32 犯行意図
病院を占拠しておきながら、未だに何の要求もしない犯人グループ。
マスコミを呼びつけて、声明文を読み上げるでもない。
政府高官を名指しで召喚するでもない。
政治的背景がないなら、目的は身代金だが、それも要求していない。
不可解な事件だ。
仮に何等かの要求が通ったにしても、その先に待っている逃走手段がない。
逃走用の車両やヘリを要求しても、自分から檻の中に入って行くようなものだ。
奴等なら、それくらいは分かっている。
計画性の高い犯行だ。
必ず逃走経路を確保しているはずだが、見渡す限り逃走経路は皆無……でもないかな?
病院の地下道を利用すれば誰にも気付かれずに逃走可能だ。
しかし、犯人グループがこの地下道を知っているとは考えられない。
犯人が知っている地下道は、既に警官隊が監視している下水道だけ。
自爆テロなら別だが、日本の極めて注目度の低い地域病院でテロを実行する意味はない。
終末思想に取りつかれ、多くの人を道連れにといった集団にも見えない。
装備からして、解決まではかなりの長期戦になる予想だ。
緊張しっぱなしでは体が持たない。
休憩を入れなければと思い立ったので、診療所でバーべーキューをやりながら、見方を変えて作戦会議をすることにした。
芙欄には【バーベキューを食いながら作戦会議】の映像だけ差し入れてやった。
会議に出席する為の他者同意を得ず、己の欲求のまま参加していた遙から発言があった。
「昔々、犯罪の可能性について調査したけど、ここらで起こる重大犯罪は、使用済み核燃料か金塊の強奪くらいだったわよ。治療中の腐れ親父は別格として、立て籠もる理由になる犯罪はなかったわ」
十中八九指摘のとおりだが、実際に事件は発生している。
「陸路で問題が発生すると、核の輸送ルートは海路に変更されるけどね」
核を盗む気ならそれ位知ってるだろう。
病院を占拠して核持って来いでは、計画に問題が多過ぎる。
ならば目的は金塊輸送車か。
「ほんでね、金塊輸送は列車なのよね。列車止める気なら、立て籠もったりしないわよね」
こうなってくると、人質をとって病院に居座る理由が思い浮かばない。
そうこうしていると「ナンバー不揃いの古札で、人質一人につき十億円」と要求してきた。
まともな判断が出来る奴なら、逃走用車両とかヘリも同時に要求する。
それ以前に、洒落にもならない吹っ掛け方。
要求を認めさせる気迫を感じない。
完全に時間稼ぎだと分かる身代金で、本当の目的は何なのか依然として不明のままだ。
イライラすると体に悪いから、余計な情報はカットした方がいい。
無益な犯人との駆け引きは警察に任せ、出来る事から片付けていくしかない。
一斉に人員を入れ替えるわけにはいかないので、少しずつでも確実に行くのが今の最善策だと判断した。
作戦を決行したら、犯人がまたもや要求を出してきた。
勿論我々に対してではないが、何やらこちらの動きが読まれているようでヒヤヒヤさせられる。
「名簿で指定した囚人の解放と、病院への移送」が犯人グループの次なる要求だ。
犯行意図がますます読めなくなってきた。
名簿の囚人を調べれば、全員重罪死刑囚となっている。中には執行寸前の者もいるが、反社会的であっても指名した囚人は政治犯ではない。
単純に世間様を御騒がせして目立ちたいだけなら、刑務所の壁を爆破すればいい。
市民をパニックに陥れたいなら、公共施設に放火するだけでいい。
軍隊なみの武装だ。
大げさなのが好きなら、国会議事堂を議員こみで占拠するのが一番だと思う。
こうなってくると、山武第二病院が犯人グループには重要なアイテムに思えてならない。
病院の隅々まで観察できる隠しカメラでも、彼等の動きを総て把握できるものではない。
ただ、占拠以前と占拠後の画像ならば比較できる。
詳細に調べていくと、犯人の行動パターンが読み取れてきた。
山武第二病院の地階は殆ど利用されていない。
建設当初は地下駐車場として、物資の搬入や医療廃棄物の搬出などに利用していた。
自家用車の普及で、新たに地上駐車場を造った為に、一般用地下駐車場は閉鎖され、職員と業者専用になった。
シャッターを閉めきっているから、占拠後はまったく利用されていないはずだ。
ところが、事件が起こってから妙な動きがある。
犯人グループが交代で地下道を掘っている。
逃走用か犯行用か両方か、地下道の方向からして線路方向に一本と、真反対の海に向かって一本掘っている。
遙の情報を信じるならば、鉄道で金塊が運ばれるとは言っても、取引価格で一億二億程度の少量だ。
仮に二億の金塊を盗めたにしても、裏取引手数料や機材の調達費を壱引き弐引きした残りを頭割りでは、一人頭百万程度の取り分にしかならない。
ここまでやるメリットがない。
それにしても、これだけ訓練された傭兵もどきをよくもこんなに大勢集められたものだ。
指導力があるというべきか人望が厚いというべきか、その才能、他に使えなかったのか。
超法規的措置という曖昧に都合のいい対応で、死刑囚が病院に移送された。
囚人と引き換えに子供は解放されたが、犯人にすれば動きを予測しにくい子供の人質は脅威だったのだろう。
こちらとしては都合のいい状態になって来た。
厳重注意の囚人ばかりを集めて何をする。
疑問だったが、立て籠もり犯は死刑囚の上を行く凶暴性を示した。
囚人にC4爆弾を巻き付け、人質の外側へ均等に並ばせたのだ。
これは突入への威嚇で、囚人に爆発物を巻き付けたのは「我々は一般人の敵ではない」としたポーズのようにも見える。
無理矢理突入する国家権力こそ、人民の敵だと言いたいのか。
いずれにしても真実でないのは明らかで、総てが嘘のバリアに覆われている。