとばかり前例のない事件に出くわしたと仮定すると、主犯と思しき生徒と父兄を呼び出し、このままだと退学だの強制転校だのと脅して言いなりにさせる。

 子供の言い分など、端から聞く耳を持ち合わせていない。

 自己を主張する子は悪い子・不良で、大人しく先生の言いなりになって勉強に没頭しているのが良い子と仕分けて、それ以外の選択肢を知らないのだから呆れるばかりだ。

 私学で教える側となったヘコは、まだ子供のうちから銭儲けの方法を教えるとしている。

 革新的な教育方針で、今まで俺が出会った教師の誰よりも逞しく思える。

 筈だが、いかんせん普段の生き様が冗談だ。

 信用できない。


 保護者のいない子供の上に、言葉も通じない異国にきているのだ、誰かが一切合切面倒みてやらなければ生きていけない。

 それでも、本能が忘れてしまいたい悲劇を描かせ、その絵を売って金にしようとするなら、作者に一言相談するべきだ。

 子供だからと、個人の意思や権利をないがしろにしていいものではない。

 どんな人間にも認められるべき権利と守られるべき個人の意見があって、これをむやみに軽んじて認めてやらないでいたのでは、世の秩序は乱れるばかりだ。

 これが俺の主張だ。

 そこんところはどういったつもりなのか、どうせ適当にはぐらかされるのが落ちだろうとは思いながらも、このままヘコに任せっきりでは子供達の将来が心配だ。


「お前はこの絵をどうやって売る気なんだ? 事情を知っている俺達にはそれなりの絵に見えるかもしれないが、何も知らない人間にはただの落書きだろう。下手に騒いで静まっている精神に波風立てない方がいいんでないの」

 こうして遠まわしに止めておけと諭したつもりだったが、ヘコには相応の考えがあったと見える。

「この絵その物を直接売ろうとしたらそうだろうね。僕はこの絵が描かれるに至った経過も含めて売ろうとしているのだよ。誰もが目を背けている現実を突きつけて、こんな世界を作ってしまったのは他でもない君達なんだと言ってやるのさ。平和で誰にも迷惑かけずに暮らしているつもりでも、実際はこんな子供まで犠牲にした富のおかげで生活できているんだと言ってやるのだよ。そうすれば、こんな絵でも高値で買う人間がでてきて不思議じゃないだろ」としているが、これでは脅迫も一緒だ。

「それはやりすぎだろう、欲しい人に売るならまだしも、押し売りはいかんだろ」と言ってはみたが、ヘコの言い分が分からないでもないから怒ってはいない。

 それよりも、さっきからアインの爪が脛に深く刺さって抜けなくなったらしく、ウギャウギャジタバタしている。

 痛くないのかよ。

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