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雲枕  作者: 葱と落花生
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42 ぬらりひょんのお絵描き教室

 早朝からたたき起こされた元旦。

 山城組の連中と地回りが宿の前にズラッと並び、紋付羽織袴に大きめのステッキをついた組長を真ん中にした記念写真を撮っている。

 山城の親分は来ていない様子に、どうしたのか気にしていると「ここのところ具合がかんばしくなくて、山城さんは来なかったのだよ」ヘコが教えてくれた。

 地回りの親分と一緒に来ている理事長は晴れ着姿で、いつもと見掛けばかりか動きも御淑やかに出来上がっている。

 こんなのがゴソッと宿前に並ぶと、決まって集まるのが野次馬と言う奴。

 映画の撮影と勘違いして、写真を撮ったりサインをもらったり。

 俺達は子守があるから、危なっかしい連中とは別に支度している。


 子供達はブランド物の服でがっちり外郭を固めたのはいいが、着馴れてないからギクシャクして妙な動きになっている。

 どれだけ綺麗な服を着ても、中身まで変わりはしない。 かっこうなとどうでもよさそうだが、外国人というだけで差別する島国根性剥き出しの馬鹿がいる。

 身成で決めつけられては子供達が可哀想だと、組の連中が持ち寄った服だ。

 俺は数着の同じような服で、一年間を過ごしている。

 それがばれないように、白衣だけは時々取り替えている。 誰も白色の変化には気付いてくれないから、着た切り雀の疑いはかけられたままだ。

 正月だからと特別着飾ったりはしないで、いつもの姿でいるつもりだった。

 回りが清涼感に満ち溢れている中ではちょいと浮くから、今日は特別に新品の白衣を着てやった。


 組の連中は博徒だから、車に分乗して猿田神社へ行った。

 詣でたなりの御利益があるなら、地回りも山城もとっくに天下取りの組にまでのし上がっている。

 たいして期待できない初詣だ。

 俺達は近所のちっこい神社ですませる。

 子供達は神社や賽銭箱を見るのが初めてで、ウロチョロしている。

 迷子にでもなられたら大変だ。

 賽銭を渡すとポケットに仕舞い込んで、神に贈る金を横領しようとする。

 もっとも、今頃は診療所辺りの神社でも、卑弥呼がポッポする気満々で賽銭勘定をしている頃だ。

 神官でさえ、神への貢物で食いつないでいる時代だ。

 この子等が、自分に持たされた賽銭をどう使おうが勝手だ。


 国ではろくに学校へも行かせてもらえていなかったらしく、まともな英語が通じない。

 この硬貨はああでこうで、あおい君とキリちゃんが身振り手振りで説明すると、賽銭箱に小銭を投げ込み願いを唱える。

 声に出さなくともいいのに、でかい声で何かを御願いしている。

 英語をこの社に祀られている神は理解するだろうか。

 理解しているとされる日本語で御願いしても、叶えられた事はない。

 結果は同じだが、ちいっーとばかり気になるところだ。


 初詣を終え、宿で朝風呂に入る。

 子共達は浴衣に着替え、ロビーで女将の出す茶菓子を頬ばっている。

 アインが、贅沢にもカステラを食っている。

 猫のくせに生意気だ。

 それから御絵描きセットを各児に渡した。

 海でも山でも神社でも、何でもいいから描いてみようと身振りで示す。

 早速どの子も思いゝの絵を描き始める。

 最近の子供はゲームやテレビに漫画と、遊びには事欠かない。

 一つ所に落ち着いて何かをやる辛抱がない。

 ゲームなら一日徹夜してでもやるのに、素朴な遊びや絵を描きましょうと誘っても、ものの三秒で放り投げてどこかに行ってしまう。

 それが、この子達は他の遊びに触れて来なかった者だから、余計な事は一切忘れて絵描きに没頭する。


 子供達に絵を描かせたのは、遊びだけが理由ではない。

 ここに来るまでどれほど辛い思いをしたか、心の闇を知る術として描かせている。

 やっちゃんが務める病院の精神科医が、絵を見に来ている。

 皆から、ぬらりひょんと呼ばれている男だ。

「どれどれ、どんなのが描けたかな、見てやろう」

 ぬらりひょんが一枚目の絵を見たきり黙りこくった。

 どんな絵が描かれているのか気になって覗くと、怖い。

 見ているだけで恐怖を覚える。

 子供が描いたとは思えない。

 我を忘れ、ただ見入った。

 何を描いてもいいとしたが、到底子供なら誰も絵の題材としては選ばないだろう残虐で目を覆いたくなるような光景が、画用紙一面に大きく描かれている。

 おそらく、自分の目の前で起きた事件を描写したのだろう。

 一人の子の絵には、撃ち殺され吊るされた人間と、撃ち殺した人間が描かれている。

 また別の子は、首を切られ手足も切られバラバラに散乱する死体を描いている。

 殺されているのが、親兄弟でないのを願うばかりだ。


 この世の苦しみを総て背負ったかの如き生き様が、十かそこらの子供によって描かれるとは思ってもみなかった。

 この世にありもしない空想の世界に入り込んでいるのが近年の子だが、ここにいる者は想像する元となる知識なる材料さえ与えられてこなかった。

 悲惨な現実が、描き出す物の総てになっている。

 常人ならば、このような絵を見て嫌悪感を隠せない。

 評して愚作だとするだろう。

 しかし、己の身に起きた不幸を、はばかる事なく描き表せば、心の内に鬱積して蠢く不安の種を吐き出せる。

 この点で、絵を描いて嫌な思い出を排除するのは、この子達のこれからに有益だ。

 一種の精神ケアになっている。

 これは自らを欺いたり、人を欺き不安定な心境を正常に見せかけるのではない。

 自らの精神崩壊を食止めようとする本能のような行為だ。

 嫌な事を表出し具現化する行為と、精神保護は一見矛盾する振る舞いに見える。

 だが、成長するにしたがって閉じ込めた恐怖の記憶は、本人が忘れていると思い込んでいるだけで、いつまでも心の内にあって気付かぬ所でトラウマとなっていく。

 生活のいたる所に現れ、生きるのを邪魔をしてくれる。 


 他の子の作品も悲惨なもので、画用紙に描かれた父母であろう男女は首を切り落とされ、残された四人の子供は縛りあげられ車に乗せられている。

 俺はこの子等に対して甚だ同情する。

 この国では到底人の世にあって役に立っているとは思えない人間でも、何不自由なく平穏に暮らしていられる。

 縛りあげられたり、いつでも死と隣り合わせの生活をしている者など滅多にみかけない。

 誰もが深刻な表情になっていると、この絵を見てヘコだけがニヤニヤしている。

 普段は貸してもらえないんだと不満気だった浴衣を昨日は貸してもらえ、今朝になって新しいのに替えてもらって喜んでいるだけでもない。

 いかにこいつが人間離れした性格でも、この絵を見てなお笑顔でいられるとは、いかがな心情か。

 あまりにも無神経すぎる。

「てめえ、なーに考えてんだよ」

 俺が耳打ちすると同時に、アインが尖った爪をヘコの脛に立ててしがみついた。

「いやね、この子は、これで大金持ちになれると思いましてね。感心するやら安心するやらで、思わず喜んでしまいました」

 この男が底無しの天然であれ人でなしであれ、俗界の欲得だけで生きているにしても、これほどの無情を目の当たりにしておいて、銭金の話しができるとは尋常でない。

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