41 クレーンと人間
大晦日の朝。
診療所にやってきた爺婆を追い返し、挙って半年ぶりの港屋へ向かう。
港屋の観光パンフには【元旦は初日の出が綺麗なこの宿で過ごすとよろしい】といった事が書かれていたと記憶している。
明日はぜひとも晴れてもらいたいものだが、ヘコは比類なき雨男。
やっちゃんが頭の中と一緒で快晴男だった。
晴れ後雨みたいな中途半端な天気だと、折角温泉に行っても面白さが半減する。
ここは一発、好意は有難く受け取っておいて、ヘコは仲間外れにした方がよさそうな気がしてきた。
近いからか、いつでも来られると思っているので、やっちゃんを宿に捨ててから半年間、連絡もしないで過ぎている。
「あいつ、絶対に怒ってるから。出来るだけ遭わないようにしたいんだけどー」着く前に女将に連絡したら「承知しました。この夏に、やっちゃん先生がバーベキューを駐車場でやっていましてな。それが評判になって、今では常設しておす。着いたら様子見に、暫くそちらで遊んでいておくれやす」と、図らってくれた。
宿に着いたらすぐ、支度してあったバーベキューの会場に入り、部屋には行かないでいた。
外だが上手い具合に風よけで囲われていて、火を使っているからそこそこ暖かい。
適当に焼きゝしながら呑んでいると、アインがこそこそしている。
其れを後ろから朱莉ちゃんが捕まえてグリグリし、すぐまたあおいが抱えるてイングリモングリする。
キリちゃんにナデナデされているから、俺はフーフーした超レアプレーン牛肉を柿右衛門の皿に乗せてくれてやる。
久し振りだから、ついつい大歓迎してしまった。
「癖にならなきゃいいけどー」反省していると、ヘコが入って来て、これまたアインに一つとくれてやる。
それを当たり前に食うアイン。
ここにきてからは、恐ろしく猫可愛がりされているようだ。
焼き肉ジュージュー焼きそばドンとやっていたら、ヘコが海岸で遊んでいた子等も呼び入れた。
どういった者か聞けば「山城さんがデトロイトから引き取った子供達なのだよ。若頭がね、この子等を救い出すのに、あっちで仏さんに去れとしまったのだよ。だーよ」
この救出劇にはおまけまで付いていて、家出旅の途中に山の温泉宿で知り合った霊という男が、行方不明になった若頭を探していた時、マフィア同士の抗争に巻き込まれていた。
その時に助けてくれたのがUfo.Atomnで、有朋から日本に連れて行ってくれと託されたのが、この子供達。
霊は現地で重要参考人として拘束され、未だに日本に帰って来ていない。
奇跡が三つも四つも重なっている。
著者にとっては、まことに都合の良い事態になっている。
「夕方には、自分も宿に着くんで、子供達と遊んでいてください」
貫太郎からヘコに電話があった。
当のヘコは「クリスマスに盗んだクレーンの事で、やっちゃんが怒っているのだよ。宥めにいかなければならないのでねー。君達が少しの間でいいから、子供を見ていてくれたまえ」と言い残し、宿の中に入っていく。
正月の飾りで置いてあった凧を借りて、子供達にあげ方を教えてやったら、海岸に出て上げ始めた。
少しすると黒の乗用車が駐車場に入って来た。
後から何台も同じような車がやって来て、ヤクザ映画を地でいった眺めになっている。
「これから殴られに行ってきます。骨が折れたら治療よろしくお願いします」
貫太郎が焼きそばを頬張っている俺に挨拶すると、後に続いていた若い衆も、一斉に深く御辞儀をする。
「まかせときなさい」偉そうに応えてやった。
それから二・三十分経ったろうか、宴会場の方から馬鹿笑いが聞こえてくる。
クレーンがどうしたのか理由は分からないが、ガキの頃から兄弟以上の付き合いできた二人だ。
何となく丸く収まったようで良かった。
宴会が始まって間もなく、ヘコが会場から酒を拝借してきてくれた。
なかなか気がきく良い奴だ。
はてさて昔もこんなだったか、今までのイメージと若干のズレを感じる。
月日は人間の性格までも変えてくれるものだ。
一人で納得していると、理事長が地回りの親分爺さんと一緒にバーベキューをちょいと摘みに入ってきた。
ヘコと一言二言会話して、宿に入って行く。
ここのところ、俺の周りにヘコの出没する頻度が急激に高くなっている。
それに、知り合いの連中ともやけに親しくしている。
どんな了見か、いかん企みでもしているのではなかろうか。
かなり気になってきたので、ツンツンしてその辺の事情を探ってみる。
それを答えるでも怒るでもなく、俺の攻撃を巧にかわし、適当に相手をしてやっているといった風だ。
こちらが疲れて来た。
そこへ理事長が、宴会場から追加の酒を持ってやって来た。
こちらにまったく酒の準備がなかったのではないが、いつものことで、始めて三十分もしないで吞み切ってしまっていた。
大歓迎だ。
今日は大晦日とあって、徹夜で飲んで初日の出を拝んでから初詣。
こんな予定が立てられているに違いない。
誰も考える事は同じだが、ここで今から本気に酔ってしまうと朝には起きられない予想が立つ。
宴会場に入ったきりで連中は暫く出て来ないだろうから、このすきに一旦部屋に入って一休みする。
部屋に入ってヘコに「クレーンの件でやっちゃんが怒っているって、どういう事件なの」ビールをすすめる。
「ああ、クレーンで大きなクリスマスツリーを作って、小児科病棟の子共達に見せてあげたのさ。それが、翌日になって行方不明になってしまったものだから、御前らがかっぱらって売り払った金で、今日の貸切をやっているんだろうって疑っていたのだよ」
「そうだったのか、それなら宿一件貸切宴会の一度や二度はできるわな」
「いや、違うよ。クレーンで稼いだ金は、子供達を引き取るお金にしたのだよ」
子供達を見受けする金ならとっくに支払われて、若頭が日本に連れて帰るだけになっていると聞いたが……。
「金なら随分と前に払ってあるって山城親分に聞いたが、二重取りか?」
「それも違っているよ。デトロイトの相手が殺されちゃってね、金も盗まれていたんだな。向こうで抗争中だった時に、そのど真ん中へ霊君が行ったものだから、また一騒ぎあって。色んな所に金をばら撒いて『子供達だけでも助けてやってくれ』ってね。強力してくれたのが、Ufo.Atomnっていう人がやっているカジノの関係者だったのだそうだよ。わかったかね」
そのとってもいい人に聞こえるカジノのオーナーなら、去年隣りに越してきている。
「そのUfo.Atomnなら、一年前から日本にいるよ」
「どうやらそうらしいね。なんでも、濡れ衣を着せられた上に、他の組織から集中攻撃受けて、ヒットマンまで手配されている賞金首らしいからね。とっくに殺されているんじゃないかな」
「いや、診療所の隣りに住んでいるよ」
これには流石に情報通のヘコも驚いた。
「何! 隣りにいるって、Ufo.Atomが?」
「俺の親戚らしい」
「ヒャー、世の中分からん事ばかりだねー。オッたまげたのだよ」
この夜は有朋との因縁話で時間が過ぎるのを忘れ、近年に珍しく寝ないで年明けを迎えた。
「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます。ところで、子供達はどうやって日本に来たんだ」
霊が迎えに行った時は、マシンガンバリバリの抗争真っ最中で、とてもではないが街から出るのも危険な状態だったと聞いて疑問が湧いて来た。
「それなのだけどね。霊君のかみさんになった人の御婆さんという人が、三つ子でね。その中の一人が、山城さんの所に来てさ、孫娘と子供達を一緒に連れて来るけど良いかって聞いたのだそうだよ。もちろん、山城さんは出来るならそうしてくれって頼んだのだけどね。そうしたら、半日もしないで組の事務所に表れたのだそうだよ。変なばあさんだろ。霊君だけはFBIに逮捕されていて、日本に戻って来られなかったのだよ。まだアメリカのどこかに監禁されているのではないかなー」
おふざけが過ぎる三婆の二人までは確認していたが、三人目まで俺の人生に少なからず絡んで来ている。
安泰に始まったばかりの今年を無事に乗り切れる雰囲気ではない。
いらん不安がふつゝとして来たものの、普段の早寝遅起きが祟り、三時頃になると詳細について聞き出せず、気絶同然に寝てしまった。