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雲枕  作者: 葱と落花生
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39 ネコババ

 何が本当の目的だったのか、犯行が欲張りでチグハグな計画だ。

 主犯格も真の目的を知らないかもしれない。

 病院の占拠は手段であり目的ではない。

 次に起こった列車強盗も、山の賑わいを集める為の手段だったのだろう。

 ならば、ペロントンネルの先客五人組は主犯格に騙されている者となる。

 防衛大臣の暗殺が目的なら、人質事件を起こせば視察が中止になるくらいは予想できる。

 病院を占拠して狙撃する必要もない。


 主犯格が身代金を持って逃走中だが、金が本来の目的ならば、列車強盗なんて余計な事をする必要はない。

 身代金は間違ってもらえちゃった物とみべきで、当初から計画にあったとは思えない。

 どんな言い訳をするのか、鉢合わせが楽しみだ。

 上手く丸め込めなければ、内輪もめが烈々たる局地戦へ発展するのは必然で、先行班と後行班の協力体制がなくなれば、犯人逮捕の労力は格段と少なくて済む。


 犯人はトンネルにトラップを仕掛けた相手が誰なのか、ここがどこなのかも分からないでいる。

 疑心暗鬼にトチ狂った者に、反撃される心配は全くない。

 ただただ意地悪く、ここで眺めていればいいのだ。

 病院から工事現場まで掘られていた脱出用のアルトイーナトンネルは、病院側からの数十メートルが爆破され行き先が分からなくなっている。

 世間様は犯人が消えたと大騒ぎしているが、俺達は行方を知っている。

 出口のない迷路で、昼夜恐怖に打ちひしがれていくのをライブ映像で楽しめるのは特権と言うべきだ。 

 まさに人の不幸は蜜の味。

 甘いものを控えなければ、また中性脂肪が増えてしまう。

 バーベキューをやりながら見てるからいけないのか。

 ペロン星人はバーベキューが好きだ。

 特に俺が作る【特性焼き肉のたれ】を気に入ってくれている。

 何の事はない、市販の焼き肉のたれに擦りおろしニンニクを加えただけだ。

 レシピをばらすと招待されなくなるので、絶対に教えてあげない。


 訓練されているだけあって、犯人グループはなかなかトラップに引っ掛かってくれない。

 疲れて注意力がなくなって来れば、簡単な罠でもかかってくれるのに。

 とはいうものの、強力な罠にかかって死なれても後々めんどうだ。

 死なない程度のダメージを与える武器やトラップでの攻撃に替えてもらった。


 トンネルの中で出くわした犯人AグループとBグループ。 案の定、話し合う間もなく銃撃戦になった。

 犯人が怪我をして担ぎ込まれ、いよいよ医者の出番となる。

 普段は血の色と臭いが苦手だから、色眼鏡とガスマスクは必需品。

 そんな身成でよく手術が出来るものだと言われるが、この怪我人には同情の欠片も感じないで冷静に治療出来る。

 怪我の治療手術をしている最中に、死んじまっても良いと言うのと、生かしておけとする二人のパックが飛び回っても気にならなくなった。

 いつの間にかマスクもメガネもなしで、手術している自分がいる。

 一連の事件で緊張に慣れたか。

 ショック療法と同じで、ゆるやかではあるが、医療技術と思考回路は回復傾向にあるらしい。

 もっと刺激的な事が起これば、さらに早い回復を期待できるが、これ以上の刺激には遭遇したくない。


 散々な抗争の後、仲間割れをしている場合ではないと気付いたのだろう。

 怪我人を見捨てて逃げ廻ってみたものの、元の場所に戻ってきた時に怪我人は回収された後だ。

 横たわっている筈の人間が忽然と姿を消している。

 気が動転して、精神崩壊した一人が銃を乱射しだした。

 見事に単純な奴等だ。

 敵も味方もなく、誰も信じてはいけない状態でぼろぼろになった一味。

 ここまできてから余裕で縛り上げ、工事現場前の道路で晒し者にした。


 犯人逮捕は、患者救出に協力してくれた北山とクロの手柄にしてやろう。

 二人の株が上がれば、この先の利用価値も上がってくる。

 一味を路上に放置しておけば、二人は県警に応援を要請するだけでいい。

 それはそれでいいのだが、身代金が紛失している。

 二人の刑事には伝えなかったが、気付くと思って詳細まで申し送りしていなかったのがいけなかった。

 縛り上げた犯人達と一緒に転がして置いたのに、護送車が到着した時はなくなっていた。

 俺にはどうでも良い事だが、嫌な感じをぬぐえない。


 診療所に戻って、やっと気を抜けた。

 酷く緊張していたのではないが、病院の一大事となるとやはり疲れる。

 頭上のパックが熟睡している。

 無防備の高鼾でいるのなら現れなければいいものを、若干五月蠅い。

 かなり五月蠅い。

 耐えられない程やかましい。

 休めない。


 暫くして、芙欄が診療所に車で乗り付けた。

 病院で隔離していた一味の一人を警察が見逃がしていたので、後をつけると目的地には縛られた一味、その横には大金の入ったケース。

 刑事が応援を要請していたので、他のメンバーを逃がそうと様子を伺っていた犯人を、後ろから頸動脈圧迫して気絶させ身動き出来なくなるまでボコボコにしてから、松ノ木に縛ったという。

 芙欄にとっては小銭のネコババ。

 御遊び気分だったのは、これまでの行動パターンからして明らかだ。

 護送車を待つ刑事のすきを伺ってケースを盗み出したあたり、詐欺・盗人の度胸と腕前は健在。

 早く衰えてほしいと願うばかりだ。


 チョット手を伸ばせばとどく所に大金が転がっていては、芙欄の脳ならば疑いなく天の恵みと判断して運び去る。

 病院の院長という立場を自覚してもらいたい。

 あまり自覚し過ぎて、職権を乱用されるのも困りものだが……。

 今更警察に事情を説明して返すわけにもいかず、解除されたケースの追跡装置を野良犬に括り付けた。

 現金は遙の所に持って行かせ、内々に返却してもらえるようお願いしたが、本当に返すかどうかは不明だ。

 芙欄が正直に全額遥に届ける保証もない。

 俺の気が済めばいい。 

 どうせこんな時の為に作られた、衛星追跡可能な高額古紙幣の束だ。

 ケースから出して使った途端、取り押さえられて闇から闇。

 使わずに持っているだけでも監視され続ける。

 とってもデンジャラスな現金だ。

 キャッシュディスペンサーから強奪した現金のインクを、ベンゼンで消すように単純な対処で使える金ではない。

 サッと返してしまうべき物は、火の粉が被っても平気な奴等に頼んで処分してもらうのが一番だ。

 電子レンジでチンすれば衛星追跡はできなくなるが、直ぐに消火しないと灰になってしまう。

 衛星以外にも、この札の特定方法は幾つか考えられている。

 こんなしょうもない現金より、俺は数千倍も良い物を見つけた。


 持ち主はただのガラクタだと思っていたに違いない。

 列車から盗み出された美術品の中に紛れていた金属性の人形。

 一見土偶だが、解析不能の金属でできている。

 子供の頃、爺ちゃんに見せられた先祖代々の御宝だ。

 自分の命と引き換えに、何でも願いが一つだけ叶うと言い伝えられている。

 親父が詐欺に引っ掛かった時、小遣い欲しさの爺ちゃんが質に入れ、その金で駄菓子を買ってもらった記憶がある。

 どこをどのように廻り廻ったのか、爺ちゃんに言わせれば「自分の命と交換にしてまで叶えたい願いなどないだった。

 それから数日後、爺ちゃんは他界した。

「何か願い事しておいてほしかったなー」

 今でも思っている。

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