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雲枕  作者: 葱と落花生
40/158

40 御葬式

 珍しく、何事も無い穏やかな朝。

 テラスで土偶を抱え、揺り椅子に揺られている。

 起きたばかりなのに、うつらうつらしてくる。

 低い読経の声が聞こえてくる。

 外に出た時には気づかなかった。

 この声はと見当をつけてそちらに向くが、右耳の聴力がほとんど無いから、ただ広い野原を視線が彷徨う。

 今すぐ逝きそうな連中のたまり場の真ん前で、気遣いなく迷惑な音を垂れ流すのは、隣の有朋組くらいしかないと決めつけ、事務所に向きなおす。

 ミニチュアの花輪がズラズラ並んでいる。

 葬式ごっこは嫌がらせ以外の何ものでもない。


「ふざけやがってー」と立ち上がったところへ、卑弥呼が鳥居紋の入った喪服で頭を下げながらこちらにやってくる。

「今日はご迷惑をおかけいたしますが、大事な方の葬儀ですので、一日だけご勘弁を願います」

 いつになく低姿勢に来られたら怒れない。

「神官が仏式の葬儀とは意外だね、それに有朋は日本に来たばかりだから、彼の知り合いではないだろ。なんだか妙な葬式に見えるんだが、どういった知り合いなのかな」

「神殿は厄を嫌いますから、葬儀や墓所は適いません。松林の方に伺いましたら『この様な葬儀ならば、有朋さんのところで請け負ってくだそる』との事でしたので、本日お願いしたしだいでございます」

 脈絡のない多角経営で、有朋組の事務所がメモリアルホールの機能まで備えているとは知らなんだ。

「で、誰がお亡くなりになったんですか? 恐ろしく小さな花輪が並んでいるが、字が細かくて読めないんだ」

「神社に捨て子されていた方で、身寄りもなく、私共で三毛子と名前させていただいていましたが、まだ二歳にもなっていなかったかと。はかないものでございます」

 神社に捨て子とは、どれほどの事情かは分からないが酷い親もあったものだ。

 それにひきかえ、頼り所のない者の葬儀を出してやるとは、危険な考えばかりの女かと思っていたが、少しばかり見直した。

 関心していると、いつもアインと遊んでいる黒猫が花輪の前に座り込む。

 それを見た卑弥呼が「本日はまことに急ですのに、お越しいただきまして、どうぞこちらでございます」猫にまで挨拶して中へと案内する。

 平静を装ってはいるが、かなり動揺しているとみえる。

 己の住む社に捨てられた二つにも満たない幼子が絶命したとなると、母性本能が微塵でもあればいたたまれないのだろう。


 そこへ松林の住人も弔問にやってくる。

 どこから借りてきたのか、いつもの着たきり衣装と違って葬儀に無礼でない恰好をしている。

 それらを観察して暫く呆然としていた。

 我に帰ると、今葬られようとしている者は見ず知らずとはいえ、生い立ちから死に至るまでの人生が不憫に思えてならなくなってきた。

 せめて、弔いくらいは賑やかにしてやりたい。

 診療所の連中にも教えて、焼香させてもらう。

 先に出た朱莉ちゃんが、涙目で帰ってくる。

 それをあおい君がなだめ、後ろでキリちゃんが目を赤くしている。

 少なからず全員女人であると確信した瞬間である。

 南無ー。


 死んじまったのが誰であれ、葬儀という催しには参加しない主義だ。

 この場合は知らない人間の葬儀でも、卑弥呼が喪主となっている。

 線香の一本くらいはあげておかなければ、後から何をされるか分からない。

 さっさと事務所に入って霊前へ向かうと、中には野良猫が何匹かゴロンと寝転んでいる。

 その猫に、若い衆が刺身の切れ端を差し出すと、パクッとやってまた寝転ぶ。

 妙な景色だ。

 前に出て焼香を済ませ遺影を見ると、猫だ。

 猫だよ。猫じゃねえかよ。

 ならば、神社に捨てられ一歳二歳で死んでも人類の辱になる事件ではない。

 それを分別なく、大げさな連中が、俺までこんな茶番に引っ張り出しやがった。


 ともかくアホが過ぎる空間から抜け出て、診療所の時計

を見ると十時を過ぎている。

 再び揺り椅子に座って考える。

 たかが猫にあそこまで奮発した葬儀を出すからには、それなりの理由があっての事ではなかろうか。

 霊力がどうのこうので、神社が弔ってやるとなると穏やかでなくなる事態だ。

 まだ二歳にもなっていなかったと言うから、よもや化け猫ではあるまい。

 化け猫でないならただの猫。

 猫とすればペットだ。

 あるいは、卑弥呼が香典稼ぎのアルバイトに走ったとなる。

 しかし、どれほど銭の神を妄信しているにしても、そこまでやるとなると不穏当だ。


 何にしても、俺は焼香しただけで金は出していない。

 実害はなかったのだから、ここで考えるのをやめてしまえばいい。

 なのに、だんだんと勘繰りがエスカレートしていく。

 遺影を見る限り大それた猫には感じなかったが、実は由緒正しき血統の三毛猫だったのではなかろうか。

 それにしては、捨てられていたというのがひっかかる。

 ならば、怪しい商売の片棒担ぎに使われていたか。

 雄の三毛猫ともなると、オークションで一匹一千万の値が付くこともあるほどの希少種だ。

 実際は雌なのを、雄と偽って生命保険をかけておいて、いざ死んじまったらさっさと火葬にして性別不明にするとか。

 別に本物の雄は生きていて、身代わりに野良三毛の雌を雄として埋葬する気か等々。


 このままでは、思考の連鎖が止まらず眠れぬ夜になりかねない。

 誰か実態を知った者はいないのか。

 すると、以前もらった猫語翻訳機の事を思い出した。

 俺はあいにくどこかへやってしまったが、診療所の連中なら誰かが猫に事情を聞いて知っているはずだ。

 そうでなければ、真面目顔して猫の葬式に出て泣きながら帰ってくるなんて事になるはずがない。

 さて、誰に聞いてやろうか。

 朱莉ちゃんがふらっと外に出てきた。

 翻訳機を作るくらいだから、きっと猫語には精通しているに違いない。

「あのさ、今日の仏さんて、猫だよね」

 何気なく非常識な質問を振ってみる。

「うん、猫だよ」

 この娘は見かけがボヤッとしているから、つい内容まで薄らかと思うが、実際はまともでしっかりしている。

 当然の答えが返ってきたので少し安心した。

「何で猫の葬式なの。あの猫って何か特別なの」

「ふつうの三毛猫」

「そんなんで人呼んで葬式ってやるものなの? 最近流行ってるのかな、そういうのって」

「ただのノリでやってるみたいよ」

 増々理解できない事になってきた。

 もはや、納得できる答えが出る疑問とも思えなくなってきたか。

 ここでこの件に関しては、記憶からすべて消しやってしまうとした。

 かくして、夜になっても寝られないといった不快な症状は出ずにすんだ。

 しかし、何とすべき事件だったのか。

 今もって解説に苦しむしだいである。


 暫くして、千葉テレビのローカルニュースを見ていると、港屋に置いてきたアインが出演している。

 千葉全域が猫ブームなのか。

 猫の葬式の後は、座布団に座ってちょいと招き猫の恰好をするというだけで、アインを福の神様と祀り上げてありがたがっている。

 あれは診療所にいた頃からやっていた癖で、毛づくろいが下手なだけだ。

 顔を撫でているつもりなのに、その手が空振りしている。

 そんなにありがたい猫ではない。

 招き猫アイン様騒動があってから幾日もしないで、ヘコが来年のカレンダーを送ってきた。

 そこには、ありがたい招き猫様として、アインがあっち向きこっち向きしている姿が載っている。

 野良の泥棒猫が、えらい出世をしたものだ。

【この街から離れて暮らすやっちゃんの為に、大晦日に港屋を借り切っての宴会を予定しているのだよ。君たちも来てくれたまえ】手紙が添えられている。

 あいつから俺を呼び出すなんて、珍しい事もあるものだ。

 診療所の皆も一緒に御御招待とは、並の頼み事でない事情があるのではと勘ぐってしまう。

 こちらはファンタジーとは無縁で、魔法使いに知りあいがいるでもない。

 どんな願いがあるにせよ、出来ない事なら断ればいいだけだ。

 気楽に招待を受けてやった。

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